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南極の古代ピラミッド




























by kanakin_kimi | 2013-01-25 14:50 | ピラミッド | Comments(0)

P100システム

安全・安心・賢いコミュニティ

私たちは、日頃一人で生きているような勘違いを認識している傾向がある。災害が起きるとすぐに化けの皮が剥がされるのだが、被災ののちしばらくするとすぐに忘れてしまって、又、一人で生きているような顔をしなければならないような気分にさせられてしまう。
よっぽど大きく、壊滅的な災害でもない限り同じことを繰り返してきた。

311は、どうであったろうか。助け合うシステムはいろいろな形があろうかと思う。

p100システムについて考えたのは、「津波から逃げたくても逃げられない地域」「大雪災害・台風災害」「大雨災害」の地域に居住している人々を対象にした「避難装置であり、安全なコミュニティー空間」として考えたものです。いろいろのアイデアを出し合えばもっといいものが出来ると思います。
先ずは基本提案としてご検討ください。
P100 というのは、ピラミッドの P と一辺が100メートルの正三角形で構成されるピラミッドということです。
当面の、東海から南海に至る「東南海地震」を目前にして、津波から逃げることが出来ない地域にどのような避難装置を造ればいいかを考えた結果「P100システム」を考えついたのです。
津波・地震・台風・大雨・竜巻・大雪・ハリケーンなどの災害に対応できる「避難装置」であり、復興後もそこに住み続けることが出来る「避難装置」であるようなシステムとして考えました。

そのためには、生活の全てがこの空間で保証されるようにしなければなりません。
そのためには、食料の自給・電力の自給・上下水道の自給・ガス火力の使用自給などおよそ生活に必要なものが自給できればいいのですが、全てというわけにはいきませんから、地域によって可能なもので自給体制を整えればいいと考えます。

「P100システム」は、一辺が100メートルの正三角形で構成されるピラミッドを想定してみました。これだと,頂点の高さは70メートルになります。一階層の高さを5メートルとしますと、14階層の構造物になります。

基本構造は、一辺が5メートルの正三角形で構成するピラミッドで全体を構築する。

骨組みの材料をどのようなものにするか。いま、考えているのはコンクリートの電柱のようなものと鉄パイプの併用をイメージしている。
外壁は,透明の強度のある不燃性のプラスティック板と内部は耐熱性の石膏ボードを考えている。

これらで、一階に「菜園」「養魚場」「養鶏・養豚場」など。一万平方メートルの広さを活用する。
二階・三階は、これの補助スペースと考える。

四階から十階までを居住空間として日常生活に必要な施設も含めて考える。50 ~ 100所帯ぐらいが居住できるのではないかと思う。

十一階から十四階までは、発電施設・上下水道施設・メンテナンス施設が考えられる。

発電施設は、当面は風力発電(小さな羽での)施設や太陽光発電が使えると思うが、将来はフリーエネルギー発電を研究すべきだろう。

これらについて、上下水道局・廃棄物処理場の人々が協力して研究してもらいたい。
また、コンクリート電柱を造っている人たちは、高さ5メートルのピラミッドを構成する、骨格の材料を造る研究をしてもらいたい。
by kanakin_kimi | 2013-01-23 09:34 | p100システム・地域の避難装置 | Comments(1)

