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「怒り!!」と「感謝」のパラドックス  1

「袴田事件」という冤罪事件の出発である、第一審静岡地裁の『死刑判決』(1968年9月11日)を書いた裁判官が、記者会見して、「当初、自分の心証では無罪であったのでその旨の判決文を書いた。しかし、合議における説得力がなかったため、有罪死刑という結果になってしまった。わたし個人としては忸怩たる思いで、袴田さんに申し訳なく思っている。」という趣旨の「懺悔」が示された。
その裁判官が熊本典道氏である。
1981年11月15日に東京救援会を組織して活動をしていた人達が、その会の代表の高杉晋吾氏著「地獄のゴングが鳴った」の発刊を記念し、その発表もかねて、事件現地静岡県清水市(当時)の矢倉町公民館で集会が開かれた。わたし(金澤)が、袴田巌さんの救援運動に参加したのはその集会に参加したのがはじめでした。この1年前の11月19日に最高裁判決が出され「死刑」が確定していた。
第一審から第三審最高裁までで、12年という年月が経過している。そして、今年の2月26日に東京でテレビニュースが流されているから、2007年2月26日ー1968年9月11日=なんと、38年5ヶ月経過している。
この永くつらい時間を、袴田巌さんは社会から隔絶され、理不尽な仕打ちを請け続けてきました。その結果、拘禁障害を来しています。
袴田巌さんのお母さんは、警察の家宅捜索をうけた際に自分が立ち会っていて、押収された葬式の際の腕章がいつのまにか犯行着衣5点のうちのズボンの裾共布に換えられ、それが決定的証拠とされて、自分のせいで有罪にされたとの失意のうちに亡くなられている。
お兄さんとお姉さんは、袴田巌さんへの理不尽な仕打ちの連鎖障害をうけながらも、弟の無実を信じて40年を超える年月を闘い抜いてきている。お兄さんは2001年4月亡くなられた。
お姉さんは、面会に望みを託してつづけてこられている。
その、お姉さんが熊本典道氏の「懺悔とお詫びの言葉」を、「ありがたい。」と受けとめられた。
わたしも、微力ながら26年間支援運動に参加してきた経験から、自然に「熊本典道氏の懺悔の記者会見」に感謝した。このことは、2月27日にこのブログで書いた。
4月22日の夜、風呂に入っていたわたしに、かみさんが藤木さんからの電話をききながらもってきた。入浴中を察して、後からまたかけるときった。
いつの間にか寝てしまった頃、藤木さんから電話がかかってきた。東京の集会にきてほしかった。と、愚痴りながら、集会後の飲み会でのてん末の雰囲気が受話器の向こうから怒濤の勢いでくるのに閉口した。
要旨は、「裁判官が間違った判決を書いてしまって、38年も経って、申し訳ないと言ったって、許せるか、ぶち殺してやる、等とおっかない事いう人もいたらしい。」
私の方でも、知り合いが筑紫哲也の番組で見たよ。と言って「あの裁判官は許せないな。」といっていたので、わたしは間違った判決を出した事を謝し、懺悔しているという大変な事をした人だと感謝していると言うと、複雑な顔をして黙ってしまった。
「間違った判決を書いているのに何故感謝するのか、と思ったのだろうか。」
とんでもない、「熊本典道氏が、いくら謝っても、そのことで袴田巌さんが無罪になった訳ではないのです。」
第一審判決文をわたしは1982年には読んでいましたから、「おかしな判決文だなあ」と思っていた。斉藤準之助弁護士からは判決言い渡しの半年のち(1969年3月末か)に熊本典道氏が裁判官をやめたという事を聞いた。1985年6月12日〜30日の袴田事件資料展のときに、熊本典道氏が丸の内で弁護士事務所を開いている事を確認した。
わたしは、お逢いして訴えたい衝動に駆られる事は幾度もあった。いまでも、第三審での最高裁調査官であった渡部保夫氏にお逢いしたい衝動がある。あったからと言ってなにになるものでもないのだろうが。再審の門を堅く閉ざしている中で、藁をもつかむ思いで救援運動を模索しているのです。
提出している証拠類を真剣に検証しようともしない裁判所、検察は自己防衛に汲々としている。そのような事態が38年もつづいてきたという思いの中で、熊本典道氏の告白・懺悔が出されたら「感謝したくなるではありませんか。」
by kanakin_kimi | 2007-04-23 17:40 | 告発・袴田事件 | Comments(1)

刮目せよ

高等学校の時の授業で、「諸君刮目せよ!、目をこすってよく見極める事だ」と、おっしゃった先生がいた。
わたしは、ずっとそれを実行することにしている。とりわけ、殺人事件で証拠がはっきりしないのに、犯人を特定しているような場合、これは危ない「一人の冤罪者も出してはならない」と思い、刮目する事にしている。
私たち、一般市民は新聞・ラジオ・テレビなどの報道を通じて、情報を知る事になる。
先ず第一に、この「情報」が正しいかどうか、はっきりする迄「結論を出さない」ことだ。
わたしたちは、この「結論」を急いで出す必要は全くない。むしろ、この情報が「正しいかどうかを検証すること、すなわち真相を解明する事が、学問である事に思いを傾けるべきだと思うのです。
世の中の全ての分野で、市民が目を光らせ、刮目して、真相解明という学問を日常に行っておれば、「平和」になり、「豊か」になること、まちがいありません。
by kanakin_kimi | 2007-04-20 22:01 | 袴田事件 | Comments(0)

