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戦略的災害対策 16

一辺100メートル以上の鉄パイプのピラミッドを「戦略的避難装置」にする事を提案します。現在の住宅状況を簡単に移動したり、高台への移動を10万人もの人々を簡単に実現する事はできないでしょう。かといって、今のまま手をこまぬいてもいられません。マグニチュード9と30メートルの大津波に対抗して全員を避難させるためには、例えば焼津市の場合その地の利を活用するしかないのです。グーグルアースの地図で見ればわかると思うが、浜当目から大井川までの海岸線と J R の在来線で囲まれる地域を中心にこの「戦略的避難装置」を市役所や旧町役場のうえに設置し(ピラミッドの中心の位置にすっぽり入って、エレベーターで乗降上下できるようにする)、役所の機能を確保するために早い段階で上階へ移動しておく事である。それとともに、古くからある神社仏閣などの地域は地盤がしっかりしており用地確保も容易である。また、企業においても同様でタイの水害などでも工場全域がすっぽり入り込む鉄パイプピラミッドをつくって、生産工程フロアーを二階三階に引き上げ、従業員や地域住民の居住区を4・5・6・7・などのフロアーに収容できるようにする地域一体型のコミューン工場にする事も期待できる。「戦略的避難装置」をどのぐらいのおおきさにし、間隔をどれほどに、数をどれほどつくるかは居住地の状況との相談である。速やかに予算化し、着手していただきたい。
by kanakin_kimi | 2011-12-31 22:57 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

少女の時は止まった 4

お父さんから呼び出された( I R )さんは、母屋でお父さんにあった後工場の方へ行き、( S )さんと話し、寮の様子を確認して、電話を借り清見寺の日比野医院へ子供が熱を出したので診てほしいとお願いしていた。母屋に戻ると、お父さんが( I S )さんに連絡しているようでした。それにしても、火事が発生したのはいつだったのか、お父さんはその間何をしていたのだろうか。もう一度振り返ってみましょう。あなたが旅行から帰って、表応接間でお母さん・妹の藤子さん・弟の3人にお土産をわたし、旅行の話をしていたことは、現場に残されていた九州日南の絵はがきやアイスクリームの空箱等が物語っている。弟が自分の部屋の土蔵の二階にかえり、お母さんが表寝室に2組の布団を敷き、藤子の部屋の布団を敷いた後、土蔵の方へ行って弟の布団を敷いていましたね。それ以後、お母さんと弟の生きた姿は観られていない。現場に残された遺物に語らせよう。火災現場から4人の遺体が発見されている。藤子さんは、うつぶせの姿で、ピアノの間(藤子の部屋)のピアノの脚に左腕を絡めた格好である。それは、まるで仰向きの額の穴から噴き出した血液が両眼窩に溜まり両目尻からこぼれた二条の筋と額の穴からこぼれた一条の筋の三カ所から、掛け布団に滴り落ち、その上から油をかけられ一度焼かれて、仰向きの全面が焼けただれている事実を隠そうとするかのように。そして、お母さんと弟は表寝室に3枚の敷き布団があり、真ん中の布団に横向きで抱き合うような姿である。弟の部屋は土蔵の2階であり、そこには敷き布団のしたに引いてあるクッションと掛け布団が丸められてある。まるで、土蔵二階の敷き布団が表寝室へお母さんと弟をその布団に乗っけたまま運び込まれたようにである。お父さんは、裏口木戸の近くに仰向きになって最後に見つかった。しかし、お父さんのズボンは表寝室床の間前の枕元に後背部が焼けて前部だけが焼け残り、引きずられたようにたぐりまくられている。床の間で枕に座ってウイスキーを飲んでいたらしくポケット瓶があり、二連銃で撃ったような両目の間の穴とその衝撃で頭がはじかれた後の瞬間に左口角を大きくえぐった穴がある。そして、上体が前に崩れて、蚊帳に倒れ込み顔の傷からでた血だまりが焼け残った蚊帳にあり畳にある。お父さんの死体を背部から一度焼いている。その後裏口木戸の近くまで運んだのだろう。その時ズボンの前部がたぐられ、お父さんの血が点々と掛け布団に落ちたのだろう。お父さんは、I R ・ I S ・ I A さん等に後の事をよろしく頼むと遺言して「自殺」したのであろう。その、自殺した「道具」が、他の三人の死因となる傷を付けた道具(凶器)でもあるのである。
by kanakin_kimi | 2011-12-30 12:10 | 袴田事件 | Comments(0)