告発 袴田事件  番外編3

特捜本部幹部のねつ造指示に抵抗していた人々

既に何回かにわたって述べてきたが、基礎捜査を行っている春田警部補等の仕事に対して、1966年7月16日を境にして「膨大な捜査資料の整理」と称して、高松敬治県警本部長・池谷真二県警捜査一課長・富安要清水警察捜査一課長等特捜本部幹部の指示で「袴田巌に見込みをつけた捜査資料への改ざん整理」に移行し始めた。
これに合わせて、「防犯」の部所から「黒柳警部補」を応援で派遣させていたのである。
このようなことは、死体の解剖を担当していた二人の解剖執刀者である、鈴木俊次氏にも山下英秋氏にも及んでいた。山下英秋氏は、当時清水総合病院の前身である「県立富士見病院」の院長をしていた。院長と云っても「県の職員ですからね」とおっしゃっていた。専門は「内科」で、今までに解剖について経験しているのは50体ばかりでね、死体鑑定なんて専門じゃないから、県の職員だからやれと云われたからやりましたけど、イヤードキドキしましたよ。周りに一杯警察の方がいて、ちょっとしたことでもどっちかられたものでね。私が担当したのは、橋本ちえ子と雅一郎です。ええもちろん二人の正面顔写真は添付しておきましたよ。
鈴木俊次氏は、開業医で警察嘱託医でもあった。お会いするために電話をかけた。お会いいただけるということで、アポイントが取れた。10分もしないうちに、鈴木俊次氏から電話が入った。一応問い合わせをしたんだが「あってはいかん」ということだったので、申し訳ないがあえません。というものであった。
鑑定書に示された鈴木俊次氏の抵抗の跡は、私が発見したのは「鑑定にないけれど、明らかに凶器がくり小刀ではないことが、それとわかる顔写真」を外さず添付したことであり、鑑定書の報告日時である。
鈴木俊次氏の「鑑定書」の「報告日時」は、「昭和41年9月6日」となっているのである。何故これが鈴木俊次氏の抵抗の跡かというと、「特捜本部の指示にそって,書いたけれども納得がいかないから、提出を遅らせていた」のだ。
山下英秋氏は、7月25日と28日に提出されたことになっている。それは、横から口を出したひとの下書きの跡をなぞっていったようなものだろう。その下書きのモデルは、7月10日付けの提出になる、寺田勇太郎警部補の「実況見分調書」である。検死には、鈴木完扶氏が立ち会っている。おそらく、山下英秋氏の横にも鈴木完扶氏が立ち会っていて、横から口を出していたのだろう。そして、鑑定人二人のうち先づ先ず、「山下英秋氏を攻略して、下書き通りの鑑定書を出させた。」
ところが、警察嘱託医の鈴木俊次氏は、「刺し傷による出血死」までは書かせたが、なかなか提出してくれない。
検察は「9月9日静岡地裁へ起訴」することを予定していた。
8月18日に逮捕して、連日11時間以上の取り調べを行い、9月6日もうろうとしている袴田巌氏の指をつかんで指印をおさせ、供述調書を造ったのである。
そして、それを急いで鈴木俊次氏のところへ持っていき、「袴田が犯行を認めたよ、鑑定書を提出してくださいよ。」といってきた。鈴木氏は最後の抵抗の証として「9月6日付けの鑑定書を提出した。
こういう事情を物語るものだったのです。
このようなことが,調書のあちこちに書き残されていたのです。
真実を書き残すために努力している者と、真実を隠蔽しねじ曲げている横暴な権力行使との闘いが展開されている痕跡がそこにあるのです。市民がそれを見抜かなければ、支える事は出来ないのです。
by kanakin_kimi | 2013-01-21 17:03 | 告発・袴田事件 | Comments(0)

