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「センバ」を孤立させるな!2

北海道で裏金問題が出たときは幹部の中に勇気のある人がいて事実を認めたが、やはり組織は認めなかった。
仙波さんが不当配転に勝利しても、組織は謝罪しなかった。
二俣事件で須藤さんが無罪を勝ち取っても、「冤罪」を告発した山崎兵八さんに静岡県警はいまだに謝罪していない。
組織内民主主義が否定されているところではその組織そのものが崩壊する。
組織の維持の為にする犯罪を組織の機能と権力を使って行われていれば、他の組織がそれと同じ事をしていても取り締まる事は出来ないだろう。警察の組織と暴力団の組織を自ら同じものにしてしまうのか。
そして、それを改めさせようとする者を抹殺する事は組織の自浄機能すらも抹殺する事なのである。
組織の民主主義を否定し、社会的制裁手段である裁判の結果すらも黙殺する司法執行機関の目的は何であろうか。
もはや救い様のないものとなっているのか。
自浄作用が働く救いはもはや期待できないのか。
そうだとすれば、そんな組織はいらない。
by kanakin_kimi | 2009-05-18 23:42 | 波崎事件 | Comments(0)

みんなが賢くなるシステムの時代ー「センバを孤立させるな!」1

「正義の味方」を夢に見、その誇りを自分の大義として「警察官」になった。
「警察」というところは「正義の味方」だと思っていた。人は過ちを犯す動物であるけれど、反省して過ちを正すことができる動物でもある。
「仙波」さんは、警察の組織が「正義の味方」であってほしいとの切なる願いを、信念を持って行動したに過ぎない。
その仙波さんが、組織から袋だたきに遭っている。
静岡県でも、冤罪事件だった「二俣事件」の真相を告発した警察官「山崎兵八」さんが、組織の袋だたきにあい、狂人扱いされ、家を焼かれた。犯人にされた「須藤さん」を助けるためにした「告発」は、「山崎兵八」を「孤立させ」「家族を含めて悲惨な目に会わせた」。
その後も、たくさんな「ヤマザキ」が人知れず抹殺されていったに違いない。
「知恵を働かせて、自分を守りながら、家族を守りながら、正義を貫くのは並大抵の事では出来ない。」そう云う意味では、いみじくも「仙波の相棒」がいったように「仙波をヒーローにするんだ」と言っていた。それは一回こっきりの目的を達成するだけならそれでもいい。そして、「相棒の目的は、仙波を定年まで警察官にさせる事だった。」から、それを達成したのだ。しかし、「センバは一人ではない。」だから、「センバを孤立させてはいけない。」
そうだとすれば、「センバをヒーローにしてはいけない。」
「ヒーロー」は、「特別な存在」なのだ。だから、「孤立を恐れてはいけない」存在なのだ。
しかし、「ヒーロー」にすると、「孤立させる」ことになる。これは「自己矛盾」だ。
「相棒」は、この「自己矛盾」を「一回こっきりの目的」を達成する事で解決して「昇天」した。
だが、「センバはいきている」「センバはひとりではない」「センバを孤立させるのはキャリヤーたちの狙いなのだ」。
「キャリヤーたちの狙いなのだ」というのも、実は間違いなのだ。「キャリヤーたち」も人間だから、悪い奴らばかりではないと言うことを言っておきたい。
警察権力中枢の一部のキャリヤーをみんなが賢くなって包囲すればいいのだ。
そうすれば、「センバを孤立」から「並立」にする事が出来る。
by kanakin_kimi | 2009-05-12 06:31 | 世界革命 | Comments(0)

固定観念からの脱皮を 5

「市場経済」についての固定観念は、ほとんど多くの人々にとっては日常の生活物資の売買市場をイメージします。ところが、一方では自分たちの生活とは無縁のものでありながら「株式市場」や「投資市場」とリンクさせられている事に気がついていません。
それは、毎日のように報道で流されている情報によるものですし、自分が働いている会社が株式市場に上場している関係であろうと思われます。またある程度の人々は、自分がもつ小金をほんの少しだけれど株の売買に使っている人がおり、そういう人々はなおさら自分が資本家である様な錯覚に陥っているのかもしれません。
これら一般投資家を「株式市場」や「投資市場」に参加させる事によって、金融資本の支配構造を見破られないようにカモフラージュしている事にはとんと気がついていないようです。
したがって、「株式市場」や「投資市場」に参加している人々にとってのイメージを利用して「世界経済恐慌」に参加させられているのである。
by kanakin_kimi | 2009-05-05 13:42 | 世界革命 | Comments(0)

固定観念からの脱皮を 4

「世界経済恐慌」の発生は、実業経済に原因があるのではなくて、虚業経済にあるといえる。つまり、価値体系を「使用価値」と「交換価値」の二つに大別すると、虚業経済というのは「交換価値」大系の中で拡大再生産された「交換手段」、平たくいうとなんとかデリバティブとか、ローン契約とか、さらには通貨を使わないクレジットカード・ローンカード・キャッシュカードなどIT・インターネット市場経済へとシフトしてきている事と関係がある。
しかし、使用価値の直接流通する市場と直接流通しない市場とに分けると、虚業経済では使用価値が直接流通しない市場なのである。
実物の消費経済である「使用価値の直接流通する市場」から高度に隔絶した「使用価値の直接流通しない市場」の虚業経済に於いて「バブルがはじけた」のが今日の「世界経済恐慌」である。
そしてまた、それが世界に広がっている所以は「使用価値の直接流通しない市場」の虚業経済は主に「
株式市場」であり、「投資金融市場」である。
したがって、アメリカ発の「世界経済恐慌」がいかにも住宅関連の「使用価値の直接流通する市場」から出発したかのようなカモフラージュしているが実はそうではない。
実体経済で堅実に生活しているものには何の関係もないのである。
by kanakin_kimi | 2009-05-02 18:00 | 世界革命 | Comments(0)