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告発 番外編 2

法律は権力の都合が優先されている・それによって、様々なゆがみが生じている

【 一 事 不 再 理 】
一旦、裁判で判決が確定すると、その事件に使用された証拠や証拠の隠滅が見直されて、判決の誤判が判明しても、審理のやり直しはしないというのが「一事不再理」ということらしい。
それでも審理のやり直しをしてもらいたい場合は、「再審制度」を利用して「再審請求」をするのである。しかし再審請求の手続きには「旧証拠のみ直しや証拠の隠滅が判明しても」それを使うことが出来ない。全く新しい証拠、「新規にして明白な証拠」でなければ、「証拠」として認めない。ことになっている。
だから、この袴田事件のように「旧証拠を見直すと明らかに誤判であることが、明白であり、捜査当局による証拠のねつ造がそれに伴いより明確となってしまう」のに、旧証拠と新規証拠を合わせて総合的に評価し、見直すように請求しているにもかかわらず、真摯に受け止めようとしない。

しかし、この一事不再理というのは何のためにあるのか,と私は疑問を抱いてきた。尤もらしいことを並べ立てている法律家は、誤判が生じた場合の救済策にはいたって不真面目である。
こういう法律家の「行動対応の証拠」は、「金儲け」というところに落ち着いている。
もし、まじめに受け止めているならば、総合評価することに反対できないはずなのである。

私に云わせれば、「一事不再理」を利用できる能力は、「金権力」だろうと思っている。つまり、金の力で、「支配する機能」を作り、それに関わる人々を「特権階級に加えて・ご褒美を出す」。それらが、国家という枠組みを機能させる主要ポストに配置されている。そういう人たちは、東アジアから朝鮮経由で日本列島に流れ込み・逃げてきた人たちの文化が中心になっている。もちろん、それに対峙して闘いを挑んできた人々の中心も又,東アジアから朝鮮経由で日本列島に逃げてきた人々の文化が中心になっている。簡単な図式で見ると、「支配したがりのグループ」は「孔子派」(K)であり、「相互扶助を常に志すグループ」は「墨子派」(B)である。実はその間にいる人々は、一番多く常に森羅万象の精霊に手を合わせている人々(J)である。一番はっきりわかるのは、「おれおれ詐欺事件の被害者はこの部類」に属している。この(J)は、(K)からも(B)からも「上から目線」で見られることが多く、時々「平和ぼけ」とののしられる。しかし、この人たちが日本をつくり、縄文以来の文化を継承している。
東アジアから朝鮮経由で、日本列島に亡命してきた人々は、「最新文化」を持ち込んできた。だからそういう文化力を武器にして支配構造を作ってきた人々と、元々日本列島に住んできた人々その文化に溶け込んできた人々に分化定着して、それを基礎に新たな文化に対応してきたのである。したがって、(J)は中間層であるが実は最大多数なのである。

現在の法体系は、欧米法を取り入れながらもそういう支配層のご都合を優先している基本構造をなしている、だから法体系が複雑なのである。シンプルなものにすれば、それらの支配層は削ぎ落とされる事になるだろう。

「袴田事件」を「告発」する意味は意外と「深層構造」にぶつかるのである。

それは、1967(昭和42)年から1981(昭和56)年に至る空白期間に発生していた。
by kanakin_kimi | 2013-01-07 11:06 | 告発・袴田事件


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