原発事故















公开日:2012年12月27日
あなたが好きならLIKE '。私のチャネルにサブスクライブして自由に感じる。"HAARP" MASSIVEのTTAを2地震を引き起こし秘密の島と海底で発見されている??事件が2日間続い:12月24日と2012年12月25日。TTA =テスラテックアレイHTA = HAARP型の配列昇天島水中音響データシステム-米国TTAネットワーク私はBBCの塔フィールドの私の説明を言葉で表現する方法と、いくつかの問題がありました。私はそれがマイルに及ぶように見えると言いました。私は巨大な塔の全分野に言及していました。私は、彼らが最大のものは、2サッカー場に高かったように見えたと言うことでした。それは1つだけ、サッカーのフィールドに高いです。彼らは、しかしグローバルTTAネットワークの一部である。そして単なる以上に使用することができます'無線信号。 " 島と南大西洋TTAダイヤモンド座標島はObscurmentsで- 20°29'47 0.69 "S 29°18'49 0.80" W TTAのジョージタウンでアセンション島で- 7°51'4 0.86 "S 14°21'21 .40" W 南大西洋TTAダイヤモンド- 20°49'40 0.82 "S 17°9'48 .38" W オスカーマイヤー"ヨ何回転し、別のビデオをやろうとしているタイムズ消耗?。 " revmichellehopkins "ヨDUDE!...私はあなたに何を教えてあげましょう...あなたは祈りの変更のことを信じますか?あなたが行う場合は、ここで私の上に主に祈りを停止して、書き込みに少し時間がかかる(ここですべてはそれを読み取ることができ、祝福される)彼は私が彼の人と今夜を共有したいものとして私に知恵と知識を与えるために彼を求めて、彼は彼が私は今夜を共有したいものを私に与えた場合、私はそれを知っているでしょうあなたへの答えになっている。祈りそして私は、説明であなたを認めるでしょうし、おそらく映像自体は(O: " オスカーマイヤー"ヨ神は、私はあなたは私を聞くことができます知っている私は、我々はそれほど頻繁に話をしないので、あなたがだろうと期待していた事の優先一種とし ​​てこの要求を取る。Revは私はすでに彼女はスマートと賢明だと思った私はあなたが彼女の知恵と知を与えて祈るなら、彼女についてのビデオを何をすべきかのトピックを知っているよと言いますが、あなたが望むなら神は、いくつかの余分な精神的な洞察力で彼女をピシャリ..それは私と一緒に大丈夫だろう"。revmichellehopkins "私はしばらくして、新しいビデオをアップロードすることでしょう神へのあなたの要求は説明になります応援してくれてありがとう(O:。この1あなたオスカーのためにある"。 JesseGabriel1 ミシェルのために"祈り:天のお父様、イエスの名において、善良な人たちが邪悪になっているとき、私はこれらの日にミシェルを主にしてから精神的なダウンロードと洞察力を増加させ、祈り、音の理由は道を与えている狂気に、本 ​​当にあなたが道であり、あなたの御子イエス·キリストは、私たちの大邸宅ビルダーであると信じて男性と女性の心の中にあなたの光を輝かせて、鍵を握る!主よ、私はミシェルの増加、知恵と洞察のために祈るそしてすべて真に信じている人。アーメン! " サンキュ主!w0tm(メキシコ盆地水中音響TTAのTOP SECRETの湾の鮮明な画像へのコメント)"私はかなりのもののための"聖域"に"有線"を酷評していますあなたは私を誰が知っていますこの女性は、私には全く未知の情報をもっと見るとどこからともなく出てきます。私はトップシークレットと(まだ働いている"と彼らは驚いています"私が誰に日を尋ねると、待たなければならなかった上記のものとチェックを行うパーミッション(書き込みの場合はNothing) "私の目だけのための" get -彼女が掲示さていることをすべてが正確で死んでいるこの女性が誰であるかを調べる"私は言われた"私は不可能だと知っているけど... "?出典:モーフィングインテグレーテッドマイクロ波画像でCIMSS -合計降水量 地球はUSGSによってEQuake3D タイトル17 USCコード107 -公正利用のフェアユースの注意:この動画は著作権のある素材が含まれている場合があり、このような材料は、娯楽目的のためのみに使用できるようになるに定めるので、これはそのような著作物の"公正使用"を構成。タイトル17 USCのセクションは、米国著作権法第106A-117。






























by kanakin_kimi | 2013-01-19 17:42 | なにかがわかる | Comments(0)

河川・ため池・貯水池などの治山・治水の原理を直考

P100 システム

直考というのは、かんがえなおすということを意味している。それは、自然を破壊しない自己完結の生命維持避難装置を造る考え方に転換することを意味しており、それを都市構想にすることである。
今までの都市構想は、極めて「資本の論理」に支配され、超法規的災害に対峙した発想をしてこなかったし、地球的規模の災害を想定する発想もなかった。
アメリカの旱魃は、HAARP をもってしてもカバーできず、ミシシッピー川が干上がった。
一地域の大災害も、大きな北米大陸という環境にとりのこされている。
地軸変動の時代に、極の揺れが生じる影響が気象に現れる時代になった。
最も心配な問題は、地水火風空の天変地異であることであり、それを最小限の被害にとどめる方法としては「避難装置」を「居住空間や地水火風空の生命維持装置」として、他の無被害の地域から取り残されない工夫が求められる。「より豊かな生活空間」に高めることであろうと思われる。
もちろん、それだけでは事足りない環境変化・巨大隕石の衝突などは、速やかに地球的規模での対策を急ぐべきで、民族間の「戦争にうつつを抜かしているいとまはない」。また、資本の論理にうつつを抜かしている暇はない。

