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ロマンティックシンドローム 4

NHKの「未解決事件」が始まった。このシリーズで取り上げている事件以外にもたくさんな未解決事件がある。冤罪事件もまた未解決事件である。このシリーズで取り上げている事件の真相がどれほど解明されているのか興味がある。私がこのブログのタイトルを「真相解明のマニュアル」としたのは、ある特定の人たちだけに任せていてはダメだという結論をもっているためだ。「捜査」を特定のものだけでやっているとろくな事はないし、金がかかって予算が取れないからという理由で真相解明がなおざりにされてしまうのだ。肝心な基礎捜査でけちってしまったら、結局真相に近づけずに未解決事件にしてしまうのだ。その上、その事がいろんな問題に波及したりしてかえって金がかかってしまう「原発」と同じなのだ。だから、はじめからきっちり真相解明をしていく方がかえって安上がりになる事がはっきりしている。
by kanakin_kimi | 2011-07-29 22:17 | シンドローム | Comments(0)

ロマンティックシンドローム 3

聞き流し、 読み流し、書き流し、知り流しから超克し、具現化が生じた時革命が起きている。
一般民衆が、いった事もない土地へ国の命令で連れていかれ、何の為だかよく分からないまま、国を守る為だと言い聞かされて、その土地の人びとが抵抗するのを鎮圧するという理由で人殺しをさせられた。それは紛れもなく侵略だった。その男の心は傷つき破壊された。これは、ロマンティックシンドロームの結果である。真実を厳しく把握しないのがロマンティシズムなのだ。
何が、誰が、戦争を作り、民衆をそこに駆り立てているのは何か、誰かを明らかにすることだ。ここで、明らかにできる事は、戦争の武器をつくっている会社である。そして、その武器会社と提携している商社である。さらにそれらの会社に投資している資本家である。
戦争を世界からなくす最短距離は、これらの会社と資本を叩き潰す事である。世界平和を謳いながら、他方で人殺しをしている事実をあなたは認められるのだろうか。これが、アンバランスシンドロームである。自分自身のアンバランスシンドロームから超克し、解き放たなければならない。
by kanakin_kimi | 2011-07-21 20:20 | シンドローム | Comments(0)

ロマンティックシンドローム 2

遼太郎の遼は、契丹の遼からきているのだろうか。織田信長が何故琵琶湖の北安土に安土城を築いたのか、やっとわかったように思う。日本列島の地政学にもよろうが、その地政学は「渤海国」を視野に容れた大一族のロマンティックシンドロームであった。そう考えると、つながってくるように思える。
聖徳太子の似顔絵や像を作るときのモデルは、白鵬や朝青龍、貴乃花の顔であった。止利仏師が造る仏像のモデルは、「突厥の人」であったろう。
by kanakin_kimi | 2011-07-19 10:56 | シンドローム | Comments(0)

ロマンティックシンドローム 1

アンバランスシンドロームの終章と合わせて、ロマンティックシンドロームに引き継いでもらう。
社会をよりよくして行きたいと頑張ってきた人びとが圧倒的に多いと思われる政党活動。その出発は、それぞれ違っていたでしょう。しかし、その原点は世のため人の為にと思っていたはずである。歴史を正しく把握する為に研究する学問が「歴史学」だとする事に異論がないのであれば、どうして「歴史学」は独立していないのであろうか。人が平和で平等でみんなが豊かに生活できるようにする事に異論はないはずである。ところが、自分が依拠する「ところ」の違い、が「異論がないはず」のところに「異論」を持ち込むようである。正しく見る目を霞ませる「ロマンティシズム」が「ノスタルジック」になるとき、ロマンティックシンドロームが始まる。もともとロマンティシズムは懐古主義に陥る。だから、それを熟知しているもののアイディアが、支配の手法として採用されたのであろう。国文学の下位に歴史学をおいたのである。律令制国家の出発にそれぞれの原点があるのは天皇制と日本書紀や古事記が国文学として「ノスタルディックロマンティシズム」の中にとどめようとしたからである。そこから様々なシンドロームが派生したのであろう。たにまちやスポンサーと部屋制度、年寄株、茶屋と砂かぶり、特殊な観覧席、茶屋の客と綺麗どころ、天覧試合と天皇杯、地方巡業と地方興行主これらの絡み合いの歴史が相撲文化の歴史なのである。その文化を無視して、個人に責任転嫁したままでは決して解決できないだろう。 新たな時代にきているからこそ、新しい皮袋をじゅんびしなければならない。
政党政治が終焉し、間接民主主義から直接民主主義へ新しい皮袋を準備できるのは菅さんしかいないだろう。誰それに相談したとかしなかったとかの次元ではあるまい。政党政治の土俵に引き戻そうとしているからである。政党政治の土俵ではもう解決できないところにきている事を認識するべきだろう。
by kanakin_kimi | 2011-07-18 22:55 | シンドローム | Comments(0)

アンバランスシンドローム 9

若手だと思うが、「党内討議にかけましたか」といっている部分が報道されていた。またもや、菅下ろしの党内化をやっている。それを言わされているのか本心だとしたらもうダメだねそんな人。政党政治は崩壊したが、党人として他に前向きな事をやる事はいっぱいあるだろうが。菅総理個人がいった事の内容がどうもんだいがあるというのだ。情けなや、邪魔する事に、寸理つけ きんじ。
by kanakin_kimi | 2011-07-15 23:05 | シンドローム | Comments(0)

