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「太田薫」の遺言

1975年に太田薫が「春闘の終焉」を書いた。春闘はやっとここまで来て、これからではないか、と一般的には思われていた時に、「太田薫」は何をトチ狂っているのか、といぶかる人々が多かったはずである。
わたしは、「トチ狂っている」と思うほどではないが、今何故「春闘の終焉」なのか理解できないでいた。

2010年のいまも、「春闘」という名で、春の賃上げ闘争が行われている。しかし、誰もが認めるように、それはあの「大幅賃上げ」の「春闘」ではなくなっていることは歴然としている。それ以上に、太田薫が「春闘の終焉」を書いたことすら、おそらくもう、忘れ去られてしまっていることだろう。

何故、1975年に「春闘の終焉」を書いたのか。きっと何か重要な意味があるはずだと思っている。それは何か、「太田薫」が「全労働者にいいたかったに違いない、遺言」が秘められているのではないかと思う。

1955年に「春闘」が始まり、一方では、「政党政治」の再編があり「55年体制」という言葉が残っている。その20年後 1975年に何があったのかを見ると、6月23日24日の第60回ILO総会で、条約第141号 農業従事者団体並びに経済的及び社会的開発におけるその役割に関する条約。142号 人的資源の開発における職業指導及び職業訓練に関する条約。143号 劣悪な条件の下にある移住並びに移民労働者の機会及び待遇の均等の促進に関する条約。というこの三つの条約が採択されています。

世界の趨勢が社会保障の条約を受け入れていきました。それに反対して1975年にアメリカがILO脱退を通告してきたのです。アメリカは これに、 反発したのです。「アメリカの誰が」反発したのでしょう。 このとき、世界史は社会主義の時代に入っていることが目に見えるようになったのだと思います。

2010年大統領に選ばれたオバマが公約していた、医療保険制度改革の関連法案の採決が7人の差でやっと可決しました。何故半数近い議員が反対しているのでしょう。この人たちは誰の代議員なのでしょう。35年の間にどのような歴史があったのでしょう。移民労働者を導入して、巨大農場で奴隷労働をさせてきた穀物メジャーが今日においてもその力を誇示しているのです。社会的な責任を感じないのでしょうか。

太田薫の「春闘の終焉」は、これらをみとうした上でのことだったのです。ですから、「世界史が社会主義」というもとでの労働運動のあり方を考えろ。という遺言だったのです。
by kanakin_kimi | 2010-04-15 18:08 | 政党政治の終焉 | Comments(0)