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告発・日航機123便事件 5

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事
「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」
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日航機123便事件・告発の目的
 1985年8月12日に発生した日本航空123便乗員乗客あわせて524+1人(母胎児)に対する「墜落事故」と見せかけた「殺人及び殺人未遂事件」とこの事件に対する人命救助活動をしていた自衛隊員2人を殺した事件、その事実の証拠を保管した自衛官を真実を隠蔽するために「自殺」に見せかけた「殺人事件」などを I T 世界に設置されるであろう「世界市民裁判所」に告発する事にした。
 それは、近年[公的機関や政府などが民間人の無防備につけ込んで「事故」や「自殺」と見せかけた「謀略的殺人」を「無政府的に行使」している事例が増加している] 。それは、I T の進展によって、真相が速やかに知られるようになった事から事例の増大が認識されており、その反射として謀略の事例となる状態に対する抑止力が生じる一方で従来の報道機関や公的機関が権力構造に取り込まれて、情報を公開するべき仕事をしないために見えなくしている状態と見られる。それらの全てを顕現させた「85・8・12日航機123便事件」が発生したのである。従って、[この事件の真実を誰にでもわかるものに明らかにして、その犯罪責任を当時の総理大臣中曽根康弘らに取らせ、処罰することこそが「民間防衛」の実現とその証明である]事を認識させられたからである。
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真相解明の手法 
 出来るだけシンプルにする事であり、争点を絞り込む事だと考える。したがって、「安定飛行機能を喪失させた事件」が第一の「序の事件の問題」である。その「原因を明らかにせず、ねつ造した事件」が第二の「破の事件の問題」である。そして「真実を隠蔽するために工作した口封じ事件」が、第三の「急の事件の問題」である。
 この三つの事件が重層的にあり、上記の三つの問題に対応する三つの「真実の流れと虚構の流れの分かれ目となる分水嶺」があると考えた。
 通常の「事件」は「一定の狭い場所」に限られた狭い範囲での「隠蔽」「ねつ造」が行われるが、「航空機事件」の犯行現場が「多国籍が混在する」事にともなう広域な権力構造が支配する、重層的な「隠蔽」「ねつ造」が行われるためにそれに対応する多様重層的な事件が発生している。他方、国際権力(ロスチャイルドイルミナティ)が強引に介入して起きている事件であるのに自虐的に国内問題として処理するために訳の分からない問題となっているのである。 1997年5月に発生した「A 少年事件」では、5月24日昼食直後に事件が発生しているのに、5月27日に校門門柱上に少年の切断された首が発見された事によって、あたかもそこから事件が発生したかのような「酒鬼薔薇錯覚」をさせることによって「冤罪」へ誘導していった手法と一緒なのである。何故かというと「謀略機関の作為事件」だからである。「謀略機関の作為」に二通りが考えられる。「序」について、本事件のように最初から作為がある場合と、偶然に起きた事件を利用する場合(A少年事件)のそれである。 そこで「序」の原因を訳の分からないものに破壊する「破」を持ってきて、後は「急」いで、さらさらと逃げようとしているので、それに対峙して「真相事実を整理」して、この事件の本質を明らかにするつもりである。 真相解明は既にほとんど I T 上に詳しく研究されていると判断している。したがって、さらに屋上おくを重ねる情報を収集する時代は過ぎたのだと思う。これからは、この事件の本質を多くの人に知らせ、認識を深める時であると考えている。
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告発・・・・・・・・・・・日航機123便事件 5
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 本質を見極めるために、序・破・急 という「謀略のシナリオ」に沿って「事件のシナリオ」を大別して「序の事件」「破の事件」「急の事件」に分けた。この三つの事件それぞれの虚構と真実の分水嶺を発見する事にした。何故そうするかというと、せっかく真実に近づきながら最後の詰めを間違えて無駄にしないためである。「分水嶺」は、今迄の経験則で云えば「時間の分水嶺」と「場所の分水嶺」があると考えているのであるが、この事件は何か別の要素があるような気がするので、それにこだわらずに検討する事にしている。
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破の事件 2
 「破の事件」は、「安定飛行機能を破壊した」「序の事件」を受けてその原因をわからなくするために全てを「事故に収斂させる」のである。
 機長は、18時24分42秒に「スコーク77」を発信した後、その6秒後の24分48秒に念を入れて「スコーク77」を発信している。そして、18時25分21秒に、つまり2回目の「スコーク77」を発信した後の33秒後に東京ACC(航空交通管制部)に「トラブル発生、直ちに羽田に帰る事を要求する。220(22000フィート)へ降下し維持する事を要求する」と発信している。ところがこれを受けた東京ACCの応対に微妙に中曽根指示が既にはいっている感じなのでよく見ていただきたい。すなわちここに「破の事件の分水嶺がある」という事である。それを代表して表現すると次の言葉が象徴的だ。
アンコントローラブル(操縦不能)です。
 機長がこれを発信した時刻は、18時47分17秒である。東京ACCは、機長からこの言葉を引き出すために約23分の時間を「全員救助にではなく全員死亡の方針に向かわせるべくし」かけているという事である。中曽根康弘の指示を受け応対していたのは誰か分かるはずである。
 この「23分間」に、「羽田へ帰るチャンス」も「横田基地へ帰るチャンス」をも踏みつぶしているのである。機長がそれを察し、覚悟を決めた言葉をそれとなく「クルー」に告げた言葉がある。
18時46分33秒「これはだめかもわからんね」
 垂直尾翼を5分の三もぎ取られても、エンジンの吹かし方などで機体のコントロールをなんとか維持しているのである。だから、早く羽田なり横田なりに着陸させたいと必死の努力をしていたのである。
 その努力の操縦の実績は、この23分間の航跡分析をすれば明瞭に分かるのである。それを「操縦不能」と云わせることほど過酷な事はない。それを無理やり強いたのが中曽根康弘である。
 
