<   2010年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

「政党政治」の終焉 3

現在進行している民主党の運営や内閣との関係を従来の政党政治における関係と同じものと考えていると、どうにも理解できない、わからない問題があることがわかる。
当事者たちがそれをどう考えているかわからないが、私の理解では「政党政治の終焉」を理解したうえでの運営に移行し始めたのではないかと思うのです。
わたしとしては、そうあってほしいという願望も含めてのことではあるが。
「政党政治」の最高の段階とはそのようなものだと思っている。
つまり、一般民衆が一人ひとり自立し、自分の考え方を持っていて、それをみんなで出し合い民主的に解決する姿勢を持って社会を運営できている状態にあれば、『政党』はもういらないでしょう。
「民主党」はそういう社会を目指していると理解したから、こういうのです。
ですから、「政党政治」「政党支配の政治」を従来の概念で理解している人にはそれがわからないのです。
たとえば、「安部元総理」や「細田元官房長官」だったかが「民主党のやっていることは社会主義ではないか」といっていたのを聞いて、まさにこれが「ゼノンの詭弁だ」と思ったのです。
彼らは、自分がすでに通り過ぎているところにいるのに、それを認識できていないものだからああいう発言になるし、現在いろんなことをしている自民党の姿がこっけいに見えるのも同じような認識で行われているからだろう。
by kanakin_kimi | 2010-01-28 12:12 | 政党政治の終焉 | Comments(0)

「災害救助」について 4

「いじめの連鎖」も「災害」です。
「いじめ」は「支配の論理」の「強要」を「メビュウスの輪」に載せて「教養」に転化させたものです。
そして、それが次から次へと「転嫁」されていくのです。
「会社でのいじめ」が「家庭」に持ち込まれ、「家庭のいじめ」が「生徒間」に持ち込まれる。
「生徒間に起きているいじめ」の原因は、家庭・会社へとさかのぼります。
「会社」というのは「社会」です。
この「いじめの連鎖」で押し出された人々が、これから「反乱」を起こします。いや、すでに起きています。
「反乱を起こしている人」も、その反乱を「茫然と見ている人」もこのことを考えてください。
そして、本当の原因に早くたどり着いてください。
by kanakin_kimi | 2010-01-28 10:11 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

「 さい害救助 」について 3

「自然災害」「社会災害」について「災害救助」するということは、「基本的な災害発生の因果関係」を「自然科学」「社会科学」の手法や技術・理論を統一的に整理しながら対応方法を見出すことが出来る。
このことが認識されれば、より効率的に正確に対応することが可能ではないかと思う。
それに、こうすれば「自衛隊」「警察」「消防署」その関連機関をふくめて統一して「災害対策」を行う態勢ができる。
「支配の論理」と「民主主義の論理」の二重構造ではなく、すべてが「民主主義の論理」で裏打ちされたシステムの下に「自衛隊の機能」「警察の機能」「消防署の機能」が「一体化された」『災害救援隊』として、「理念と機能」が「国際平和博愛主義」「自立と互助」「地域立却主義」「全員参加のみんなが賢くなるシステム作り」で対応するということが出来れば、日本が世界平和に貢献することが出来るはずだ。
なによりも、『節約型』『省燃費型』であることは間違いない。
by kanakin_kimi | 2010-01-26 14:41 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

「災害救助」について 2

「災害」の概念は、「自然災害」「社会災害」含めて「災害」として取り上げなければならないが、ともすれば
「自然災害」と「社会災害」を別個に切り離している傾向がある。
しかも、いまだに「犯罪」を「社会災害」として考えることがされず、意識的に独立させ、公的に切り離されている。
何がそうさせているのか考えてみたい。
「犯罪」を個人によるもの、「個人」によって引き起こされている「事件」として考えられ、取り扱われている。
「社会」と切り離しているのは何故か。社会の仕組みと犯罪との因果関係を切り離す意図が働いている。
つまり、「犯罪発生の因果関係」を、すべて「個人の問題」に帰することによって、何を隠しているかということであろうと思うのです。これを追求すると「法体系の矛盾」に行き着いてしまった。
それはこういうことです。「国がやる殺人」はゆるされるのに、「個人がやる殺人」は許されない。「国がやる泥棒」はゆるされるのに「個人がやる泥棒」は許されない。今の「法律体系」は、これを同居させている。
この矛盾がある限り「犯罪はなくならない」と思うのです。
もっといえば、この矛盾の根本をなくさない限り、犯罪はなくならない。つまり、この矛盾の根本は、「国がやっている殺人であり、泥棒だ」ということなのです。
さらにいえば、「国の名でやっている殺人であり、泥棒だ」ということです。
では何が、誰が、「国の名を使っているのか」ということになります。
この法体系を作り出したものであり、この法体系で莫大な利益を得ているもの、この法体系で身分を隠しているものであり、この法体系で資産を隠しているものである。だから、「国家独占金融資本」というのです。
少し横道にそれてしまった。本題に入る。
したがって、「犯罪」は「社会災害」として扱われなければなりません。「犯罪」を特定の機関や組織に任せるのではなく、「社会的な因果関係」として「社会にその原因の所在を明らかにする」ことなのです。
by kanakin_kimi | 2010-01-24 20:03 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