さて、そこで「逃げられない地域」に「P100 システム」をそのモデルとして「避難装置」を「超法規的な災害」にたいして「超法規的な対策」を検討したい。
その空間に、安全と日常生活が保証されるようにすることである。
【基本構造の課題】
上下動・拡張動・伸縮動に対応できる基礎構造をどのようなものにすればよいか検討すること。
コンクリートの電柱のようなパイプで基礎を形成する。
一辺が100メートルの正三角形4枚で組み合わせた鉄パイプのピラミッド構造である。
基本構造は一辺が5メートルの正三角形を4枚で組み立てたピラミッドで縦横に構成すると強度を造ることが出来る。
P100システムでは、頂点までの高さが70メートルになるので、1階層の高さを5メートルにすると、14階層が出来る。
1 ~ 3階層は、菜園・養鶏・養豚・養魚など食物栽培の空間に当て、上下水道と終末処理場にあてる。4 ~ 10 階層に居住生活空間を形成する。11 ~ 14階層および外部壁面に発電・貯水・メンテナンス・空間移動装置(将来的には反重力機関)・通信設備など生命維持と日常生活・教育文化の完結したコミュニティ空間を構想する基本構造を検討する。
by kanakin_kimi | 2013-01-17 12:41 | p100システム・地域の避難装置 | Comments(1)

「小説」の 終焉

「少女のときは止まった」を書いているときにもご忠告をいただいた。「小説」にしたら、というものであった。ご忠告の趣旨は、ありがたく受け取っていた。
しかし、私の中では「小説」は終焉していた。もうそんな時代ではないということである。
もちろん、今もたくさんの小説の読者がおり、小説の書き手もたくさん広がっている。
それなのにわたしは、太田薫氏が1975年に「春闘の終焉」を書いたように、「タイムリー」に2013年に「小説の終焉」を書いておきたいと思ったのである。

75歳の「芥川賞受賞者」が出たことの「本当」の意味を受け止めたいのである。

その作品をまだ読んでいない。紹介された作品の一部を見ただけである。漢字を最小限にしてほとんどを平仮名で書いている。私が追究していることを、この女性も追究していると読み取ったのである。

何故日本語はこれほどややこしいのか、とよく云われている。しかし一方で私は「言語」と「平和の成り立ち」は、相関関係があると考えてきたし、日本の言語の「ややこしさ」はそれを表していたのだ。とりわけ、「八百万の神々を尊崇する民」が、それぞれの持つ話し言葉を大切にして、それをお互いに認め合おうとしている結果なのではないだろうかと考えてきた。
しかし、その一方では自分の話す言葉に誇りを持ちそれを粘り強く主張しないでは残り得ないことも事実である。
言霊信仰があるように、その言葉の「アイディンティティー」を「伝統文化に昇華」させ、「八百万の神々」の一員として認めさせることが必要なのだ。
受け取る側の「受動的努力」だけではだめなのだ。なぜなら「八百万の神々の一員としての存在感」を主体的に発揮しなければならないからである。
もちろん今からでも遅くはないのだ。日本列島住民の話していた言葉や文字が今から復活してもかまわないのだ。日本列島住民が話していた言葉を表現するのを漢字だけで表すことが出来ないのも事実であり、ハングルでは表せないことも事実であろう。「ひらがな」表現はそれを意味していると考えてきた。
しかし、「ひらがな」でも「東北言葉」は表しきれないのも事実なのである。「ほつま」言葉がそれを補われるのであればそれもいいのではないのか。「トンパ」の絵文字がそれを補うことが出来るのであればそれもいいのではないのだろうか。
そんなことを,言っているような気がしている。
「小説」は、「安全地帯」と同義語であると考えてきた。松本清張作品が面白くなくなってきたことと相通ずるものであるようだ。「相棒」や「漫画」作品の方が超えてきているからだと思う。
世相の裏面をえぐり出し、表出する時にこそ「その面白さ」がある。I T 社会は、そのドキュメントを
日常的に一般の人々によってもたらされる時代に、安全地帯から眺められ表現されたものを見ても、面白いはずはないのだ。
間接民主主義が終焉し、直接民主主義の時代に突入した今、「間接民主主義の選挙投票」を呼びかけるようなものだ。

by kanakin_kimi | 2013-01-17 11:08 | 八百万の神々 | Comments(0)

