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石橋鎮魂 ー 富山鎮魂 終章

五月女さんからダンボール箱 4箱 を預かりました。わたしに真相解明をしろというお気持ちなのだと思っています。
アインシュタインシンドローム 25 から 28 までにわたしの真相解明を書いています。
これを五月女さんへのご報告とさせてください。
物証が皆無の冤罪 ー 波崎事件 ー で関わりのある人々のさまざまな思いがある中で、皆さんの共通の思いは「石橋さん富山さんへの鎮魂」という思いであろうと思いました。そういう事から、石橋さんの妻への気持ちを「藐姑射山」(ハコヤノヤマ)の神女という言葉として「発言したのだ」と推しはかりました。偶然テレビで「タロウの塔」というNHKのテレビ映画のコマーシャルがされていた。しかも今日二月二十六日夜九時放映する。なんとも不思議な気がして、見ることにした。岡本太郎さんの映画だそうだ。岡本太郎さんのお母さんが岡本かの子で、その作品の一つが「夏の夜の夢」です。
青空文庫の電子書籍にボランティアのかたたちから提供されています。
by kanakin_kimi | 2011-02-25 21:43 | 波崎事件 | Comments(1)

アインシュタインシンドローム 32

なんで、こうなるの・ーーー というフレーズがある。
あちらを立てればこちらがたたず、こちらを立てればあちらが立たずというような局面がある。複雑に絡み合って本当の原因にたどり着けないという事態が頻出し、あちこちで立ち往生している。現在進行しているいろいろな現象に対して、多くの人びとがいだいている問題である。
そういう場合は、ちょっと距離をとって全体が俯瞰出来るところに視点をおいて見るのです。
そうすると、真実と虚偽の分岐する分水嶺が見えて来ます。
それを浮き彫りにしてくれる問題があります。
「犯罪」を「災害」に置き換えるということで浮かび上がるのです。
「冤罪事件」が発生するのは、警察の取り調べに問題があるという切り口もあります。しかし、警察官の立場からすれば、予算の限界があるからいつまでも真実を追っている余裕がないという切り口もあります。また、それを報道するメディアの調査報道をしないでスクープ合戦に走るという問題。さらに、その報道をうけとる視聴者の批判精神の欠如がもたらす刷り込まれ問題。自立のないよらば大樹で弱いものいじめに走る、支配とタカリの構造などがいろいろ見えて来ますが、大体はこの「予算がない」という事からくるそれぞれのセクションの壁を理由に「真相解明」が横に置かれた結果生じている。
「災害被害者」の問題はもっと広く大きな問題をもって複雑に絡みあった結果である事が見えて来た。
それが、「犯罪」と「災害」を置きかえるという発想の転換をする事を求められています。いつだったか、田島女氏の同主旨の発言に、知りもしないくせに偉そうに頭ごなしに批判めいた言辞を飛ばしてい
る愚か者が「タケシの番組」でやっていたのを思い出した。田島さんあんな連中と同席しなさんな。
愚か者も反省したら、反省した事を公開して明らかにしないといつまでも言われるぞ。
それは、「秋葉原事件」が話しの取っ掛かりだったようだ。
経済の延長に政治や戦争があると云われるが、それは、支配の論理による経済の延長である。
みんなが賢くなり、直接民主主義が成立している国の経済には戦争は起こりにくい。また、世界が全て直接民主主義になれば、戦争は起こらない。一方的な侵略に対して防衛することを否定する世論は成立
しないし、直接民主主義の国が一方的侵略をすることはないからである。
さて、犯罪という概念は「罪を犯すこと」「犯した罪」と広辞苑には出ている。また、「犯罪学」「犯
罪社会学」にそれぞれ書かれている。この間に分水嶺をおくことが出来るのではないかと思うのである。この分水嶺は必ずしも「真実と虚偽の分岐点」を意味するものではない。
従来の犯罪の考え方は犯罪学となり、犯罪社会学は犯罪を個人が犯している罪とだけいうのでなく社会
的所産であり、社会的災害という認識をもっているように思う。
わたしは、もっと明確に「犯罪は個人的所産はありえない」と考えています。従って、「犯罪は社会災害」と認識している。
現行法規にひきづられてする判断は誤判となるでしょう。誤判にならない場合は、現行法規にひきづられていないからである。
by kanakin_kimi | 2011-02-24 17:47 | シンドローム | Comments(0)