戦略的災害対策 15

アメリカのハリケーン災害のニュースを見ていた時、どうしてアメリカは個人でツーバイホウのペラペラの家を建てるのだろう、あれじゃハリケーンでいつも破壊されっぱなしではないかといぶかってきた。それで、すぐに浮かんだ方法が鉄パイプでピラミッドを造り、そこに10世帯以上が協力してコミューンのようにすれば、災害対策が万全になるのではないかとこのブログで書いた事がある。また、東日本大震災の後すぐに取りかかったのは「上水道・下水道の水処理対策」をこの「鉄パイプピラミッド」を各拠点ごとにつくって対処すれば素早くその対処ができるのではないかと考えて、藤枝市の浄水場見学をしながら若い所員の方に話した事がある。それでいてもたってもいられず、家庭菜園の上に一辺12メートルの鉄パイプピラミッドをつくり始めた。しかし、一人でコツコツやっていると何とも焦ってくる。「東海・東南海・南海地震」は相乗効果が災害にもたらされてマグニチュードは9、津波の高さも30メートルを覚悟しなければならないという想定もあるようだ。太平洋ベルトにあたる訳だからその災害想定を日本沈没と比喩する向きもある。私が住んでいる藤枝市前島で海抜26メートルといわれているが、焼津はほぼ全域が0〜2メートルというからどこへどう避難するかが焦眉の問題だ。そこで、拠点ごとに「一辺100メートルの鉄パイプピラミッドを造り、避難居住区・上水道施設・下水道施設・発電施設・コミューン事務局・通信施設などの他、ライフラインの自家修理施設」をセットにしたものを早急につくるべきではないかと考えている。強度や構造はみんなの知恵を出し合えばいいのではないか。暴風・暴水・暴雪・暴震対策を考えても、人の協力体制を考えても実現できるものだと思うのです。
by kanakin_kimi | 2011-12-28 20:58 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

少女の時は止まった 3

別棟の家は、あなたの事を一番心配して引き受けてくれているおじいさんとおばあさんが住んでいる離れですね。当時は弟の部屋になっていた、蔵の二階で暮らしていたときの所為でリュウマチになってしまったおじいさんは済生会病院に入院していましたね。だから、あなたが旅行に行っている間用心のために寮に住んでいたSさんが離れに寝起きしてくれていましたね。あなたがお父さんに支えられて離れに帰った時、Sさんはどうしていたのかその後どうしたのでしょうね。あなたは、おばあさんに慰められながら、泣きじゃくり、まんじりとしない夜を布団のなかにいましたね。翌日午前1時50分頃になって、「火事だー」という声がし始めましたね。あなたは、何処が火事なのか心配になり外に出ましたね。すると「こがね味噌の母屋だ!」といっている。「お父さんはどうしたのだろう」あなたは我にかえって、「お父ちゃんが!、お父ちゃんが!」と叫びました。
おとうさんが、あなたの事を見守ってくれるようにお願いしてくれていた「I Rさん」があなたの事を落ち着かせるために、ここでちょっと待ってるように云って、表シャッターを上にあげ、中のガラス戸を半分程あけて、中に入っていった。通路の天井を伝ってきた真っ黒なけむりが半分あけられた上部からもくもくと外に吹き出した。「 I R」さんは、しばらく中でお父さんをさがしていたのでしょうか、多くなった煙といっしょに外へ出てきました。心配そうに待っていたあなたに「お父さんが何処にいるかわからなかったよ」といいながらあなたを離れの方へ連れて行きましたね。
あなたは、「お父ちゃんが!お父ちゃんが!」と叫んでいましたが、お母さんや弟の事は心配ではなかったのですか。
by kanakin_kimi | 2011-12-26 11:46 | 袴田事件 | Comments(0)

