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アインシュタインシンドローム 33

日本メタルの債権を求めて1.5倍だとか2.5倍だとか、日変わりメニュウのようなでんわがかかってくる。
東日本(東北関東)大震災の不幸の裏でそれを金儲けの食い物にしている投資家たちがいる。少し前までは普通の風景のように見えていた投資と株の売買、それがなんという浅ましいことをしているんだろうという風景に見えてきた。
被災地へ救済に駆けつけている人達がいるし、ボランティアの人達がいるのにこの対象的な風景に違和感を覚える様になった。
違和感といえば、この期に及んで未だに党利党略で動いている自民党や公明党の党首の態度にもこの「違和感」がある。大きな災害が起きている中でのそれは「火事場泥棒」にも似ているのだ。
この様な時の菅総理の気持ちを考えてみた。「一歩前進、ニ歩後退」という有名な言葉を思い出す。菅総理の気持ちは歯がみしながらもこの考えで次に進もうと考えているのだろう。
それは、大きな一歩を進むために小さな二歩の後退を克服するというものだろう。そう考えていて、自民党や公明党の党首の気持ちも考えてみた。こんな言葉を思い出した。「善人なおもて往生をとぐ、況んや悪人をや」である。自分を善人だと思い込んでいるものはこの言葉を理解できないでいる。
これと同じなのである。親鸞の弟子唯円が、師の言葉を書き残したものと言われている「嘆異抄」のなかの最高のフレーズである。あの時代にあって、レーニンの言葉「一歩前進、ニ歩後退」と同じ弁証法的唯物論の匂いを持っている。日蓮だって、あれほど陳腐ではなかろうと思うのだが。
by kanakin_kimi | 2011-03-31 09:50 | シンドローム | Comments(0)

日本の直接民主主義議会をつくる 5

東京在住の外国人商社マンが日本の原子力発電事故に対する対処に不安を募らせている。ある会社では東京本社を閉鎖して九州方面の支社を本社にして事業を継続するというところも出ている。
東日本大震災による福島原発の炉心溶融問題は、昨年8月に発行された広瀬隆の「原子炉時限爆弾 ー 大地震におびえる日本列島」という本が指摘している問題がはからずも「東日本大震災」で具体的な事実として目の前に現れた。この地震以前に必ず起きる可能性があるといわれていた「東海大地震(東南海地震・西南海地震)」で直面する 「浜岡原発」などについて広瀬隆氏は指摘されていた。静岡の市民運動をしている人たちが、静岡県庁に浜岡原発の危険性と運行停止を強く要請した。
静岡の直接民主主義の時代を象徴するひとつとして「浜岡原発を運行するか否かを、県民投票で決める」べきではないか。決まるまでは停止して、節電をみんなで考え実施するという事が今出来るのではないでしょうか。
by kanakin_kimi | 2011-03-14 21:44 | 直接民主主義 | Comments(0)

日本の直接民主主義議会をつくる 4

国であれ、地方自治体であれ直接民主主義のもとの「司法・行政・立法の三権分立」という基本形に問題がないならば、それぞれの権利義務と執行についての運営の仕方を改めればいいのである。
何を改めるかは、改める目的を明確にして現在あるそれぞれの運営機関について根幹となる基本的な骨組みから改めていくことである。枝葉末節に関する運営機関はその必要に応じて改まっていくものである。そこで、間接民主主義から直接民主主義に改める目的についてを整理しておきたい。
民主主義といっても「支配の論理」が影響力を維持している政治形態としての「間接民主主義」は明治維新以降今日までの歴史が示しているように確かに「支配の論理」の影響力を減退させて来た。
しかし、政治という「多様の統一」の概念が政治手法としては「指導者原理」を利用した「組織の代表を支配」することにより「組織を支配する」手法の徹底という間接民主主義形態であったのである。はやいはなしが、そういう社会に住み慣れ、無批判にそれを受け入れていると「それがあたりまえ」から「それが正しい」にまで昇格させていたりするのである。
明治維新(1869年)から今日(2011年)までの143年間の中で、これを改革する先輩方の指導と忍耐もさることながら一般市民たる我々もそれ相応以上の艱難辛苦を重ねて来たのである。そのなかで少しずつではあれ「みんなが賢くなる」事業を積み重ねて来たのである。だから、代議士様から市民のしもべまでの認識や自覚が形成されて来たのである。
そして、「直接民主主義」というのは「一人一人が自立」しなければ成り立たない。「一人ひとりが賢さを身につけ」なければ成り立たない。今までの先輩方の苦労を思えばそれ程ではない苦労をみんなで背負って「みんなが賢くなるために」「みんなが賢くなるシステム」を「全ての運営機関」に作ればいいのである。
by kanakin_kimi | 2011-03-14 12:18 | 直接民主主義 | Comments(0)