アンバランスシンドローム 8

世のためひとの為にいいことをしているのに、悪人と烙印を押される人がいる。他方、世の為にならず人の為に悪いことをしているのに勲章をもらい立派な人と評価される人がいる。このアンバランスシンドロームに気がついている人が多くなった。だが、これを知り流している現象はどういったらいいのだろうか。静岡県の藤枝市と島田市にかかる「五郎祭」が今も行われている。いつ頃までだったのかこれを「首切り正月」といって、その日一日仕事をやめて「増田五郎右衛門」の冥福を祈り感謝するとともに、決してわすれてはならないと、後世につなげる決意を新たにする一日にしているのだ。田中藩で起きた一揆の首謀者として支配の権威面目を立てる為に首を切られたのだ。今は知っている人も少なくなっている。ああ、そんな事があったのか。そんな立派な人が犠牲になっていたのか。と、ロマンティックに知り流してしまう。私は、これを「ロマンティックシンドローム」という事にした。
by kanakin_kimi | 2011-07-15 22:49 | シンドローム | Comments(0)

アンバランスシンドローム 7

松平定信は、田沼意次が商工業の発達や近隣諸国の進出に対処すべく手を尽くしていたのに、様々の邪魔をして佐野に意知を刃傷の上殺させ、意次を失脚させるのみならずことごとく影響力を叩き潰した。そのやり方は、どこか徳川秀忠が私淑する「古田織部」にたいするように「織部焼の一切を粉々にしたといわれる」陰湿さも似ているといわれる。当時も今も人気の高い「織部灯篭」も潰されたとか、でもどういうわけか駿府城下近隣にいまも七本の織部燈籠がある。きっとそこには、隠されたドラマがあったに違いない。
by kanakin_kimi | 2011-07-13 14:05 | シンドローム | Comments(0)

アンバランスシンドローム 6

「情けなや 真の見えぬを 謳いけり きんじ 」。長谷川櫂の句「かかるときかかる首相をいただきてかかる目に遇ふ日本の不幸 」を利用した谷公一の菅下ろしの謀略に一句添えておこう。これも、アンバランスシンドロームであろう。菅さんのやった仕事は、私から見て浜岡原発を止めたことだけでもすごいことなんです。この評価の仕方次第で真実と虚偽とに大きく分かれてしまいます。ですから、現在進んでいる政治状況の判断の分水嶺がここにあると思うのです。したがって、長谷川櫂のあの一句は、おそらく長谷川櫂の分水嶺となるでしょう。彼自身が下した評価が国会で使われたのですから。私は彼の句を、菅下ろしの政治歌だといっておきます。むかし、田沼意次をひきづり下ろそうとしたときの、松平定信一派がやった謀略とそのとき市井にばらまかれた「わざうた」とおなじ質のものだろうー と。
by kanakin_kimi | 2011-07-12 23:11 | シンドローム | Comments(1)

アンバランスシンドローム 5

ギリギリの瀬戸際に立たされると、誰しも本音を出してしまうものらしい。海江田万里のことである。それにしても、いろいろの人たちが菅総理のせいにして自分が東電他とのつながりを隠して菅下ろしに走る人が多い。菅下ろしに奔走している人たちはいずれも東電他から金をもらってきた人びとであった。政党政治の延長線上にあるので、政党人としてのしがらみもあるだろうが政党が一般大衆に対する指導的役割を持っていた時代ではなくなっているということの事実認識を持たないのであれば、それはもう政党政治による大衆支配という次元に他ならないのである。 そうであるならば、彼らの政党政治の継続とは、政党政治による大衆支配の継続をいみしている。間接民主主義の民主主義ですらないのだ。知らないのであれば、謙虚に学べ。民主主義の最終形態である直接民主主義は小学校の社会でも勉強してきたはずだ。直接民主主義は一人ひとりが自立している前提で権利も義務も拡大される。だから、政治に金がかからない。いわば、みんなでボランティアでやるからである。人任せにしない、それを裏付けるバックアップ体制が社会のシステムとしてできている。みんなが賢くなるシステムである。みんなが賢くならないと、人任せにしないシステムができないからである。みんなが助け合って賢くなる実力をつくっていくシステムなのだ。そうなれば、政党はもちろんのこと議員もいらないのです。
by kanakin_kimi | 2011-07-09 22:24 | シンドローム | Comments(0)

菅下ろしを工作する謀略部隊と連携する国会、マスコミの混乱させたがり

何故これほど菅下ろしを工作するのか。冷静に整理してみればわかる事だ。もう27年も前から、政党政治が崩壊しているという現象が出ていた。ところが与党、野党を問わずその認識がなく、自民党をぶっ潰すといった小泉純一郎ですらその真の意味をわかってはいない。ましてや、小沢一郎は二大政党政治で間接民主主義の王道をいくんだと考えていたようだから、時代が既に直接民主主義にあり、その道筋をつけなければならない時にも全くその認識を持っているような指導をしてはいない。政治謀略に手を染めてきた自民党や公明党が生き残れる未來はもうない。自民党から離れて政党諸派をつくっている人びとも直接民主主義への道筋を提起しているところはない。与党の民主党内部でも直接民主主義を明言できるのはおそらく菅総理以外にはないだろう。したがって、現実的には間接民主主義の議院内閣制と政党政治の延長線上で時代が求める直接民主主義議会への道筋への力が対峙しているのである。マスコミのキャスターごときもそのにんしきがないから、菅下ろしに同調しているようだ。
政党政治は間接民主主義議院内閣制のシステムが現在の金融資本主義と国家独占資本主義が高度に発展した中での支配構造を形成してきたものであるから、それをかえたくはないのである。その力関係の中で菅総理は踏ん張っているのだ。海江田万里がその力関係の中で反原発を言えないものだから揺らぎの中で菅総理の思いを共有する覚悟ができずに再稼働容認に走ったのだろう。辞任してから自己防衛の原発政策の違いをいったところで、国民の多くはすでに反原発なのだ。
by kanakin_kimi | 2011-07-08 18:34 | シンドローム | Comments(0)