「災害救助」について 1

「軍隊」を「災害救援隊」にすることを考えていた時、「災害」とはなんだろうということがこびりついていた。
「自然災害」と人為的災害である「社会災害」はどこにその境があるのだろうか。詳細は次を参照してください。
http://www.iedm.ecnet.jp/colum1.pdf
災害被害者に支援があるのが当たり前になっているとき、「犯罪被害者」に支援が少ないということを聞く。
「犯罪」というのは「社会災害」ではないのか。
以前に書いたものに、「軍隊」を「警察隊」にしてはどうかと考えたことがあった。しかし、どうもそれ以来頭の隅でとげが引っかかるような思いが続いていた。
「軍隊」が「暴力装置」であるように、「警察」も「暴力装置」ではないのかということが引っかかったのだ。
戦後憲法の制定とともに「戦争放棄」の条項と「軍隊」の復活に矛盾があることから一時「警察予備隊」という名称で武器を保有する「暴力装置」をつくり、その後「自衛隊」に名称を変更した。実質的には「暴力装置」であることに変わりはなく、その実行段階での法規制が通常の軍隊のような行動をとらないとしている。たしかに、イラクでの行動にそれを見せた。
日本では、「銃刀法」で許可なく所持し使用してはいけないことになっている。だから、警察官も銃の使用は厳格に戒められている。しかし、銃の携行や機動隊などの一般市民には脅威となる暴力装置であることは否めない。
これらは、公的にはその建前としては国民の生命と財産を守るということになっている。
しかし、本当にそうであろうか。そういう疑念を残している。
それは、「権力」を誰が握っているかということによって決まってくるようだ。
by kanakin_kimi | 2010-01-22 17:13 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

国連に、「国際災害救援隊」を作ろう。! 2

ハイチ大地震が発生した3日目に入る。アメリカのすぐ隣だ。救援に空母を派遣した。
各国が従来に増して速やかな救援を実行に移していることが報道されている。

もっと速やかで、実質的な救命救援は、各地元にその備えや考えが準備されている
ことである。

そのためには、地球規模での災害救助態勢を国連に作ることである。
これからの災害対策は、発生してからではなく、発生の予測とその救援予備態勢から
作っていく発想にならなければならない。

それには、地球シミュレーションや軍隊を転換して編成した災害救援隊の力が必要だ。
by kanakin_kimi | 2010-01-15 13:23 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

小沢問題=自民党問題は、「政党政治の終焉」 2

「政党政治」、それと対になっているのが「代議員議会」である。
「政党」の活動資金について、昔からスポンサーに依存した政党活動が行われていた。
このことは、日本に限られたものではない。
問題は、「政治」というものの仕組みに問題があるのに、その真相を隠そうとしてきたこ
とに問題があると思うのだ。

「政治」というものの概念をその言葉から明らかにしてみる。「政」「せい」は、「まつりごと」
といわれているが、その意味は「主権者が領土・人民を統治すること」となっており、「治」は
「管理すること」となっている。

一般大衆の私としてはこの言葉を素直に使うことは出来ず、抵抗を感じていた。

シベリア鉄道で、ウラディオストークからモスクワへ行ったことがある。
露日辞典を見て「ウラディオストーク」をみたら「東方を征服せよ」となっているのに気がついた。
征服しようとするものがつけた地名を征服される立場のものが素直に使えるか。

あれと同じ感じなのだ。
政治学では、「政治」の概念を「多様の統一」で使われることが多いそうだが、なにもわざわざ
「政治」という言葉を使わなくても十分「多様の統一」でよく、分かりが早い。

そうなんだ、だから、「自治」という言葉が使われるようになったのだ。

「政治」と「支配」とは同じ意味だ。「政党政治」というのは「政党支配」というのと同じだ。
だから、「小沢問題」や「自民党問題」がいつまでも繰り返して出てくるんだ。
だから、いつまでも「政党」に支配させていてはいけないのだ。
一般大衆自身が直接自分たちのことをする社会にすることだ。それが、「間接民主主義」から
「直接民主主義」にするということだ。
「事業仕分け」は、そのひとつの手法だ。
by kanakin_kimi | 2010-01-15 10:30 | 政党政治の終焉 | Comments(0)

小沢問題は徹底的にはっきりさせ、「政党政治にピリオド』を!!

