世界の市民が怒るとき 12

イルミナティを
洗い出せ 15


世界の「王国・王立、王制国家」は意外と多い。日本もその一つである。1975年は、「世界史が社会主義となった記念すべき年である。」社会主義という定義に抵抗のある人には、「社会保障の確立の年」と言い換えてもよい。「揺り籠から墓場まで」という言葉を編み出したのはイギリスであったと記憶している。私は、そこからみんなでプールし合って、相互扶助する理念を教えてもらった。
しかし、日本の奥州では既に勉強会では講議されていたようである。安藤昌益の「直耕」がそれである。日本の歴史をしっかりと振り返ってみれば、とうの昔から実行されてきていたのである。
日本列島の原住民のものの考え方は、「森羅万象の精霊・山海滝洞窟河川森林草木土砂岩石太陽月星風雨嵐雪霧氷などの動いているそれにある私たちとの通合う心、それと、生きとし生けるもの死にとし死ぬるものすべての八百万の神々として尊崇するが故に、お互いの存在を認め合い、助け合うのが当たり前の考え方なのです」この考え方に勝るものはありませんでした。
ところが、この考え方を理解しない、「暴力集団・新しい技術・新しい文化を武器に、経済的暴力でせめたてて、支配非支配の考え方を新しい世界観として注入したのです。」
つまり、「注入されて狼狽える欠陥があったのです。」
直接的支配非支配の関係から間接的支配非支配の関係に歴史が動き、間接的民主主義の理念がもたらされて、やっと直接民主主義の時代へと歴史が動いてきました。
日本列島住民の縄文時代以来持ち続けている考え方は、「森羅万象の精霊と八百万の神々を尊崇する」ということですが、その原型を持ち続けているのが「アイヌ民族と琉球民族」なのです。そのおかげで、がいぶからの「支配非支配の論理の文化」が持ち込まれても、それらを吸収消化して基本に戻っていく力を維持しているのです。
by kanakin_kimi | 2013-04-26 22:25 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)


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