イルミナティを洗い出せ 41

イルミナティは終焉した
そのはじまり 19

イルミナティの創設者アダム・ヴァイスハウプトは、臨終の枕元に集まった弟子たちに、ため息まじりにこう語ったそうです。
「我々の理想を歪め、世間に悪評をばらまき、世のあらゆる陰謀をイルミナティになすりつけようとする黒魔術団がある。注意するのだ…『闇のイルミナティに!』」


支配するために、何でも利用し、何でも乗っ取ってきたロスチャイルド達は自分の身内のために「支配するための、マニュアル」を残してきたのです。そうです、本来イルミナティは俺が創出したんだと思っていたアダム・ヴァイスハウプトですら、「これは使えるぞ、!」と思った彼らは、「イルミナティ」を徹底的に使い尽くすでしょう。そうです、彼らに資金援助しながらです。これと同じ事を「ネオナティ」にも、そして「左右の別なく」やってきているのです。
自分たちが生き残るために、「敵にも、味方にも身内を配置する」やり方は、日本の戦国時代でもいくつも見受けられます。真田幸隆のやり方は、ロスチャイルドから見ればかわいいものなのでしょう。
徳川家康でも「浜松の鍛冶屋の娘に生ませた三男を豊臣秀吉のもとへ人質に出し、名前をもらって二代目徳川秀忠にしているほどです」そして、三代目にやっと「家光」の名をつけたのである。そこにも、潜り込ませる力が働いていた。斎藤利三の血と明智光秀の「光」である。織田信長を暗殺するための舞台装置に組み入れられた、積極派の斎藤利三とそのあるじたる消極派の明智光秀らを丸ごと利用し、そして逆利用するのである。ロスチャイルドの歴史から見れば、これの方がずっと古いのである。
徳川家康を中心とする「集団指導体制」は「徹底的に学ぶマニュアル」を作った。ロスチャイルドの「集団指導体制」も同じ事をやっている。
どこが違うかというと、ロスチャイルドは「徳川時代の永き支配の維持」はできない事である。また、その原因でもあるが、「自分が責任を取る」という考え方が、マニュアルにはないから「常に、ひとに責任をなすり付ける」のである。だから、知らない人はだませてもいったん知ると、その「底の浅さ」が鼻につくようになる。というか、「しゃれにもならない」のである。
そう、「徳川時代にはしゃれがある」というか、それ以前からある「しゃれと美学」である。その基底に流れているのが、「もののあわれ」なのである。それなくしては、徳川の集団指導体制もなにも「実は物の数ではない」のである。この「もののあわれ」をロスチャイルドの集団指導体制はわからないだろう。だから、「戦術と戦略」をたてる事はつねにもっているが、「何のためにやるのか」というところが「底が浅いのである」。彼らと似ているのは「韓国」である。
「何のためにやるのか」ということは「主」なのであるが、その「主」が「従」である「戦術と戦略」
よりも「下位」にある事である。つまり、「戦略目標」たる「利潤追求」とその「手練手管」たる「戦術」はあるが「何のために利潤追求するのか」がないのである。だからかれらには「文化」が生まれない。彼らのやっている事は「収集し掠め取ることだけである」。だから、「サタニズム」に堕落するのである。「韓国」はイルミナティの手足そのものになってしまっているのだろう。利用し尽くされたら「韓国」はなくなってしまうだろう。その証拠に、「韓国の文化は生まれていない」、みな「イルミナティが植え付けたものばかりではないか」それが「韓流」という「偽物文化」というものだろう。
刮目・刮目・かつ目すべし。
実は、これは「闇のイルミナティの偽物文化」でもあるのだ。
おそらく、収集し掠め取ってきた世界の文化遺産はあるが、彼らの独自文化は何も残らないだろうからである。だから、彼らは「世界遺産」をあつめ、それを自分のものとしていたいために「世界政府」を作って支配下に置いておきたいのだろう。しかし、これではこころの空疎はうめられないのだ。
さて、本題に入る。舞台装置を仰々しく飾り立てるほどみっともないものはない。「飾り」を削除していって「シンプル」なものにしてみるがいい。その真価が分かる。
by kanakin_kimi | 2013-05-21 22:07 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)


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