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「写楽」鎮魂 2

写楽が描いたとされる第一期の「大判錦絵」は28枚だといわれている。それは、寛政6年5月の三座を描いている。
1、都座「花菖蒲文禄曾我」 11枚
2、桐座「佐々木岸柳 志賀大七 敵討乗合話」
    「花菖蒲思簪」(浄瑠璃)       7枚
3、河原崎座「恋女房染分手綱」
      「義経千本桜」(切狂言) 10枚    合計28枚である。

しかし、今日でも芝居公演の役者のブロマイドは、公演をやってから版行するのではなく、公演内容をあらかじめ練習中か事前再現した上でブロマイドを作り、公演の宣伝に使うのである。このことは今までの謎解きをしてきた方々は、当然織り込み済みのはずだろう。

また、写楽の絵は「写実的な絵」であり、「デフォルメ」しているとまで云われるぐらい真に迫っていた。そのような描き方をするのは「江戸浮世絵」では「勝川派」であろう。

寛政5年頃に勝川春朗として15年やってきたその絵でさえ、とても写楽の比ではない。
ここで勝川春朗が勝川派から破門されるというのであるが、むしろ、春朗自身が後に写楽の名がつくその絵を見て「役者絵」を書くのを断念するほどのショックを受けたのではあるまいか。

一方、「上方浮世絵」では肉筆画は古くから行われていたが、版画は江戸浮世絵から遅れること30年、寛政3年になって、はじめて流光斎如圭によって創出された所である。(上方浮世絵の周辺、羽生紀子氏発表よりの知見)

が、その出来栄えはすばらしく寛政6年の時期には「写楽絵」は上方絵師によるのではと思わせるほどのものである。
by kanakin_kimi | 2009-01-23 17:09 | 写楽鎮魂 | Comments(0)

「写楽」鎮魂 1

「北斎」は、安永7(1778)年、勝川春章の弟子になり、翌年「勝川春朗」で役者絵数枚を発表デビューしている。
鳥居派の役者絵が誰を見ても同じパターンの顔に描く形式主義であるのに対して、勝川派の役者絵は役者その人を描く、写実主義である。

「写楽」の役者絵は、「役者の姿絵」というより、「役者その人」を描き、しかも、その所作・所作の瞬間を凝視して、その瞬間の怒り・悲しみ・等の想いの「気と情念」を描き出して見る人の心を鷲ずかみにしている。
それは、勝川派の写実主義をはるかに超える絵となっている。

勝川春朗はデビューして15年、それを寛政5年末頃までにどこかで見たのであろう。その後勝川春朗は役者絵から撤退する。

その絵には「写楽」という名はなかった。その大首絵には役者の名と役名がかかれ、瞬間の情念が描かれ、その役どころなどの説明や模様デザインが記されていたのではないかと思われる。
したがって、その時のものは黒きら刷りではなかった。

東州斎写楽の名が書かれ、黒キラになっているものがその当時のものではないのかと思っている。黒キラがはげ落ちたその下に、それが現れてくる。
by kanakin_kimi | 2009-01-13 10:07 | 写楽鎮魂 | Comments(0)

殺戮の連鎖にある原因とは  2

原因は、あるだろう。誇りも、意地も、憎しみもあるだろう。

しかし、それがどうした。何も知らないいたいけな子供たちを殺す理由がどこにある。

「殺戮の連鎖」の正当な理由になるものは何一つとしてないのだ。

そのことが分らないものは、大ばか者だ。

何がシオニズムだ、何がハマスだ、何がエルサレムだ。何がキリストだ。

自分たちのしていることは、自分たちの・子供たちの・女たちの「平安の日々」を破壊し、奪っているだけじゃないか。

いつまで馬鹿なことを繰り返しているんだ。

アメリカの倒産で、後ろ盾をなくした傭兵たちが、今の内にかたをつけようとしているのだ。

それに武器を消費させることでもうけようとしている「死の商人」がいるのだ。

そいつたちが「大ばか者のいがみ合い」を利用して「戦争を再生産」しているのだ。

それが分らない大ばか者だから、いつまでもいつまでも利用されているのだ。

傭兵も・ハマスも一番利用されているのはおまえたちだよ。

一番心が傷ついているお前たちが向けるべき「銃口」は、「死の商人」なのだ。

それをやれば「戦争」はかたがつく。

玉は一発も打たなくていいのだ。
by kanakin_kimi | 2009-01-09 16:19 | 世界の大量殺戮をするもの | Comments(152)

殺戮の連鎖にある原因とは 1

「連鎖」という「鎖」は、「食物連鎖」など環境破壊の原因が結局人間によるものであるように「元を断たなきゃ解決しない」のと同じだろう。

それでは、「連鎖」の他に何があるのだろうか。

「混乱」があるのか。絡み合った糸があるのか、そうだとすれば絡み合った糸はその糸を引っ張ってはいけない。その糸をじゅうぶんに弛ませて、からんだ結び目をときほぐすことだ。

それは、引っ張り合っていては出来ない。お互いが持つ糸をゆるめて歩み寄って、よく確かめて絡み合っている結び目をはずしていくのだ。それには、自分の持っている糸を相手にゆだねることを恐れていては出来ないことなのだ。

それぞれの持っている糸そのものの問題ではなく、その糸を相手にゆだねることの出来る「心」がそれを決めているのだ。

そして、その賢さをみんなのものにしていくことだ。

殺戮の連鎖で、誰が得をしているのか。その殺戮の連鎖に「戦争」が使われ、「武器」が消費されている。その武器を作り売っているのは誰か。

それが「死の商人」といわれている奴等だ。

そんな奴等にいつまでいいように扱われているのだ。みんなが賢くなるように、することだ。
by kanakin_kimi | 2009-01-08 10:04 | 世界の大量殺戮をするもの | Comments(0)

固定観念からの脱皮を 3

聖徳太子は蘇我善徳(入鹿)・突厥達道などをイメージし鎮魂した架空の人物であり、徳川家康は松平元康に次郎三郎元信とその影武者などを天下統一長期政権樹立のために集団指導体制の手法として「接木」した人物であり、東洲斎写楽の一連の絵は重商主義の田沼政権を追い落として重農主義の松平政権を形成して後表舞台から降りた松平定信が自分の想いを鍬形慧斎に描かせた役者絵である。

したがって、今も尚これらの人物イメージを犯させない力が働いている。

しかし、実はそれらは連綿と続く「平和主義」を求めてきた人々の「思い」の表れでもあったのであるが、いかんせん「謀略」のもたらした「陰湿」な「政治手法」がまとわりついていた。

いま、イスラエルとパレスチナの連綿と続けられた殺し合いのばかばかしさを見るにつけ、これらの歴史の賢さを日本の先輩方に感謝する想いである。

イスラエルの人々がその先輩方に感謝できるのであろうか。
パレスチナの人々がその先輩方に感謝できることがあるのだろうか。

自分たちが何を大切にしなければならないのか、しっかりしろ。

いつまでも死の商人のコントロールで踊らされるな。括目しろ。

本当に平和を求めるならば、それが出来ないはずはないではないか。
by kanakin_kimi | 2009-01-07 09:45 | 世界革命 | Comments(0)