中国での写真行列にはうんざりした。なんだ! そんなつまらないことをやっていて、自民党と一緒じゃないか。
そんな思いをし、やはり小沢は、田中の分身だなという、うんざり感をぬぐえない。
今日の民主党の役割を「小沢問題」で失っていいのか。
逆に言えば、「小沢問題」で「民主党の役割」を帳消しにしようとしているやつの狙いどうりにしていいのか。
小沢も小沢だ! 高い理念をどこに置き忘れたのか、はしゃぎまくっているではないか。
今これに集中しているマスコミ連中は、「支配の論理」の手先の仕事をしていることなのだと思う。そんなものに利用させていいのか。だからうんざりして藤井さんがやめてしまったのじゃないか。
これを自民党が徹底的に追求するならやってほしいと思う、半端なことをするんじゃないぞ!!
根本的な、歴史的な、そして今日的な「自民党の足元」を掘り崩さないではおかないことを「自民党自ら」がやるのであれば大賛成だ。しっかりした信念と覚悟で徹底的に真相を明らかにしてもらいたい。
「小沢問題」は、「自民党問題」なのだ。
検察側も、決意をしたのなら徹底的に権力中枢を掘り崩せ。
今回の「民主党」変革を「民主党によって行われた」ものと思っているならそれは大きな間違いだ。
もはや「政党政治」は崩壊してきているのだ。
「政党政治」が、ひつぜんてきに「小沢問題」「自民党問題」という「賄賂」と「見返り」を「政治のしくみ」にしてきたのだ。
この際徹底的に『小沢問題』『自民党問題』を明確に摘発して、『政党政治』へのピリオドを明示してもらいたいものだ。
by kanakin_kimi | 2010-01-14 09:53 | 政党政治の終焉 | Comments(0)

世界の軍隊を「国際災害救援隊」に改革しよう!!

国連に、「国際災害救援隊」を作ろう。
今世界は、地球規模の災害がますます増えています。
世界史は社会主義の時代になっていますが、人の認識はまだまだ追いついていない人がいます。
また、現実に相互扶助の考え方を受け入れているにもかかわらず、それが国際政治の中ではまだ
スムースに浸透していません。それをスムースに浸透させる信頼関係を作る意味でも、それぞれ
の国にある「軍隊」を「国際救援隊」に編入することによって、「地球規模の災害」に対処することが
速やかにできるようになります。
そのためにも、早く国連にその受け皿となる『国際災害救援隊』を作るべきです。
by kanakin_kimi | 2010-01-12 10:42 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

NHKをはじめマスコミのアキレスの詭弁

今日も、管財務大臣に対して質問をしているアナウンサーの質問の仕方に不快をかんじた。
最近の、遅れを一番感じているのは「国民にわかりやすく情報を提供する立場にあるマスコミ」にあるようだ。
何故なのだろう、と考えてみた。
それは、「支配の仕組み」の最先端にあるのが「マスコミ」だったことにあるようだ。
「真実をわかりやすく国民に伝えようとするジャーナリストを排除してきたシステム」にあるようだ。
この結果が、今までの『自民党政権』と『支配構造』に適応した「ジャーナリスト」が選ばれ起用されてきたことにあるようだ。
『自民党』の再生は、何に依拠して立党するかという初心に戻って、立党のビジョンを持たなければ集まる党員がない。
今までのところそんな考えを提起できる人は自民党にはいないようだから、もはや再生はありえない。
「NHK」などのメディアでも「墓堀人」としての立場や自負をもって仕事をする人は別として、「権力構造」から派遣された人材、権力の請負人の仕事をすることを引き受けた人々は、そのスタンスを改めない限り、私たち大衆にとっては不要の人材であり、無用・邪魔な存在となることを覚悟しなければならないだろう。
つまり、そのような人々の言動は、一般大衆である私たちが賢くなることを邪魔することが多いからである。
私たち大衆が、賢くなればなるほど、そういう人たちの存在ははっきりと見えてくるからである。
メディアの人材を、はやく真実を発信できる人材に新陳代謝しないと「自民党」と同じように、再生できなくなります。
by kanakin_kimi | 2010-01-10 09:45 | 直接民主主義 | Comments(0)