ロマンティックシンドローム A1

認識の落とし穴 ー「 穿 」

世相の裏面をえぐり出し、それを表出することを「うがち=穿ち」と云った。
雨だれが、落ちている。時間の経過と雨だれの繰り返し落ちるところに「穴があく」。これを「雨垂れ石を穿つ」という。
ロマンティストは、そこに何を見るだろうか。

おそらく、機関銃の玉が多くのひとの体を「穿っている状況」を連想しないだろう。

おそらく、寺院・仏閣の軒下にいて、軒から落ちる雨だれとその下の敷石に小さな穴を思い、ほんわりとした情景に酔いしれているのでしょう。

「支配」は、これを・この酔いを「いつも利用した」。
そう感じること・そう表現すること・そう酔いしれること事態に問題があるわけではない。
それらが「穿ち」の世界と共通し、「おとしあな」に陥るからである。陥穽(かんせい)という。

私がそれに気づいたのは、高校二年生の国語の教科書にそれを見た時である。潁原退蔵氏の「江戸時代語の研究」の「前文」が紹介されていた。そこで教えていただいたのである。井原西鶴の「好色一代男」を紹介する場合でも、潁原退蔵氏は「源氏物語の主人公」と「好色一代男の主人公」を、その時代に合わせて表現する作者の「冴え」を伝えている。

「冴え」のないものは、「雅な恋物語」に落ち込むのである。落ち込んで害がなければ、「まあいいか」ということになるのであろうが、それが「歴史学」の独立を「妨害する力」にしているのであるから抛(ほう)ってはおけない。
by kanakin_kimi | 2013-01-15 12:03 | シンドローム | Comments(3)

惑星二ビル











by kanakin_kimi | 2013-01-13 10:38 | 惑星二ビル・シリーズ | Comments(0)

告発 番外編 2

法律は権力の都合が優先されている・それによって、様々なゆがみが生じている

【 一 事 不 再 理 】
一旦、裁判で判決が確定すると、その事件に使用された証拠や証拠の隠滅が見直されて、判決の誤判が判明しても、審理のやり直しはしないというのが「一事不再理」ということらしい。
それでも審理のやり直しをしてもらいたい場合は、「再審制度」を利用して「再審請求」をするのである。しかし再審請求の手続きには「旧証拠のみ直しや証拠の隠滅が判明しても」それを使うことが出来ない。全く新しい証拠、「新規にして明白な証拠」でなければ、「証拠」として認めない。ことになっている。
だから、この袴田事件のように「旧証拠を見直すと明らかに誤判であることが、明白であり、捜査当局による証拠のねつ造がそれに伴いより明確となってしまう」のに、旧証拠と新規証拠を合わせて総合的に評価し、見直すように請求しているにもかかわらず、真摯に受け止めようとしない。

しかし、この一事不再理というのは何のためにあるのか,と私は疑問を抱いてきた。尤もらしいことを並べ立てている法律家は、誤判が生じた場合の救済策にはいたって不真面目である。
こういう法律家の「行動対応の証拠」は、「金儲け」というところに落ち着いている。
もし、まじめに受け止めているならば、総合評価することに反対できないはずなのである。

