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政党政治の終焉と直接民主主義議会への道筋 4

今、自民党と公明党が菅総理に対して指導力がないということで、不信任決議案なるものを提出すると息巻いており、小沢ら周辺がそれに同調するかどうかを検討しているとかのニュースが出ていた。
なにか、あっけにとられている気持ちであり、怒る気持ちにもならない。
この人たちは、いったいどこの国の人たちなのだろうか。という気持ちしか出てこない。自民党や公明党というのは日本の国会を構成している議員を多数出しており、国政を指導的に影響する力を持っているものとばかり思っていたから、今まで一目おいていたと思うのだ。それなのにどうだ、この一大事のときに、一大決意をしてくれた菅総理を不信任だって、なにを考えているんだ。馬鹿じゃないのか。誰のためにやっているんだ。そんな国会などないほうがましだ。
アメリカやフランスがG8で示した菅総理の原発の将来についての態度に嫌悪して小沢を呼び寄せたのだろうが、アメリカもフランスもそんなことをやっておれるときではないはずだ。

アメリカは、国家破綻をきたしている今、世界の人々の協力を得られないで構造改革ができるわけがない。それを小沢ごとき政治家が政治の手練手管で解決できる時代ではもうないということを知らずにいると、一般国民はもうそれが見え見えなのだから、それを姑息なことをやって理解されると思っているのか。小沢も呼びつけられて菅総理を引き摺り下ろそうとするなんて、まったくだらしのない奴だ。とうちのかみさんが言っている。

自民党にどんな指導力があるというんだ。自民党のやってきたことが国民を危険な目に合わせている事実がこれほど明らかになっているときに、その事実すらも認識できない人たちにどんな指導を期待できるというのだ。電力会社が傲慢にも国民に事実を公開せずに来たことをまだ反省していないのは許せない。

もはや、政党政治は終焉したのだ。能力のあるものは、菅内閣にその能力を提供して協力していくべき時代に来ているのです。そして、アメリカの構造改革は世界の人々が協力して解決していくべき問題なのです。ですから、ネックになっている金食い虫の世界に展開している軍隊を「世界の災害救助隊」に改変して、世界的に起きている災害対策をし被害を受けている人々の救助に当たるのです。そのために、アメリカは「戦争放棄」の憲法を制定して、世界に貢献するという方向を明示すべきです。そうすれば、アメリカは自らの経済改革構造改革が集中してできるはずだし、沖縄問題も軍隊でなくて「世界の災害救助隊」であれば軍事訓練もいらないし設備も変わるので解決するだろう。日本は、アメリカがこれを明示する事を前提にして全面的な協力をすること、日本の自衛隊もその中に入り一緒にこれを、「世界の災害救助隊」に改変して、世界的に起きている災害対策をし被害を受けている人々の救助に当たるのです。
これまでのような、支配の論理による政治の手法とか取引とか手練手管でやれる時代ではないのです。小沢チルドレンとかいわれて、小沢の手駒になっているような人は、自立した一般市民からは軽蔑の対象でしかないでしょうし、議員の資格はないでしょう。それも、たいした首輪でもないのに、それにおびえて死に体になっている 小沢を担いで利用しているやからのバックにいるものは何か、括目して見据えるべきでしょう。
自民党と公明党が抜き差しならぬサリン事件の爆弾を抱え込んでしまったことを知っているものは多勢いるのだ。たった一人の捜査本部をつづけてきた黒木昭雄を殺させた奴を許す事はない。岩手の17才少女殺人事件と検察審査会、黒木殺人事件が連動したものだとすればそれは何を示しているのかこれを社会的に明らかにする事を引き継ぐ者たちがいることを知らしめるときだ。
by kanakin_kimi | 2011-05-30 22:04 | 311はアメリカの人工地震説 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム  3

