<   2009年 07月 ( 2 )   > この月の画像一覧

アインシュタインシンドローム 2

私がこれを認識するに至った発端の事件は少年の頃の事である。
私のいった事が周囲からひんしゅくを買ったのである。それがどんな問題だったのかずっと思い出すことができないでいる。
「ひんしゅくを買ったイメージ」だけが強烈に記憶として残っているのである。そして、私の孤立が始まった。
そのイメージは、当時の偉い人のいった事を私がその間違いを批判したようだった。私の批判は正しいのに周囲の人々は私を揶揄し柔軟性がないと馬鹿にして、偉いひとの側に殆ど全部が身方をしているというイメージなのだ。
私はあきらめずに、自分のいった事が本当に正しいのか裏ずけをとるようになった。自分が正しいという事を自分が納得できれば、この孤立感に耐えられると考えたようだ。
あきらめて、偉いひとのいった事に迎合することができなかった。
そして、ついには「何故周囲の人達が、偉いひとの間違いに迎合していくのか」という事について研究するようになった。
大半は、事の真実を追究する事なく単に偉いひとのいっている事が正しいと思いたがっている節がある。
それは、一括りにいうと一人の少年の主張の正否よりも偉いひとの気分を損ねないようにしたいと言う「損得勘定」と「自己防衛」である事がわかった。
そして、私の中でそのことは「穿ちという落とし穴」という言葉で「自分自身への戒め」として整理した。
それはこういうことである。
「雨だれは年月をかけて石をも穿って穴をあける」そうで、そこからきたのかどうか、潁原退蔵の著書「江戸時代語の研究」で「黄表紙等の浮世草子」などでする権力批判を「世相の裏面をえぐり出し表白する事」として、それを「穿ち」というそうである。
私がこのことから連想したのは、「穿ちは、直接的な権力批判が必然的に権力からの弾圧を伴う、それを回避するために笑いに昇華させる等の様々な手法を編み出した。」「それは権力からの弾圧を回避する安全地帯をもうけるものであった。」「そして、そのことが成功すると権力批判ではなくなっていった。」「そういう落とし穴がある。」ということである。
「安全地帯に身を置くようになると、真実が見えなくなるという落とし穴がまちうけている。」
「アインシュタインシンドローム」である
by kanakin_kimi | 2009-07-24 22:36 | シンドローム | Comments(0)

アインシュタイン・シンドローム

ナチズムとの戦いの中で生まれた。
「原子爆弾」をドイツにつくらせない悲願から生まれたのかもしれない。
「アインシュタイン・シンドローム」の発端となる事件それは、「謀略」
その後再び、行われた謀略「アポロ計画」のように、それは行われた。
そして、国家倒産のカモフラージュか、はたまた、金融資本の延命策か「01911事件」の謀略が起きた。
何故か、あの時代に「アインシュタインの世界旅行」というパフォーマンスである。
「一般相対性理論」はちっともわからなくても「アインシュタイン」の事は津々浦々に行き渡る程の反響を示していた、あの時「アインシュタインシンドローム」の発端となる事件が進んでいた。

それは、アメリカによる「世界政策」の「はじまり」である。
アメリカの国家形成が進められていた時代から、国家独占資本主義が進み、ヨーロッパ列強を横目にひたすら国力の増強に集中し、生産過剰の段階に入って久しくその余力のはけ口を求めだしていた。
そして、それはアメリカによる「世界支配の謀略」の「はじまり」からの流れに合流していったのであった。
しかし、常にそうであるようにそれを「アメリカ」という言葉で一括りにしてはいけない。やはり、「能動者」と「受動者」を峻別して、「能動者」の手練手管を成功させない事だ。
「能動者」と「受動者」の差異は「支配」と「被支配」の立場の違いがある。
全てにその差異を具現してしまうのである。当事者のセンスや好き嫌いに関わりなくそれが現れてしまう。
それは、つまらない過信と哀しい不安である。
2001.9.11事故直後の記者会見で見せた「チェイニー」と「ラムズフェルド」の仕草や表情のようにである。
そして、ツインタワーの吹き上げる熱風にたまらず、次から次へと飛び落ちる人々の表情のようにである。
by kanakin_kimi | 2009-07-17 19:09 | シンドローム | Comments(0)