日本の直接民主主義議会をつくる 2

評論家の認識不足がテレビで出ていた。ロシアの北方領土問題への強行姿勢とそれに対する菅総理の対応について外交テクニック次元に焦点を当てていた。
しかし、今世界で起きている状況は、もはやそんな次元の問題ではなくなって来ており、おそらく北方領土問題はロシアの国内ですらふっとんでしまう次元に来ている事が予感される。
どういう事かというと、チュニジアからエジプトへ倒れ込んだ市民革命の火は中東全域に及んでいき、それをカダフィーに止めさせようとしているのが誰か、どこかが明確になってくると、その時点ですでに火がついている国内の火が表面化し、拡大していくからである。
それが予想されていたから、国民の眼を日本に向けようとしたのだ。
中国の場合もそうであったように、ロシアでもその様な事態を内包しているという事なのだと思われる。
プーチンにしても大統領に行かせて北方領土問題への強行姿勢と映らせ、日本に対する強行姿勢と思わせる必要性が国内にある事を表面化してしまった。
小手先の外交技術なんぞの次元をいっているような場合かと思う。
日本がやらなければならないのは、むしろ市民革命が平和的に進むよう働きかける援助をすべきだと思う。
日本の国内で起きている市民革命を、大村のようなおちゃらけた番組に出演しているようでは先が思いやられるぞ。
大村自身河村氏が市民から支持されている本質をわかっていないのではないか。
中国でもロシアでも、この市民革命は「世界革命」という認識をもって受け入れていかなければ世界民主主義から取り残される事になるだろう。
by kanakin_kimi | 2011-02-21 22:49 | 直接民主主義 | Comments(0)

日本の「直接民主主義議会」をつくる 1

幸い日本は、間接民主主義議会の最後から平和的に移行させることができる条件にある。
平和的に移行させることを「軟着陸策」という。
平和的に市民革命を進めるとき、その道筋を明らかにする責任こそ今の政党にあるのだ。
そのことを、今の政党がどれほど認識できているかということだ。
政党自からが、政党政治の終焉を間接民主主義から直接民主主義への幕引き役を果たすということなのだ。
そして、その幕引きとは間接民主主義議会を直接民主主義議会に切り替えるために働く事なのだ。
by kanakin_kimi | 2011-02-21 06:11 | 直接民主主義 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム 31

軟着陸策というのは、無血革命であり、そこには逆戻りしているように思うときでも必ず前進があるのである。
それは螺旋階段を登っているようなもので、同じ景色に見えても実は上の階にいることが確認できるはずだ。
大きな枠組が苦労してみんなで造られても、それと対立する小さな枠組があちらこちらに混在する。だから、そこでは逆戻りしているように見えるものだ。また実際に逆戻り現象がみられる。
大きな枠組を作る時の対立は打倒しなければ成り立たない部分が多いが、小さな対立の枠組では相互に克服することで解決していかなければならない。
今、中東で起きている市民革命は大きい枠組をも抱えたものなのだろう。
ドミノ現象が中国やロシアに及ぶことは間違いないだろう。
全てがIT革命による波及である。
どこの国でも模索することになる「直接民主主義議会のあり方」、その見本が西欧にあるのではないか。しかし、西欧のそれは、ブーメラン現象を覚悟すべきだろう。
金融資本や多国籍企業などを支配する大資産家たちにこそ「軟着陸策」の真のいみを理解してもらいたい。
by kanakin_kimi | 2011-02-19 11:45 | シンドローム | Comments(1)