日本の直接民主主義議会をつくる 3

日本では「歴史学」は、「国文学科」の中に押し込められている。どうしてそうなっているのだろうか。「なんで、そうなるの!」
これは、日本だけのことなのだろうか。
博士号をインターネットで調べた限りでは世界的にも「歴史学博士」というのは見当たらない。
そうだとすると、まだ世界的にも「歴史学」は独立しておらず「歴史」に対する認識は少なくとも「学会」という世界では「支配の論理」の下に抑え込まれているという事なのだろうか。
そして、その事が全ての「真相解明」といういわば「学問」そのものに対しても影響する抑圧のシステムとして、いまだにその力が働いている事を明瞭に物語るものだというのだろうか。
わたしが本屋さんで本を探していると、どういうわけか「小松茂美」の本がわたしの眼に飛び込んでくる事が度々あった。たいていは「小松茂美」の本は高価で、古文書の中でも金泥書などをイメージする貴族趣味で胡散臭いものという印象がありましたからズーッと敬遠していました。2010年5月に亡くなったことを知った。彼が広島で被爆した一人で、父親が国鉄に勤め駅長をしていて、その関係からか国鉄に勤めながら古筆に思い入れがあり、厳島神社の「平家納経」の研究をやり遂げ、前人未到の古筆学を創立したということを「満身これ学究」という本で始めて知りました。迂闊といえばそうですが、そのとき以来わたしから小松茂美の本が離れて行った。そして今度は、わたしが追いかけている。
「満身これ学究」を読むと、彼が何を求めて古筆学を創始することになったのかが見える思いがする。
何故、あれ程の熱情を古筆学大成という一点に注ぎ込んで来たのか。
彼の背景にあるのは「天皇制」ではないだろうか。もちろん、彼のそれは皇国史観とかそういう取り巻きがつくるものではなく、自分自身のルーツにある、天智ー藤原系統からはずされた末孫ではないだろうか。
だから、「古筆学を創始した意味がブーメラン現象を自分自身につきつけたのではないか。」
従来「書誌学」の範疇にあった「古筆」が独立する意味は、「古筆のたどった分散に対する強烈な収集
と再構成」にあったのだろうか。
「古筆学」は、「書誌学」の範疇にあった「古筆」から独立して何が生まれているのだろうか。
そもそも、「書誌学」は今日の「歴史学」の中でどの様な存在なのだろうか。
わたしなどの気楽な立場からいえば、図書分類法で示されている「歴史」でいいではないかと思うのだが、そこに「権力や権威(ステータス)」それから「支配と集り(たかり)」が形成している「あだ花」のように思われてならない。
しかし、それだけだろうか小松茂美が精魂を傾けた「古筆学大成」は分散の死に目にあった「古筆切れ」を強烈な収集と再構成によって「歴史学」の貴重な資料として蘇らせたことにあるのではないだろ
うか。そうだとすれば、高価な本という状態に置いておく意味はなんだろうか。
そこに「歴史学」が学問として独立していない問題が見えてくる。そして、その点にこそ古筆学創立の
狙いがあったのではないかと思うのである。
このことは、直接民主主義議会をつくる上で一つの材料を提供してくれる。
by kanakin_kimi | 2011-03-04 10:36 | 直接民主主義 | Comments(0)