by kanakin_kimi | 2014-05-31 22:20 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)

告発・日航機123便事件 4

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事
「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」
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日航機123便事件・告発の目的
 1985年8月12日に発生した日本航空123便乗員乗客あわせて524+1人(母胎児)に対する「墜落事故」と見せかけた「殺人及び殺人未遂事件」とこの事件に対する人命救助活動をしていた自衛隊員2人を殺した事件、その事実の証拠を保管した自衛官を真実を隠蔽するために「自殺」に見せかけた「殺人事件」などを I T 世界に設置されるであろう「世界市民裁判所」に告発する事にした。
 それは、近年[公的機関や政府などが民間人の無防備につけ込んで「事故」や「自殺」と見せかけた「謀略的殺人」を「無政府的に行使」している事例が増加している] 。それは、I T の進展によって、真相が速やかに知られるようになった事から事例の増大が認識されており、その反射として謀略の事例となる状態に対する抑止力が生じる一方で従来の報道機関や公的機関が権力構造に取り込まれて、情報を公開するべき仕事をしないために見えなくしている状態と見られる。それらの全てを顕現させた「85・8・12日航機123便事件」が発生したのである。従って、[この事件の真実を誰にでもわかるものに明らかにして、その犯罪責任を当時の総理大臣中曽根康弘らに取らせ、処罰することこそが「民間防衛」の実現とその証明である]事を認識させられたからである。
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真相解明の手法 
 出来るだけシンプルにする事であり、争点を絞り込む事だと考える。したがって、「安定飛行機能を喪失させた事件」が第一の「序の事件の問題」である。その「原因を明らかにせず、ねつ造した事件」が第二の「破の事件の問題」である。そして「真実を隠蔽するために工作した口封じ事件」が、第三の「急の事件の問題」である。
 この三つの事件が重層的にあり、上記の三つの問題に対応する三つの「真実の流れと虚構の流れの分かれ目となる分水嶺」があると考えた。
 通常の「事件」は「一定の狭い場所」に限られた狭い範囲での「隠蔽」「ねつ造」が行われるが、「航空機事件」の犯行現場が「多国籍が混在する」事にともなう広域な権力構造が支配する、重層的な「隠蔽」「ねつ造」が行われるためにそれに対応する多様重層的な事件が発生している。他方、国際権力(ロスチャイルドイルミナティ)が強引に介入して起きている事件であるのに自虐的に国内問題として処理するために訳の分からない問題となっているのである。 1997年5月に発生した「A 少年事件」では、5月24日昼食直後に事件が発生しているのに、5月27日に校門門柱上に少年の切断された首が発見された事によって、あたかもそこから事件が発生したかのような「酒鬼薔薇錯覚」をさせることによって「冤罪」へ誘導していった手法と一緒なのである。何故かというと「謀略機関の作為」事件だからである。「謀略機関の作為」に二通りが考えられる。「序」について、最初から作為がある場合(本事件)、と、偶然に起きた事件を利用する場合(A少年事件)のそれである。 そこで「序」の原因を訳の分からないものに破壊する「破」を持ってきて、後は「急」いで、さらさらと逃げようとしているので、それに対峙して「真相事実を整理」して、この事件の本質を明らかにするつもりである。 真相解明は既にほとんど I T 上に詳しく研究されていると判断している。したがって、さらに屋上おくを重ねる情報を収集する時代は過ぎたのだと思う。これからは、この事件の本質を多くの人に知らせ、認識を深める時であると考えている。
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告発・・・・・・・・・・・日航機123便事件 4
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 本質を見極めるために、序・破・急 という「謀略のシナリオ」に沿って「事件のシナリオ」を大別して「序の事件」「破の事件」「急の事件」に分けた。この三つの事件それぞれの虚構と真実の分水嶺を発見する事にした。何故そうするかというと、せっかく真実に近づきながら最後の詰めを間違えて無駄にしないためである。「分水嶺」は、今迄の経験則で云えば「時間の分水嶺」と「場所の分水嶺」があると考えているのであるが、この事件は何か別の要素があるような気がするので、それにこだわらずに検討する事にしている。
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破の事件 1
 さて「序の事件」ですでに「証拠隠滅とねつ造」の存在と分水嶺を発見した。「破の事件」とは「序の事件の原因を破壊する事件」であるわけです。 そこで、 18時12分羽田離陸から18時57分機影消滅迄の「45分間」の「ボイスレコーダー」や「フライトレコーダー」の音声の内容と時間分析、また123便の「航跡」が何を語っているのかを見つける「航跡分析」を試みる事にした。もちろん既に今迄追究されてきた諸先輩の実績を参考にさせてもらいながら「目落とし」がないか「意識的な省略がないか」と重箱の隅を突っつくのである。「ボイスレコーダーやフライトレコーダーの音声の内容と時間分析」①と「45分間の航跡分析」②は「車の両輪」ですから一体的・統一的に行われなければならない。①にしろ②にしろわたしが得られる情報は、公開されている著書やIT情報であり、わたしの能力の範囲によらざるを得ない。①の得られた情報は、出来るだけ一覧できるように文庫版の本からコピーして余分のスペースを切りのぞいて大きな厚手の紙に一覧できるようにはりそろえるのである。(破の段⑴、急の段⑶)②の情報は、藤田日出男著「あの航空機事故はこうして起きた」の17ページに掲載されている「日航123便の高度変化・図」(フライトレコーダーによる高度変化)と「日航123便の航跡図とボイスレコーダーの記録・図」をコピーして、それぞれの拡大の仕方を10kmを1センチメートル実寸に拡大した。その図面を厚手の紙に張り付け見やすく・作業しやすいように折りたたみ式にしている(序の段、破の段⑵、)。その他には「乗員乗客名簿」を同じようにして一覧できるようにしている。 「序の段」の図から、18時12分の羽田飛行場の位置から18時57分の機影消失の位置までの航跡を糸を貼付けていって、その長さを測ると51、5センチメートルであったので、航跡の平面距離は515kmであるとした。次に、「破の段⑵」はそれと同じ縮尺のものを5ミリメートルの方眼に線引きしておよそのそれぞれの部分でも距離が分かるようにした。 機長が「スコーク77」を発信するメカニズムは、航跡にも現れていた。