アインシュタインシンドローム 30

「政党政治の終焉」の第二は、与党:野党を問わず「旧来の政党」の役割が終焉していることを認識していないようだ。
これは与党の一部だけが理解していても議会運営上ですぐに壁にぶつかる事になるし、その都度御都合主義になっている。
旧来の政党が生まれた理由を喪失してきたのは勿論、しかも、よって立つ拠り所を失ってきているように思われる。現実にその現象が出てきているのに各政党はその変化の足元に気づいていないのである。
政党政治の終焉ということが世界でどの様に現れているかを刮目してみればいいのではないかと思う。
エジプトの市民革命もその流れであろうし、リビアなど中東でアメリカなどの侵略と戦って独立を果たした国家独立革命政府に対する市民革命が現在進行形で進んでいるのだ。
それらは、軍事政府の支配にアンチテーゼを突きつけた。これから起きる市民革命はもはやとどまるところはない。これを軍事力で阻止しようとしたところでは必ず悲惨な仕返しが行われることになる。
早く決断して市民政府に協力すべきだろう。
これらの現象は、IT革命の必然的な結果である。IT革命は多くの人々にたくさんの情報を自由に得られるようにして認識を高める役割を果たした。要するにみんなが賢くなってきたということなのだ。
そんな人々をいつまでもだましていられるわけがない。
みんなが賢くなれば宗教の枠組みさえも乗り越えていくことだろう。そういう状況が蓄積されてきた中でエジプトの市民革命が吹き上げたのだ。これは自分たちの問題でもあると気づくのに時間はかからない。
日本の議会運営の混乱も同じ根を持っていることに気づくべきだ。
名古屋市の市長選挙で河村氏が勝利したのはまさに市民革命が起きているということなのだ。問題は直接民主主義議会のあり方の模索なのだ。国会でも同じ問題があるのだけれど内閣府を大統領府にして総理大臣を大統領制にすることによって打開していく必要がある。
政党政治が終焉した事態を早く認識してもらいたいものだ。
もう一つ同じ根をもっているものに相撲協会の問題がある。
インターナショナルへの道を開きながら国技だとか部屋制だとか労働条件が過酷になる問題をいつまで放置しているのかということだ。
これも相撲の歴史はモンゴルと切り離して考えられないことを認識しておいてもらいたい。そして根本的な解決策を出さないと何回でも同じことが繰り返されて終いにはファンにまで嫌気がさされかねないのだ。国から補助をもらわずに独立採算制でやることと部屋精度を解体して一括して協会の中で雇用関係を契約することだ。そして一部リーグ:二部リーグ:三部リーグに分けて養成と興行巡業など計画して行けばいいのではないか。とにかく知恵を出せばすでにそれらのことを提言している理事もいるはずだ。
by kanakin_kimi | 2011-02-17 22:55 | シンドローム | Comments(1)

アインシュタインシンドローム 29

民主党が元代表小沢一郎の強制起訴に伴い、組織内処分を実施した。
この「小沢一郎」問題というのは果たしてどういう問題が内在していたのであろうか。不思議な現象というのが私の感想である。
だんだんと口を噤んでいく評論家たち。どちらにも付けないということなのか。
それにしても、つまらないことをやっている場合かと思う。
どうしてこの様なことが起きているのかを考えると気付きがある。
第一は、政党政治が終わり、政党のあり方を問われていることであろう。
そういう意味では、小沢問題の意義が見出せる。小沢氏の動向をみると愛知県知事選や名古屋市長選の大村氏河村氏の当選直後にも駆けつけているのを見ても、小沢氏の政党政治の終焉に対する認識がみられる。反面民主党県市ともに、他政党と変わらない動きであるようだ。そのような中で、地方からの突き上げがある民主党中央がその認識をもって与党としての立場を貫こうとすることはやはり無理があるのだろう。一市民としてはつらぬいて貰いたいと思う。
それにつけても、現在ある政党が「政党政治の終焉」を認めるところは残念ながら無さそうだ。
by kanakin_kimi | 2011-02-15 10:33 | シンドローム | Comments(0)

アインシュタインシンドローム 28

ーー 石橋鎮魂 ー 富山鎮魂 ーー ⑷

藐姑射(ハコヤ)の山 ーー というのは、本来は「遥かなる姑射(コヤ)の山」の意であるらしい。姑射山(コヤサン)というのは中国で仙人が住んでいるという想像上の山だそうである。
岡本かの子は、このハコヤノヤマをつぎのように使っている。