少女の時が止まった 2

お父さんが帰ってきた時、表寝室に二組の布団が敷いてあり、ピアノの間の藤子の部屋に一組の布団が敷いてある。藤子さんは、その布団の上にあごをあげてのけぞった形で仰向けになって寝ている。額から溢れた血が眼窩に溜まり、両眼窩から溢れた血が、両目尻の二条と血を噴き出した額の穴付近の一条がそれぞれ掛け布団にしたたり落ちている。事情を察したお父さんは、泣き崩れているあなたを離れに帰って、誰にも何も言わないように、後の事はお父さんがなんとかするから、帰って寝るようにといったのですね。でも、泣きじゃくり腰の抜けたようになって座り込んで動けないでいる。あなたを抱き起こし、やさしく離れの家につれていきましたね。
by kanakin_kimi | 2011-12-22 20:42 | 袴田事件 | Comments(0)

少女の時がとまった 1

(まづ、ネットで見た以下の記事を紹介しますー金澤忻二)

袴田事件 44年の歳月痛感
 昨秋から「袴田事件」を担当している。1966年に清水市(現・静岡市清水区)で、みそ会社専務宅が放火され、焼け跡から専務夫婦ら一家4人の他殺遺体が見つかった凶悪事件だ。1980年、最高裁で袴田巌死刑囚(74)の死刑が確定した。

 焦点は、冤罪(えんざい)を訴える弁護団が静岡地裁に行った二度目の再審請求が認められるかどうかだ。再審につながる新たな動きがあれば、即、全国的なニュースとなる。「他社に遅れを取るわけにいかない」と意気込んだが、なにしろ事件は記者の生まれる20年前の出来事。まず、膨大な量の過去の記事や判決文などを読み込んで流れを頭にたたき込み、静岡地検や弁護団などの動きを追った。

 今年9月と12月、新たな動きがあった。同地検が弁護団に、袴田死刑囚が犯行時に着用していたとされる衣類写真などの新資料を相次いで開示したのだ。反応を探ろうと、当時の捜査関係者への取材を試みた。ところが、先方が鬼籍に入っていたり、「高齢なので、取材は控えて欲しい」と断られたり……。44年の歳月の流れを痛感した。

 1人だけ、「44年前のまま時計が止まっている」と感じた関係者がいた。事件の日、1人で別棟に寝ていて難を免れた当時19歳の長女だ。静岡市の自宅で63歳になった彼女は重い口を開いた。「私は今でも、袴田が有罪、死刑と思っている。死刑囚として刑務所に入っていてもらいたい――」。

 地検が口を閉ざす中、取材は勢い、冤罪を訴える弁護団が中心になる。長女のうつろな表情には、両親と弟妹を一度に失った計り知れない悲しみが漂っていた。彼女の心の痛みに、記者としてどう向き合うべきなのか――。思いを巡らせながら、長女宅を辞去した。(黒羽泰典)
(2010年12月17日 読売新聞)

時計が止まった少女へ ー あなたの時を取り戻してください。(金澤忻二)
 あなたは、あの日お友達と4泊5日の旅行を終えて、夜の9時頃まだお母さんが店を開けていたので、「只今かえりました」と言って九州旅行のお土産を両手に上げて店に入りましたね。お母さんは、「お帰り」と言って笑顔で迎えてくれましたね。お母さんは、普通ならまだ店を開けていたのだけれど、きょうは早じまいして、シャッターを閉めて片付けていました。応接間にみんなが集まってあなたの無事を喜び、旅行のお話をひとしきり聞いて、お土産に話が弾みましたね。でもそこにはお父さんはいませんでした。お父さんは、税務処理をお願いしているAさんと寄り合いで清水の料亭「大花」に自動車で行きました。Hさんはもう来ていましたが都合が悪くなったという事で、寄り合いは中止してHさんを車で送り、・・・・・お父さんがシャッターを「いまかえった」といいながらたたいていたのはもう10時半を過ぎた頃でした。あなたは、どうしていいかわからず嗚咽しながら、お父さんの声がするシャッターまで歩いていきました。シャッターの鍵がわからずしばらく探しているとお父さんが早くあけるように鍵の場所をいいました。「ガチャン」と音がするのを待ちかね、お父さんがシャッターを開けました。
by kanakin_kimi | 2011-12-22 11:15 | 袴田事件 | Comments(0)

