<   2008年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

あらゆる問題が解決するとは - 2

家庭の問題、学校の問題、少年事件の問題、食料不安の問題、地球温暖化の問題、民族間の争いの問題などいろいろあります。

今突出している問題など、どれをとってもその根源の問題はみんなが安心して食事が出来るようにすることであり、みんながまじめにそれに取り組めばいいのだというこんな簡単なことなのです。

それが、世界の全ての家庭で、それぞれの所帯が最低でも約200平米(平方メートル)=約60坪の土地で菜園を作り食糧自給を始めることで、あらゆる問題が解決するのです。

理屈はもうとっくに整っています。とにかくやることです。最低60坪ということの理屈は、野菜の連作障害を克服するために、畝(うね)を交替させていく必要がありますので、その最低限で見積もったものだそうです。
by kanakin_kimi | 2008-01-13 23:11 | 世界革命 | Comments(0)

あらゆる問題が解決するーとは

「軟着陸」という収拾策の意味を取り違えるな ー 2

家族で家庭菜園を手作りで野菜をつくる、自給を目指す、ということが、「自然」とどのように関わることになるか、そのかかわりの過程が「家族」の心にどのようなものが投影されるか、何が大切か、が分ってくるのだと思う。

食料を安定して供給できるということの意味は、はるかに大切です。それを、家庭の単位で作るということの意味はこれまたはるかに大切なことです。

これが「社会の基礎」になっていると、「心が豊かになる」のです。

闇雲に競争させ会っている社会で、負け組みと勝ち組が出来ることに何の意味があるのでしょうか。その中でゆがんでいく心はどうしてできるのでしょうか。

一人の人間が出来る「こと」は、他の人の出来る「こと」に支えられているのであり、それがどれほど大きな実績を示すものであっても「一人の人間が出来ること」ではないという真実を認識するべきです。

それなのに、そういう真実をゆがめて「一人の人間が出来ること」のように社会化しようとするものは、一体何かをこそ伝えるべきでしょう。

それは、「競争」と「差別」を維持するための「装置」だと思いませんか。誰にとってためになる「装置」なのか。よく目を見開いてみるべきです。競争そのものが問題なのではありません。それが何のために行わされているかということが問題なのです。

つまり、「競争」が最初から「差別を造ることを前提として作られている」という「装置」のことなのです。

「競争」は、「生きることについて廻る事実」です。しかし、それは最初から「差別を意図」してのものではありません。

「生きることについて廻る事実としての競争」と「差別を造ることを前提として作られている装置としての競争」とは全く違うということです。

これを、「混同し」「混乱させ」て、「差別構造」に組み込まれているということです。

その時代、時代の「支配者」は、旨く支配するための装置を編み出しています。江戸時代には、その階級差別を「士農工商エタ非人」という構造を作り、その差別を徹底していきました。

その差別構造に埋没してしまった人にはみえない「差別構造」です。これをまだ差別構造と認識できていない人には反省するいい機会でしょう。

「イチロー」が何故すばらしいか。そういう差別構造から「独立」している姿勢を持ち続けようとしているから、だと私は思うのです。
by kanakin_kimi | 2008-01-11 10:24 | 世界革命 | Comments(0)

「軟着陸」という収拾策の意味を取り違えるな

ニッチモサッチモいかなくなった。という事態は、いずれにせよそのもっとも大きな原因
とそれ故に責任を負う意思を態度で示すべきだ。

いま、ここから逃げることは最早出来ないはずだ。最低の生活であえいでいた一般民衆
に、何も知らせず、知ったとしても何も出来ないものに、責任を押し付けるつもりか。

今までくすねてきた資産を、ここで世界の民衆のために返還する時が来たのだ。その出
し方を教えよう。

第一に、世界の民衆が賢くなるための一切の方法に使うこと。

第二に、世界の人々が、「食糧自給」のためにする一切の方法に使うこと。

第三に、その具体的指針は、一所帯最低でも200平方メートルの家庭菜園を
   所有又は家庭で食料自給するために自由に使えるようにすること。
第四に、これを具体化するために、地方自治体・コミューンなどの単位を組織して、これを
   実現するために行動すること。

これができれば、あらゆる問題がおのずと解決していくだろう。
by kanakin_kimi | 2008-01-07 23:12 | 世界革命 | Comments(0)

経済情報はだれのもの

経済の専門家は、何故本当のことを言わないのだろうか。というのが私の思いです。
良識派といわれている「内橋克人氏ですら、回りくどい、婉曲な表現で、けっきょく焦点をぼかしてしまっている。」と、私には思えた。
一見、世の混乱を避けるために慮った物言いなのだと言われているが、私はそうではないと断言する。
それは、「そういう言い方をしても、分る人にはそれとなく分るように云っているのだ。」
しかし、それではより多くの人が賢くなることには役立たないのではないかということだ。
私が、アメリカの資本主義崩壊を認識できたのは、在米大和銀行が手持ちのアメリカ国債を売却したことに伴う、アメリカ側の取った態度と対応措置が、当時の大蔵省をしてあわてさせ、大和銀行がアメリカを撤退する羽目になり金融再編へと突き進むことになった。あの情況を見た時に分ったことなのである。
ですから「私が認識できた」のも、専門家の人々からすれば、ずいぶん遅れた奴だと思われる程のことなのだろう。
わたしは、あのことをきっかけに退職して、自分のライフワークに突き進むべき時が来たと決意させてくれたのです。
それは、1991年のソ連崩壊再編の意味を浮かび上がらせてくれ、同時に、あの時アメリカもソ連と同じ立場にあったことを理解させてくれました。
そして、アメリカのとった「ペレストロイカ」が、2001.9.11の「WTC.3タワー崩壊劇=同時多発テロ事件」を合作したのです。
そこで、ここでの本題「経済情報」とは、まさに「ソ連崩壊」と「アメリカ資本主義の崩壊」の基本的な要因である「経済的実力」というのは無限ではないのにそのように思わせられるほどに「国債を乱発していること」にもかかわらずその責任を取ろうとせず、財政改革をする自主的機能を失い、国民を借金漬けにすることでごまかして来たことである。
しかも、その原因はもはやアメリカ自身だけでは解決できないほどのものとなっており、自縄自縛の末にもがいた表れだったのではないか。
ロシアの人々には、「ゴルバチョフ」の功績を評価できないようだが、実は「プーチン」よりも遥かに大きな仕事をしたのである。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康をゴルバチョフ・エリチィン・プーチンに見ることが出来る。勿論それぞれ、一個の人間を意味しているわけではない。それぞれを代表させてきた集団であり、組織であったはずのものだからである。
経済的要因は、それほど複雑ではないのに「わかりにくくしている要因にこそ問題がある」ということを考えるべきだ。
by kanakin_kimi | 2008-01-01 07:27 | 世界革命 | Comments(0)