リニアの技術的価値と実際的価値
5月27日発表されたリニア鉄道建設指示について、この電力の不足を心配して節電をいっている中で何をいっているのか。自民党政権が引きずってきた負の遺産を引き受けた菅政権にとってはお荷物であるけれどいままで積み重ねてきた実験線の延長線にある鉄道施設政策をどうするかについて、やるかやらないかの結論を出さなければならない。浜岡原発の停止を打ち出したことにぐじぐじいちゃもんをつけている自民党のやからが、リニアも中止すると言えばどう出てくるだろうか。一旦、「リニア鉄道建設指示」を出して、国民の意思を事業仕分けで出してもらおうと考えているのだろうか。明確に、事務方の考えも出してもらい、海外からのリニアに対する引き合いに答えるために技術的にも実際的にも商品になるものにしておきたいというところであろう。
by kanakin_kimi | 2011-05-28 11:26 | 311はアメリカの人工地震説 | Comments(0)

政党政治の終焉と直接民主主義議会への道筋 3- 1


政党政治の終焉を背景と見られる歴史の断片を見てみよう

1984年教育臨調がスタートし、連合結成への詰めをはじめたとき、世界的な規模での金融資本がアメリカ国債を売りに出た大和銀行を袋だたきにして、その姿をあらわにした。その他方で、冷戦構造の負担によるネックを解決する動きが出始めた。
1985年ソ連でゴルバチョフが書記長に就任して、ペレストロイカに着手した。
1986年チェルノブイリ原発事故が起き、日本で男女機会均等法の施行と連動した人材派遣法が施行された。
1987年同盟、総連合が解散して連合が結成される。竹下内閣発足。総評大会89統一と総評解散を決定。
1989年1月昭和天皇死去。2月ハンガリーで民主化(一党独裁放棄)ポーランド連帯が権力を掌握、11月ベルリンの壁崩壊、12月ゴルバチョフとブッシュが会談し冷戦終結。
1990年10月東西ドイツ統一。
1991年雲仙火砕流、韓国•北朝鮮•バルト三国国連加盟、宮沢内閣発足、ソ連崩壊•11の独立国家共同体設立。
1992年PKO法案、自衛隊カンボジア派遣。
1993年金丸信逮捕、ウィンドウズ3•1。
1994年4月羽田内閣発足、6月松本サリン事件、村山内閣発足。
1995年1月阪神淡路大震災、3月地下鉄サリン事件、新食管法、11月ウィンドウズ95。
1996年1月橋本内閣発足、2月羽生七冠、東京三菱銀行(預金高世界最高)。
1997年3月東海村放射能漏れ事故、4月消費税5%、6月A少年事件、7月英香港返還、11月山一証券自主廃業。
1998年7月ウィンドウズ98、
by kanakin_kimi | 2011-05-24 21:45 | 311はアメリカの人工地震説 | Comments(0)

政党政治の終焉と直接民主主義議会への道筋 2

質問の中で、「••••••への切り替えは早すぎた」というものだったかがある。それは、菅内閣の形成を意味していたように思う。この片山虎之介の発言は、自らの位置を政党政治の政権のコントローラーを自負してでもいたのか。
政権のコントローラーを歴史的に見れば、吉野作造と矢次一夫の労資協調会から国策研究会などもそのひとつであろうし、矢次自身の著作「昭和動乱秘史」だとかに書かれていたように思う。その後田中角栄を中心とするキングメーカーというのもあった。そのなかに小沢や片山がいたのであろう。しかし事はもっと大きい動きとしてあったのである。
1961年に東西冷戦構造を象徴する東西ドイツのベルリンの壁が始まったとき、日本では第一次臨調がはじまった。
1975年にアメリカが ILOからの脱退を通告したとき、日本で、太田薫が「春闘の終焉」を書いている。これらは、世界史が「社会主義の時代」を象徴する出来事の一端を示していた。そして、それに向かう準備としての「軟着陸策」が労戦統一を連動させながら第二次臨調を発進した。
1981年にポーランド動乱が始まった。
1989年ソ連の解体再編につながるベルリンの壁が崩壊する。
by kanakin_kimi | 2011-05-22 11:16 | 311はアメリカの人工地震説 | Comments(0)