私に云わせれば、「一事不再理」を利用できる能力は、「金権力」だろうと思っている。つまり、金の力で、「支配する機能」を作り、それに関わる人々を「特権階級に加えて・ご褒美を出す」。それらが、国家という枠組みを機能させる主要ポストに配置されている。そういう人たちは、東アジアから朝鮮経由で日本列島に流れ込み・逃げてきた人たちの文化が中心になっている。もちろん、それに対峙して闘いを挑んできた人々の中心も又,東アジアから朝鮮経由で日本列島に逃げてきた人々の文化が中心になっている。簡単な図式で見ると、「支配したがりのグループ」は「孔子派」(K)であり、「相互扶助を常に志すグループ」は「墨子派」(B)である。実はその間にいる人々は、一番多く常に森羅万象の精霊に手を合わせている人々(J)である。一番はっきりわかるのは、「おれおれ詐欺事件の被害者はこの部類」に属している。この(J)は、(K)からも(B)からも「上から目線」で見られることが多く、時々「平和ぼけ」とののしられる。しかし、この人たちが日本をつくり、縄文以来の文化を継承している。
東アジアから朝鮮経由で、日本列島に亡命してきた人々は、「最新文化」を持ち込んできた。だからそういう文化力を武器にして支配構造を作ってきた人々と、元々日本列島に住んできた人々その文化に溶け込んできた人々に分化定着して、それを基礎に新たな文化に対応してきたのである。したがって、(J)は中間層であるが実は最大多数なのである。

現在の法体系は、欧米法を取り入れながらもそういう支配層のご都合を優先している基本構造をなしている、だから法体系が複雑なのである。シンプルなものにすれば、それらの支配層は削ぎ落とされる事になるだろう。

「袴田事件」を「告発」する意味は意外と「深層構造」にぶつかるのである。

それは、1967(昭和42)年から1981(昭和56)年に至る空白期間に発生していた。
by kanakin_kimi | 2013-01-07 11:06 | 告発・袴田事件 | Comments(0)

桶狭間の歴史観

対立軸

桶狭間の変を見る私の歴史観は、「水軍」であり、「経済的繁栄の実態」であり、「何が何と対立しているかの対立軸」を見ることである。
ですから、織田信長と今川義元という、二人だけの対立軸としては見ていない。
当然,今までの小説などの歴史観でも二人だけの対立軸で見ているわけではないだろうし、実際に現実の中ではそんなことがあるわけがない。
しかし、それにもかかわらず、それを表す時「何が影響するのか」、対立軸をシンプルなものにしてしまう。それは、「表現方法」や「発信する側の考え方」と「受け取る側の能力」などの要素に影響されて、「捨象」したり「表現手法」を加えることになる。

すべての「実態真実」を全て認識できないという「認識限界」が先ず立ちふさがり、その際の「仮想真実像」が出来上がる。
次にその「仮想真実像」を報告し、伝えようとするする時、「論文」や「報告書」としてまとめる。それらの論文や報告書に全て目を通すだけでも大変なことになる。勢い読むひとは少ない。だからどうしても読まれるような、手法へと削ぎ落としてゆく。そうなると、内容が骨格だけになる。
つまり、ストーリーを簡略なものにするのである。日本の昔からの手法・主と客に単純化して、「主」の生涯・出世物語を歴史として見させている。
やむを得ざる「表現原理」なのだろうとも思われる。
しかし、この表現原理は、「書き手」と「読み手」の「評価能力の変化」によっていくらでも「進化」する。「実態真実」に近づける「仮想真実」の進化次第なのである。
いまは、梅田望夫氏が「ウエーブ進化論」で書かれている、「高速道路論」とおなじである。
あらゆる分野でそれが一斉に進んでいるのである。
パソコンを使いこなせるものと使えないものとの間にそれが生じている。と同時に、知識の量の拡大だけでは、左右されない認識のなりたちというものが表面化する。知識の量の拡大だけではなし得ない認識力の魅力が発揮される。賢さと小賢しさのちがいでもある。それはこういうことにも現れる。実態真実は多様であり、関連しないものはなに一つなく、そして、それこそが連続の表れなのである。従って、基本的には、その色々な多様の統一的把握をした上で判断することが出来る能力である。
織田信長を一人の人間としてみるなということであり、今川義元も一人として見ないことである。他のいろいろなものを捨象して表現しているのだ。生駒家や沢彦・前野一族・小六・藤吉郎の技術者集団・丹羽・水野の水軍・今川の水軍・井原・岡部・能島・村上などの動き次第なのである。
by kanakin_kimi | 2013-01-04 11:21 | なにかがわかる | Comments(17)