戦略的災害対策 14

あらゆる問題が、「戦略的災害対策」の中に収斂されていくようだ。世界の経済改革も、間接民主主義から直接民主主義への政治改革も、世界の人々の健康維持と管理のすべてが、自然の暴水・暴風・暴震対策などの災害対策も、あらゆる戦争撲滅の対策も、あらゆる犯罪対策も、「みんなが賢くなるようにすれば」「戦略的災害対策」の基本的課題を解決していく事ができるようである。世界で食料不足の飢餓状態にある悲惨さは、東日本大震災の惨状ですら目じゃないほどのものなのだ。だが、それが報道されていないだけなのである。「世界は一家、人類は皆兄弟」なのであれば、ほおっておけるはずがない。ただしかし、自らの力を示す事をしなければ、らち外の者が手を差し伸べる事もできないだろう。まず自らの生きている存在を示し、生きている人間としての主張をする事だ。地球を、大地を独り占めしている者から、それを取り返す事だ。そして、自治体が一家族(4〜5人)又は4〜5人のグループを一単位として200平米の広さの土地を貸与して、そこで食料自給を実現するように指導する相互扶助が行われることだ。
by kanakin_kimi | 2011-12-16 23:41 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

戦略的災害対策 13

ヒッグス粒子「存在の兆候つかむ」 欧州研究機関が発表
素粒子の標準理論
ヒッグス粒子探しに使われた、ATLASの検出器=欧州合同原子核研究機関(CERN)提供[PR]
 欧州合同原子核研究機関(CERN)は13日、万物の質量の起源となったとされる「ヒッグス粒子」の探索結果を発表した。素粒子物理で「発見」と断定できる信頼度ではないが、「存在の兆候」をつかんだ。2チームが別々に観測した。いずれも水素原子130個ほどの質量の領域で形跡をつかみ、「発見」に近づく結果が得られた。素粒子物理の基準では存在する確率が99.9999%以上で「発見」と認定する。ATLASチームは98.9%、CMSチームは97.1%となり、データを増やせば「発見」となる可能性が高まった。
 ヒッグス粒子探索は、2008年から観測を開始したCERNの巨大粒子加速器LHCの第一目標。陽子と陽子を衝突させてヒッグス粒子ができるのは、1兆回に1回ほど。できてもすぐになくなるため、衝突で出る光や粒子を観測して、ヒッグス粒子の痕跡を探している。
〈 asahi com 〉 掲載のニュースから転載した。
サーティーンシンドロームという事態にならなければいいが、〈「発見」と断定できる信頼度ではないが・・・・〉という手法はよく与太話に使われる。これらの与太話は「研究費」の予算をとりたいために「いかにも夢につながりそうな、分けの分からない、科学者の間でも議論の余地を残している、しかし良識ある科学者にはシンプルに考えれば容易に結論の出る問題」を利用している事である。そういう意味では「予算獲得シンドローム」といった方がいいのかもしれない。
 しかし、私の思いはこのような与太話に夢を抱く人々の混乱シンドロームを与え、思考停止に追いやっている事を憂えるのである。
by kanakin_kimi | 2011-12-15 09:33 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