政党政治の終焉と直接民主主義議会への道筋 1

小沢一郎もわかっていない事が明白になった。西岡に菅総理への圧力をかけたつもりかもしれないが、このことで明らかにしてしまったのだ。小沢は、政党政治で「代議制統治(支配)」を継続するために二大政党で交代可能なバランスをとれれば、政治的コントロールが出来ると考え、そのノウハウを自分が持っていると考えていたのだろう。彼は、根本的に支配の論理の人間であり、一人一人が自立した社会というものを理解できていなかったのだ。アメリカの二大政党政治が彼の中でのモデルだったのだろうか。ご承知のように、アメリカの二大政党政治というのは、「支配とたかりの構造の中でのあからさまな代議制支配」を二大政党政治で行ってきたのだ。高度に解放された民主主義の国という幻想を振りまいてきたのだ。アメリカの共和党が「01911事件で取り返しのつかない爆弾を抱え信頼を失ってしまった」そして、また、それに先んじて、日本の自民党と公明党が「サリン事件で取り返しのつかない爆弾を抱え込んでしまった」それが、「黒い手帳」という小沢のカードになっているのだろう。しかし、みんなが賢くなっていくとき、そんな「カード」の政治取引は何の意味ももたないという事を小沢はわかっていないようだ。イギリスで1861年にJ.S.ミルズの「代議制統治論」が書かれたとき、世界は「封建制」時代であった。封建制の中の代議制統治は日本では徳川時代に形成されていた。だから、明治維新のような変革形態が可能であったのだ。日本の代議制政党政治は明治時代に形成され、二大政党制は自民党と社会党で既に実施されてきたのだ。1945年の片山内閣から1994年の村山内閣までの間がそれである。村山内閣以降菅内閣までの間の事情は2011年5月21日の国会での片山虎之介の質問にいみじくも現れていた。
by kanakin_kimi | 2011-05-21 21:44 | 311はアメリカの人工地震説 | Comments(0)

おわりのない、工夫のはじまりです。 10

みんなの知恵を結集すれば、およそ不可能な事はないと思われる程、いままで出来なかったことができ、いつまでたっても出来ないと思われていた事が短時日で可能になるようになります。
みんなが賢くなれば、つまらない事でいがみ合ったり、足を引っ張り合ったりする事がなくなるからです。みんなが賢くなるためには、みんなが豊かになる事ですし、それぞれが自立して、その上で助け合う相互扶助が出来ている環境になるので、社会的災害が極めて少なくなるのです。
現在、そのようになっているでしょうか。そのようになっていないとすれば、その原因は何でしょうか。目を擦ってみてみましょう。わたしは、1943年4月生まれですから満68歳になりました。この歳になって、いままで見えなかった事が見えるようになりましたが、一方で、ああ、そうだったのかと思わされる事がいっぱいあります。当然、一人の人間がすべてを知る事なんてありません。私も全ての事を知りたいと思って色々工夫をしていますが、不可能ですし、それを私は知っています。私の知り方はこういうものです。第一に、リアルタイムに実体真実を認識することはできない。第二に、一個の生命が持つ、寿命の壁を越えることはできない。第三に、一個の生命が獲得している認識は、その生命にのみ属していて、他の生命に伝える事が断続的にならざるを得ない。第四に、したがって、最短距離を通ることができたとしても認識の進化はタイムラグのもたらす断続と欠落が生じるものだという事です。
by kanakin_kimi | 2011-05-19 23:42 | 直接民主主義 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム  42

間接民主主義という代議制支配の終焉にわたしたちはたちあっている。世界の中では、封建的な支配が行われている国もあるという中で、代議制支配のシステムが高度に民主主義が浸透している中にいるのも事実である。しかし、代議制支配のオルガナイザーであり、指導的役割を果たしてきた政党の役割が終焉したのである。だから、政党政治の終焉と言われているのである。そのことは、世界の諸国の識字率の変遷にもよく符合しているように思われる。識字率の低いイラクやアフガニスタンはアメリカの2001911で利用され標的にされたが、イラクやアフガニスタンよりも識字率の高いイランやパキスタンはアメリカの思うようには利用されなかった。これと同じで、高い認識を獲得し、自立した民衆が一定の量に拡大すると政党指導の必要性がなくなるのである。極めて当然の事である。日本では、1984年6月25日発行の「ジュリスト増刊総合特集 日本の政党」において「政党政治の終焉ぶりを分析」し、27年前に今日の状況に至る予見が示されている。「市民参加と政党政治」と題する菅直人氏の小論は当時においても新鮮であったろうし、総理大臣となった今日の社会への「直接民主主義への道筋」を示してくれているように思われる。
だから、菅総理に不信任決議案を突きつけようとして自民党と民主党の一部が連合し始めたのは、まさに、「政党政治」にしがみつく人達の連合であり、うらがえせば「代議制支配の継続」を支配層から期待されている人達である。本人たちは、その事を知ってやっているのかどうかしらないが、その事実を明らかに示してくれているのである。
by kanakin_kimi | 2011-05-17 23:57 | 直接民主主義 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム  41

