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告発・日航機123便事件 1

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事

 「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」
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告発・・・・・・・・・・日航機123便事件
 1985年8月12日に発生した日本航空123便乗員乗客あわせて524+1人+自衛隊員3+αに対する「墜落事故」と見せかけた「殺人及び殺人未遂事件」とこの事件の真実を隠蔽するために「自殺」に見せかけた「殺人事件」をI T 世界に新設した「世界市民裁判所」に告発する事にした。
 それは、近年[公的機関や政府などが民間人の無防備につけ込んで「事故」や「自殺」と見せかけた「謀略的殺人」を「無政府的に行使」している事例が増加している]。それは、I T の進展によって、真相が速やかに知られるようになった事から事例の増大が認識されており、その反射として事例となる状態への抑止力が生じるとともに従来の報道機関や公的機関が権力構造に取り込まれて顕在化を見えなくしている状態と見られる。その一つに、「85・8・12日航機123便事件」があり、[この事件の真実を誰にでもわかるものに明らかにして、その犯罪責任を当時の総理大臣中曽根康弘らに取らせ、処罰する具体化こそが「民間防衛」の証明である]事を認識させられたからである。
 
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真相解明の手法
 出来るだけシンプルにする事であり、争点を絞り込む事だと考える。したがって、「飛行機能を喪失させた事件」がその第一の問題であり、その原因を明らかにせず、ねつ造した事実が第二の問題である。そして、真実を隠蔽するために成した口封じ事件の事実が、第三の問題である。
 この事件には、上記の三つの問題に対応する三つの分水嶺があると考えた。通常の「事件」は、一定の場所に限られた範囲で「隠蔽」「ねつ造」が行われるが、「航空機事件」の犯行現場が「広域」である事にともなう広域な「隠蔽」「ねつ造」であり、重層的な「隠蔽」「ねつ造」が行われるためにそれに対応する多様重層的な事件が発生している。1997年5月に発生した「A 少年事件」では、5月24日昼食直後に事件が発生しているのに、5月27日に校門門柱上に少年の切断された首が発見された事によって、あたかもそこから事件が発生したかのような「酒鬼薔薇錯覚」をさせることによって「冤罪」へ誘導していった手法と一緒なのである。何故かというと「謀略機関の作為」事件だからである。「謀略機関の作為」に二通りが考えられる。「序」について最初から作為がある場合、偶然に起きた事件を利用する場合のそれである。そこで「序」の原因を破壊する「破」を持ってきて、後は「急」いで逃げるのである。とってつけたような話ではあるが当たっている。詳しく情報を収集する時代は過ぎたのだと思う。この事件の本質を多くの人に知らせ、認識を深める時である。
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序・破・急
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  [じょ‐は‐きゅう 〔‐キフ〕 【序破急】]ーーー        デジタル大辞泉の解説より

1 雅楽で、楽曲を構成する三つの楽章。初部の「序」は緩徐で拍子に合わず、中間部の「破」は緩徐で拍子に合い、終部の「急」は急速で拍子に合う。
2 芸能における速度の3区分。「序」はゆっくり、「破」は中間、「急」は速く。講談などの話のテンポ、邦楽などの演奏のテンポなどにいう。
3 芸能における演出上の3区分。「序」は事なくすらすらと、「破」は変化に富ませ、「急」は短く軽快に演ずる。能・舞踊などでいう。
4 能や浄瑠璃などで、脚本構成上の3区分。「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部。
5 能などで、番組編成上の3区分。五番立ての番組で、脇能を「序」、二番・三番・四番目を「破」、五番目を「急」とする。
6 連歌・俳諧で、一巻(ひとまき)の運びを規制した形式・原理。「序」は無事に静かに、「破」は曲折に富んでおもしろく、「急」はさらさらと軽くつけ終わるべしとするもの。
7 すべての物事の、始め・中(なか)・終わり。物事の展開してゆく流れ。「話に―の変化をつける」

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 ここでは、ネットで公開されている情報の中から選び出したものをシンプルに利用させていただく。選び出した責任は私にある。
「飛行機能を喪失させた事件」
 2008年の現在はどうか分からないが、この事故が起きた当時は日本の民間航空機を敵機と見なし、米軍の軍事演習が頻繁に行われていた。
亜米利加空軍戦闘機は、羽田や成田、伊丹から発着する旅客機をロックオン、演習用の模擬ミサイル弾を発射しまくっていた。(通常は被弾直前で逸れる)
 123便が「何か変な音がしたぞ」と最初の異変に気付き、折れた垂直尾翼が落ちていた海洋近辺で、その当時空軍戦闘機は演習を行っていた。
 自衛隊の無線技師だった知人の祖父は、事故当時、北海道は根室にて亜米利加空軍の軍事演習のやり取りを処理しており、こんな無線を受けた。
「…あ、当たっちゃった」
いやいやビンゴ、狙い通りでしょ?