戦略的災害対策 12

みんなが賢くなるための、今日の、一番のシステムは「患者学の構築」である。人が自立し、独立した人格を自覚した人間として生きるために、いままでの環境がホローし得なかった事を補い得るシステムは「患者学」にしかないと考えるからである。医者に必要な学問は「医学」であり、看護師に必要な学問が「看護学」だとすれば、患者に必要な学問が「患者学」である。通常病気を治してくれるのは「医者」や「看護師」だと考えている人が実に多い。これが一番の誤解である。病気を治すのは患者自身なのである。これが患者だけの誤解ではない事に、問題が根深いのである。かかりつけの医者がおり、いつでも、金に糸目を付ける事なく、必要なだけの治療を受けられるだろうか。現実には、金持ちだけがそれを金の力で享受している。殆ど多くの人の場合は「健康保険」がなければ得る事ができない治療であり、医者や看護師の犠牲的サービスが少なからずある。しかし、それには限界があり、良識のある医者や看護師もいつまでも犠牲的サービスを提供する事はできない。患者と医者が接する時間は殆ど瞬間風速のたぐいである。患者が自分の体を医者に丸投げして、なおらなかったからといって医者に文句をいっている人がいる。その患者が「暴飲暴食」をしていないだろうか。自分の健康を回復するための努力をしているだろうか。煙草を吸っていたり、健康によくない事をしていたりしていないであろうか。医者や看護師が必要な施術を行っていても、患者がそれをいかす努力をしなければ治るはずがないのである。患者が「自立する努力」をしなければ、ますます良識ある医者や看護師を失う事になる。「患者学」は、日常生活の「生活習慣病」を自力で直し、健康を維持するために「運動」をし、自己治癒能力を活性化するための自分にあった方法を実行する事なのである。
by kanakin_kimi | 2011-12-13 01:03 | 戦略的災害対策 | Comments(0)

戦略的災害対策  11

多い時には積雪2メートルを超すという白山町に母方の祖父の50回忌に参加させていただいた。
祖父の名は「長 清松」。母方の名が「長」であることに「なんでやねん」という想いがあった。石川県白山町釜清水その一帯が「白山からの伏流水」の恵みを「弘法池の名水」と珍重されている。店の前に大きな羽釜をモニュメントにしている「一揆そば」がある。そこの座敷で50回忌は行われた。従兄弟の妻のはなしに「積雪2メートル」が出てきた。想像もしていない事で、迂闊であった。我々の、我慢のひとつを白山町では十有以上も我慢しなければならないのだろうと思わせられながら、彼らの素知らぬ顔に助けられている。静岡県藤枝市に住む私にとって、この環境の違いの大きさに感謝しながら申し訳ない気持ちに追いやられる。環境の違いの大きさを克服する方法を、わたしは「クランプシステムによるピラミッド構造の建造物」に求めた。4メートルの鉄パイプを3本接続して、それを一辺として正三角形にしたものを4枚で組み合わせる形になる。まだ組み立て中の実験途上にある。暴風・暴水・暴震の三大災害原因を克服するに違いないと思っているのは、まさにエジプトのピラミッドが教えてくれた。その教示というのは、「避難場所」としての啓示にあった。出雲大社や三内丸山遺跡の巨大高層建造物の建造目的も同じものだと思う。
大洪水伝説は、いまから6千年前といわれている。そして、「ノアの方舟伝説」はそれと同じ時期だといわれている。「古代の記憶」の「危機意識」が「巨大高層建造物」をつくらせている。それは、いま間に合わなくても、未来の人々への「遺言」と「プレゼント」なのである。そして、いまの我々が未来の人々にする「遺言」と「プレゼント」は、地球が崩壊する前に新たな生存可能な星を見つける事、その星への移住を可能にするすべての技術を完成しておく事である。従って、ありもしない「質と量」を分離する「因子」の発見にあるのではない。アインシュタインシンドロームの延長線上にあるのは「不毛の混乱」である。「真実を真摯に見ようとしない権力にすり寄った人々の戯言である」。とは言い過ぎかもしれないが、私はそのように考えている。
by kanakin_kimi | 2011-12-10 12:42 | 戦略的災害対策 | Comments(0)