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支配の論理からのパフォーマンスは、いらない!

安倍晋三氏の「内閣総理大臣が所信表明した直後に辞任した」という事実は、「政党政治の破綻」と「間接民主主義の終焉」を象徴している。
結果として、それを外交カードに利用したとしても、そのために彼がやめた訳ではない。
この事実を認識できない者達が「自民党総裁選挙」を「大統領選挙」のように「パフォーマンス」を繰り広げているが、とても直視できないものである。要するに「しらける」のだ。
これを演出している人々は、自分でもしらけている事を自覚するだろう。
当事者たる二人の言動というか、演じ方にもその自信なさがにじんでいるのを多くの人々が見逃すはずはあるまい。つまり、当事者もそれを自覚しているから、その反射なのだと思う。
商業ベースでする「コマーシャリズム」の「演出」が、それ自体「自由」であるのだろうが、それが税金を使って行われているのであれば事情は変わってくるというものだ。しかも、それが『支配の論理による民衆のコントロール』のためにする「演出」であるのだとすれば、そんなものはいらない。
それどころか、ふつふつと怒りを覚えてくるしろものだ。
一体誰のために何をやろうとしているのか、
by kanakin_kimi | 2007-09-22 10:57 | 政党政治の終焉 | Comments(0)

「平和と生活保障」の「裏付け」を実行することで「軟着陸」を許容する。

ソ連が再編解体して今日のロシアと各国共同体を形成して未だ途上にある。基本的に独立できるところは独立して、軍隊を縮小しておかないと構造改革は成し遂げられない。
もはや、死に体のアメリカの挑発に乗ってまたもや軍事拡大をやらかしそうな一面の危うさを見せているが、同じ過ちをくり返す余裕はないはずだ。
むしろ、広い視点での「アメリカの軍隊縮小と構造改革に」協力していくことの方が賢明なのだ。
ロシアは、その裏のない腹をアメリカに見せて安心させることこそがもっとも無駄のない「構造改革」が相互に出来るはずだ。
アメリカは、自然の猛威に益々国内の「革命」を求めることを止めることは出来まい。金融資本が今まで搾り取ってきた『価値』を今こそ「平和と生活保障」に還元することを表明して、「軟着陸」を一緒に成し遂げる決意を具現するべきだろう。
そして、一人一人が自立した社会をめざすことだ。そのためには、土地の収奪をやめ解放して、ソ連がとった政策、各所帯に土地を最低でも60坪貸し出して「家庭菜園」をつくり、自給自足の考え方を一人一人が自立した社会をめざす裏付けとして形成するようにするべきだ。
支配の論理で「コントロール管理」をしようなどと考えることの過ちをくり返してはならない。
by kanakin_kimi | 2007-09-20 23:29 | 世界革命 | Comments(0)

まだわかっていないのか、「政党議員」

「政党議員」というのは、とりあえずは「自民党」のことだが。
きわめて近未来の意味では、全ての政党のことである。
今日の政治状況は、「政党政治の崩壊」「政党政治の終焉」を意味している状況にあふれている。
「政党政治」というのは、「間接民主主義」のもとで、民衆から託された一部の人々、つまり「代議員」による『国会』で「法律」を決め、その法律にもとずいて「行政」がおこなわれ、「司法」が執行されている『法治国家』で、その「リーダー団体による政治」のことである。
下部構造たる経済システムは既に資本主義経済の末期症状を示してひさしくなっており、世界寡占金融が旨味のなくなった国家から手を引き、しかもその最終段階にきて、逃げ道を失って追いつめられている状況を多くの目に晒させている。
したがって、経済手法や政治手法そして、その先の戦争手法ももはやバレバレの体を示しているのである。
その象徴が、「01911」であり、さまざまな「とりつくろいの手法」をつづけている。
いま、やるべきことは「この事態を、素直に認めて、次代の民衆にすべてを任せ、真実を明らかに見せることにある」
たとえば、安倍晋三内閣の崩壊が示しているのもそれと連動している。次を、担う内閣はもはや麻生でも福田でももちろん額田でもありはしない。
本当に、次代への橋渡しをしうる内閣を自民党としてやりうるのは「舛添内閣」しかないだろう。これができなければ、自民党そのものの存立が亡くなるだろう。
by kanakin_kimi | 2007-09-13 21:52 | 政党政治の終焉 | Comments(2)