珍しくうちのかみさんがおこっていた。浜岡原発を停止するように中電に要請した事に対して、御前崎市長が相談もなく一方的だといっていた事に対してだった。かみさんがいうには、菅首相に感謝すべきでしょうが、県知事だって大英断だと評価しているし、周りの4市長は同じような評価をしているのに、一番被害を被る御前崎市民の代表がなんということを言っているのか、天にツバするというのはこのことでしょう。というものである。私も一緒の想いだから、そうだそうだということになる。オバマが社会保障の重要な健康保険制度の導入を議会で7人差で決めた事と同じくらいの快挙なのである。どちらの場合も、反発しているのは金儲け主義の金遣いの荒い利権屋ばかりだろう。そうして、そういう利権屋の尻馬に乗っている輩だろう。そうでなければ、真剣に原発の事を考えた事のない人だろう。福島の事をよく見てみればいい。明日は我が身なのだ。それなのに、補償の事ばかりいって、原発賛成派の責任は災害が起きたとき、どう責任を取れるというのか。地方の自立をこそ考えていく時代なのに、国に責任転嫁しているのではないか。陰で被爆している人達への補償ををいうべきであるのに、そういう事は一言も言わない。かみさんの言葉はまだ続いている。
by kanakin_kimi | 2011-05-14 18:17 | 直接民主主義 | Comments(0)

アインシュタインシンドローム  40

権威に閉ざされる真実
市役所等の手続に並んで待っている。たとえば、その時に議員バッチをつけた人が顔パスで並ばずに手続をしていたとしたら、これは権威によるものだろう。常識のように、このような事がまかり通っていた。
種類は違っても、専門家がこれは写楽の真筆だと鑑定したらそれは「東州斎写楽の真筆」でまかり通るのであろうか。ギリシャの島の美術館で発見された扇面画が肉筆の東州斎写楽と鑑定された。根拠は、東州斎写楽の署名のある肉筆相撲絵と比較しての事だそうである。ここまでは、肉筆の描法の共通性からの特定ですから異を差し挟むものはないだろう。しかし、それをどう絞り込んだら蔦屋重三郎と斉藤十郎兵衛の二人に至るのかは理解できなかった。しかも、最後に斉藤十郎兵衛に結論づけるところには新しい発見もなく、信憑性も見られず拍子抜けしてしまった。おそらく、とってつけたもので、専門家も力を入れた形跡はないから、番組作りに悩むプロデューサーの意向に妥協したものだろう。ちょっと期待した私が馬鹿だったのだろう。
私にいわせれば、斉藤月岑の「増補浮世絵類考」なんぞにどれほどの信憑性があるというのか疑問である。正に学者はだしの人物で誠実さがにじみ出ているところも充分認められるのだが、いかんせん権威に弱い人物であるとみられる。ときの老中に一声かけられれば、「浮世絵類考」の著者大田南畝ですら書かなかった名前を挿入してしまうのである。権威というのは真実を閉ざさせるためにあるといえる。ただ、当時浄瑠璃で「かかさんの名は‥‥ととさんの名はと聞かれて、阿波の十郎兵衛」にしゃれているともいうが、やはり「増補浮世絵類考」に振り回されてはいけないという事だ。
by kanakin_kimi | 2011-05-12 11:01 | 直接民主主義 | Comments(0)

急げ中電 !! 原発とめろ  2

紀伊水道の地震につづいて、和歌山県北部のマグニチュード4、1と小さなものですが、中央構造線をなぞるもののように見受けられる。
by kanakin_kimi | 2011-05-11 00:01 | 311はアメリカの人工地震説 | Comments(0)