石橋のかかっている中ノ島の古松を越して奥座敷に電灯が煌々とついていた。ーーーーー 中略
牧瀬は月にキラキラさせながら魔法瓶からコップへ液汁をなみなみと注いだ。
歳子がそのコップを月にさしつけて透かしていると、牧瀬は水晶石榴のシロップです、シロップでは上品な部ですね、といった。
それから彼は不器用にパパイヤを切って小皿に載せ、レモンを絞ってかけてから匙と一緒に差し出した。藐姑射山(はこやのやま)に住むという神女の飲みそうな冷たく幽邃(ゆうすい)な匂いのするコップの液汁を飲み、情熱の甘さを植物性にしたような果肉を掬って喰べていると、歳子はこころがいよいよ楽しくなった。ーーーーー中略。

という文章になっていて、わたしには石橋と妻の絡みにも似た思いがした。
by kanakin_kimi | 2011-02-14 20:32 | 波崎事件 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム 27

ー 石橋鎮魂 ー 富山鎮魂 ーー ⑶

電報ゲームというのは、一定の文章を何人かで伝えていくうちにはじめの文章とは全く違った文章に大きく変わってしまうという、その面白さをゲームに取り入れたものだ。
石橋さんの状況を妻から最初に誰が聞いたのか。富山さんが電話で聞いた女性Aという人がそれなのか。それとも、その女性Aの前に誰かがいたのか。このことは、「ハコヤ」という言葉が「分水嶺」となったことに伴う「場所の分水嶺」となる。つまり、石橋さんが語った言葉①から、富山さんが電話で聞いた言葉n①に至る分水嶺なのである。
つぎに、石橋さんの言葉を妻が聞いた時刻②は何時だったのか。そして、富山さんが電話で聞いた時刻n②は何時だったのか。これも、「ハコヤ」が分水嶺となったことに伴う「時間の分水嶺」なのである。
さて、真相解明のマニュアルの第一は、真実と虚偽の分岐点となる要素をまず見いだすことである。具体的な物証が提出されている場合は、その物証間におのずから矛盾が露呈されるのである。
この事件では物証は皆無であり、状況証拠を積み重ねて人がする判断を混乱させることに努力が払われ
ており、真実を明らかにしようとはしていない。そして、結局有力な証拠として寄りかかっているのが
「妻が石橋から聞いたとする言葉ハコヤ」であったのである。
つい先ほどまでの信頼関係のある石橋と富山から、突如として「富山に薬をもられた」という言葉は、流石に出ていない。富山に誘導する言葉「ハコヤ」がその役割をもたせられた。どうやら、そこに「ハコヤ・・」と「薬を盛られた」という言葉をつなげたものが分水嶺の中にいるのである。
石橋が云った言葉は、夏の夜の夢のザクロのシロップのような色合いの飲み物を連想され、妻に最後の
愛の言葉をこめて「ハコヤノヤマ」のフレーズが出たのであろう。
しかし、妻には「ハコヤノヤマ」がなんのことなのかわからなかったのであろう。
by kanakin_kimi | 2011-02-13 23:06 | 波崎事件 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム 26

ーー 石橋鎮魂 ー 富山鎮魂 ーー ⑵

岡本かの子の「夏の夜の夢」が初めて出版されたのは1937(s12)年7月である。
その26年後、1963年8月にこの事件が発生した。この本を石橋さんは読んでいた。どこかで、牧瀬と自分をダブらせ乍ら、愛する妻に残してやれるものをと考えていたのだろう。
警察は、石橋さんが飲まされた薬物を青酸系薬物と特定し、死亡時刻が遅いという矛盾をカプセルで乗り越えようとした。しかし、それを裏付ける物証はなにひとつない。
夫婦間の機微に疎い人々が犯した誤判が最初にあったのか、そうだとすればこれ程強引な捜査誘導は何に起因しているのだろう。
冤罪が起きるというのは、捜査現場の一員が起こし得無い強力な一線がある。捜査の指揮権がある者が被疑者を犯人と特定して捜査誘導出来る権限を有する者に限られるということである。
しかし、一方では捜査の指揮権を持ち捜査誘導出来る立場にあるものが誤判であることが社会的に明らかとなった場合のリスクを補償するバックアップがなければ強引に踏み込むことはできないだろう。
その「リスクを補償出来るバックアップ」とは何だったのだろうか。
by kanakin_kimi | 2011-02-11 17:22 | 波崎事件 | Comments(0)