予感 2

「予感1」を書いた後、表面に出てくるニュースをチェックしていると、「韓国人学生」の日常の行動を「行状」として、報道し、事件当日と特定できていないのに事件当日の映像の如くにして「両手にピストルらしきものを持った映像」を報道している。
これらは、「真相を報道しようとせず、韓国人学生が犯人だと特定する事に汲々としている」証拠がここにあるということだ。
また、地方紙に『こんな愚か者の凶弾に倒れようとは・・・・。「反核」を世界に発した長崎市長、無念いかばかり。』という記事があった。これはこれで已未のある事だが、「愚か者」を「一人のもの」
に特定して終わらせることにならないか。
損得の利にさとい「暴力団幹部」が「自分の感情だけで、あんな事する訳がない。」
これは、情報操作の手法としてのもので、一般市民の人を馬鹿にするものではないか。といいたい。
おそらく彼も、『そこ迄追いつめられるという、裏事情があった。』という事だろう。したがって、その事情こそが追求されなければならないのに、という事だ。
わたしの予感では、「安倍主導の日米関係に水を差させない」と云う意図が見えるし、返す刀で「暴力団一掃」に手を付けやすくするというものだろう。
こういう知恵は、「謀略の専門家」のものといえる。
















by kanakin_kimi | 2007-04-19 09:44 | なにかがわかる | Comments(0)

予感

実は、01・9・11事件が発生した時、浅間山荘に赤軍派を「追い込み誘導」したように、オームを「追い込み誘導」して、「サリン事件」を「テロ事件」として「謀略」した実績が使われたかもしれない。という「予感」がしていた。「謀略」の日米連携という「予感」であった。
バージニア大学で「韓国人学生が無差別殺人」という事件が発生し、長崎で「山口組幹部による長崎市長へのテロ」がほぼ同時に起きている事が「日米連携の謀略」という「予感」がしたのにはなにがあるのだろうか。
アメリカが韓国になにを牽制しているのか。「核廃絶の運動」をフリーズさせようとする意図は何か。見えない世界でなにがうごめいているのか。
めをこすって(刮目)、見抜かなければならない。
本当に「韓国人学生がやったのか」ということと「長崎市長選挙」から「伊藤一長を引きずり下ろす意志」はどこからきているのか。
感じた人は、おしえてください。




















by kanakin_kimi | 2007-04-18 20:47 | なにかがわかる | Comments(1)

「学問」とは、真相解明の方法や手段を教え、学ぶ事である。②

「意志を表現・伝達し、意志そのものをより正しくしていくためのそれぞれの方法や手段」を学ぶことが、「学問」である。
それは、「言語、数詞・単位記号など、その定義とその表記記号の全て、会話、書き方、表現手法の全て、ものの見方、考え方、検証、分析方法、再構成の仕方などを学ぶ事である」ということを前回述べた。
つまり、これは一言で云えば「認識をより高めるために学ぶ事」同じ事だが少し言い方を変えると「高い認識を獲得するために学ぶ事」なのではないでしょうか。
by kanakin_kimi | 2007-04-11 22:42 | 特殊相対場論 | Comments(0)

デザイン ー 何故今頃、こんな事をいっているのか 1

いつごろからか、忘れてしまっていた.
電化製品のうち、オーディオ・ビデオ・テレビ・ラジオ・どれをとっても「ソニー」のデザインに勝てるメーカーはなかった。
つい、先頃迄パソコンにしてもやはり「ソニー」のデザインが一番いいと思っていた。ところが、アップルのMACのデザインが気になり始めた頃、「ソニー」のデザインがつまらなくなってしまった。
どういう事情があったのか知らないけれども、あの鮮烈なこちらの気持ちをわしづかみにするようなデザインがなくなってしまった。
私の方の事情もあって、NECのLaVieNX(LW500j/2)を買ったのが2000年2月だった。その頃からMACが気になり始めたようだ。
OSも気になっていたので、坂村さんのBトロンが(超漢字)ほしくて、パナソニックのCF-T2を買った。その頃MACのG4powerbookが気に入って買った。重いのが難だけれども、シンプルなデザインは昔の「ソニー」を彷彿とさせた。
わたしには、ソニーにいたデザイナーがアップルに行ってしまったのかと思われた。
そして、G5の2ミリ厚総アルミの重厚なタワーが出た時、そのデザインからだけでも決定的な印象を持った。
ソニーのあの変化は何だったのだろうか。いま、「デザイン戦略」が取りざたされているけれども、あの変化についてなにも聞こえてこないのは何だろうか、あそこに大きな教訓があると思うのだが。
by kanakin_kimi | 2007-04-10 16:57 | なにかがわかる | Comments(0)

「学問」とは、真相解明の方法や手段を教え、学ぶ事である。①

「意志を表現する方法や手段」を学び、「意志を伝達する方法や手段」を学び、そして、「意志そのものをより正しくしていく方法や手段」を学ぶことが、「学問」である。
先ず、これらの「方法や手段」という観点を整理しよう。
1、「意志を表現する方法や手段」=言語、数詞や単位記号など、その定義とその表記記号の
全て。
2、「意志を伝達する方法や手段」=会話、書き方、表現手法の全て。
3、「意志そのものをより正していく方法や手段」=ものの見方、考え方、検証、分析方法、再構成の仕方など。
by kanakin_kimi | 2007-04-10 15:33 | 特殊相対場論 | Comments(0)