真偽は不明であるが、回収された123便の垂直尾翼に付着していた塗料は模擬ミサイル弾のそれと一致する…らしい。

 ところで、JAL123便が、伊豆大島の北を、下田市方面を目指して上昇中、これから水平飛行に移ろうとした途端、相模湾上で、突如、「トラブル」が発生―。その時刻は、18時24分35秒。
それは、離陸後、12分ほどの出来事だった。離陸以後尾根激突迄のタイムテーブルを見ると次の通り。
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8月12日18時12分 JL(日航) 123便羽田離陸
    18時24分 「ドーン」又は「バーン」というような音
    18時24分 123便 スコーク7700(EMG=緊急遭難信号)発信
    18時25分 空自峯岡山基地(千葉・丸山町)代四四警戒群123便をレーダーで確認
    18時30分 米空軍C130H輸送機123便のEMG捕捉
    18時31分 日航オペレーションセンターに緊急連絡
    18時35分 「R5ドアブロークンいまディセント(降下)しております」
    18時56分 123便 御巣鷹の尾根に激突
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では、この突然の「トラブル」とは、一体何か?
 事故調査委員会(略称「事故調」)は、圧力隔壁の破壊によって垂直尾翼が破損した、と発表―。つまり、彼らは、1978(昭和53)年(*同事件の7年前)6月2日の同機の「尻もち事故」直後、ボーイング社による修理ミスによって、亀裂(=金属疲労)が進行した、と主張した。
 そして、それが、今回の「トラブル」につながり、結果、垂直尾翼を破壊したと“推定される”、と報告した。つまり、日本政府は、「急減圧原因説」と採る。
 しかし、日航関係者や同事件の真相究明者からすれば、この説は、甚だ矛盾に満ちている。
圧力隔壁の破壊は、事件の大惨事による結果のひとつであって、決して”原因”ではない。
 この時、高濱機長が「何か爆発したぞ!」と。叫んだ。そして、ーーーーーーーーーー
 この時、垂直尾翼が、大きく破損し、ほぼ5分の3以上を失った。ーーーーーーーーーこれを評した著名な航空評論家の関川栄一郎氏が、「無人標的機が、ぶつかったのではないか」とテレビで述べた。
 関川氏は、当時、たいへん信頼され、かつ非常に定評のある航空評論家だった。だが、彼のこの言葉は、その後、公には報じられなくなった。大惨事の初期報道にこそ、「真実」が潜んでいる。
 同事件の真相究明者の中には、この「無人標的機」を、ファイアービーとする他に、(国産巡航ミサイルSSM-1の爆薬を搭載していない)演習用ミサイルが、日航機の垂直尾翼を破壊したと主張する人もいる。そのどちらにしても、軍事兵器が、垂直尾翼を直撃して、大部分を破損させたことは間違いない。18時18分時点(かなりの低空状態)で、或る飛行物体が同機を目がけて直進してくるのを、乗客の一人、小川哲氏は、自らのカメラに撮影していた。
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 高濱機長や佐々木副操縦士は、衝突が起こる6~7分前には、この飛行物体を、じゅうぶん認識していたことを示している。同機は、まるで何かから逃げるかのように、猛烈な急上昇をしていたのである。
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 この飛行物体(=ミサイル兵器)を発射させたのは誰か? 
 在日米軍による極秘軍事演習中の出来事なのか? 
 それとも、日本の海上 自衛隊に配属されたばかりの護衛艦「まつゆき」から発射(つまり、誤射)されたものなのか? あるいは、その誤射さえ、事前に、アメリカ軍によって仕組ま れていたものなのか?
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 JAL123便が、日米両国による準軍事行動の犠牲になった。 実は、私には、かつて日航でパイロットをしていた知人がいる。彼の言によれば、日航などの民間航空機が米軍や自衛隊によって、 航行中、仮想の「敵機」と目され、度々、軍事訓練の“目標”にされることがあったという。
 同事件のあった相模湾上は、まさに様々な航空機が飛び交う、航空路の“銀座”とでも呼ぶべき密集地域だ。そんな空域での軍事演習など、まさに人命軽視の蛮行である。
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その原因を明らかにせず、ねつ造した事実
 実際、この”重大事件”を隠蔽しようと画策し、123便の横田基地への着陸を拒否し、2機の自衛隊機を発進させ、遠く御巣鷹(=地元)の尾根まで同機を誘導させた、その命令権者としての中曽根元総理は、当日、一体、何を考え、何を命令したのか?
 2機の自衛隊機が、ミサイルで123便を撃墜したという説(池田昌昭氏)もある。また、二つの原爆の様な「きのこ雲」が湧き立つのを見たという、多くの目撃証言もある。
 さらには、墜落した123便の機体後部(尾翼付近)に、ミサイルAIM4(オレンジ色の機体)http://ja.wikipedia.org/wiki/AIM-4_(%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)が突き刺さっていたという証言(佐宗邦皇氏の言)さえもある。
 実際、ご遺体の識別や鑑識に関わった医師や歯科医師が、「単なる墜落事故の遺体とは思えない」と語っているのを、われわれは、すでに聞いている。

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真実を隠蔽するために成した口封じ事件の事実

 中曽根元総理、あなたは、あの日、防衛庁、とりわけ航空自衛隊に対して、一体、如何なる命令を下されたのか?!
 何故、あなたは、墜落後の乗客の早期救出を命じられなかったのか? 事実、墜落直後、数十名の生存者がいたというではないか。
 そればかりか、早期救出に向かおうとした数名の自衛隊員が、待機命令違反というだけで、なぜ、射殺されなければなかったのか?!
 加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、当日、あなたは、当時の中曽根総理から、一体、如何なる命令を受けられたのか?!
 第一、あなたは、事故当夜、現場の上空まで行っていたというではないか! 一体、何をしに行ったのか? 遭難者を救助する前に、自衛隊が、「大事件」の証拠物件を搬出するのを見届けに行ったとでも言うのか?!
 当時の極秘情報を深く知悉していた後藤田正晴氏や藤波孝生氏が亡き今日、あなた方ご両者には、あの大事件の真実を、われわれ日本国民に語る義務があるのではないか
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by kanakin_kimi | 2014-05-15 22:17 | 告発・日航機123便事件


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