イルミナティを洗い出せ 30

イルミナティは終焉する
そのはじまり 9

世界が静かに、息を殺している。
世界市民が、殴り合っている時か。
世界市民が、ころしあっていてどうする。

愚痴を言ったり、一杯酒をひっかけたり、安心しているから出来る事だけれど。
イルミナティの連中も、素に戻ったらやっているのかもしれないけれど。
イルミナティの連中も、インドのガンジス川にはかなわないだろうな。

アンデスには、鳥葬とか・風葬とか、天国に魂が召されていく事を願って行われるとか。
キンチャン、インドはすごいぞって、北村さんが云っていたっけ。
何がすごいって、人が死んだら川に流すそうだ、ガンジス川は沐浴の聖なる川だ。

その川の川岸に打ち上げられている、腐乱した死体があちこちにあるのだそうだ。
ドクロがあちこちに、ころがっている。
川岸を野良犬が歩いている。人間の死体に食いついている。

メメントモリ という本を思い出してしまった。
なんと、のどかなところだ。 そうかいていたっけ。
見る角度の違いをいやというほど考えさせられた。

インドの、「野ざらし紀行」には、驚かされたし、おぞましくも思った。
日本人が行ったら、いっぺんに病気になってしまいそうだ。
しかし、そののどかさ・おぞましさの奥に、そこしれぬ「愛」がみえた。

イルミナティの連中のやっている「サタニズムの儀式」「児童性虐待」「カニバリズム」
何億という世界の市民を殺しておいて、「世界人口削減計画」といってスマしている。
そこには、反吐を出すものはあっても、「愛」は見えない。

「イルミナティ」の、そこに「国民の象徴」たる、「王族がいる」
そこに「国民の指導者」たる、「政府要人がいる」。
そこには、ただ「支配の論理」があるだけで、支配したがりの餓鬼がいるだけだ。

世界の市民が、「しらなかった」というその「とき」はもうないのだ。
世界の市民が、「許してくれる」と思っているのか。
いや、それはない「許してもらおうとも思ってはいまい。

だから、かれらに「死」は与えてはならない。
彼らには、「知らしめる事こそが」「狂気からの解放こそが」罰なのだ。
そこではじめて、イルミナティは終焉した、といえるそんな時代にわたしたちはいる
by kanakin_kimi | 2013-05-08 11:14 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)


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