18時12分から24分35秒迄の間隙と空白 機長 機長が「スコーク77」を発信したのは、18時24分42秒である。その前には39秒に「なんか爆発したぞ」があり、35秒に「ドーン」というような音(客室高度警報音)が記されているがそれ以外は全く記されていない。
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18時12分    羽田飛行場離陸
I       欠落
I       欠落
18時24分35秒 「ドーン」というような音
18時24分39秒 「なんか爆発したぞ」 (ドーンから4秒後)
18時24分42秒 「スコーク77」    (爆発したぞから3秒後)
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 この事から分かるように、「間髪を入れずに反応している」という事が明瞭に分かる。自分でやってみれば分かる事だが、「なんか爆発したぞ」に4秒かかっているのに対して「スコーク77」という重要な発信をするのに、3秒なのである。これは、明らかに「予備認識」の存在を証明している事実である。これは、常識的な判断なのである。したがって、その「予備認識」を証明する音声が、18時24分35秒以前に「フライトレコーダー」や「ボイスレコーダー」に記録されていなければおかしいのである。次に示しているのは公開されているものです。











やはり、18時24分35秒以前が欠落している。
 「破の事件 1」にして早くも、明確な「証拠の隠滅とねつ造」の意図が暴露され、18時12分羽田離陸から18時24分35秒までの「ボイスレコーダーとフライトレコーダー」の音声記録の隠滅の意味するものは、これ以降の全ての記録にも「証拠の隠滅とねつ造の実行」が行われている可能性を含む「謀略事件」である事が明確になったのである。
by kanakin_kimi | 2014-05-30 23:01 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)

告発・日航機123便事件 3

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事

 「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」
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告発 ・・・・・・・
日航機123便事件 3
 1985年8月12日に発生した日本航空123便乗員乗客あわせて524+1人(母胎児)に対する「墜落事故」と見せかけた「殺人及び殺人未遂事件」とこの事件に対する人命救助活動をしていた自衛隊員2人を殺した事件、その事実の証拠を保管した自衛官を真実を隠蔽するために「自殺」に見せかけた「殺人事件」などを I T 世界に設置されるであろう「世界市民裁判所」に告発する事にした。
 それは、近年[公的機関や政府などが民間人の無防備につけ込んで「事故」や「自殺」と見せかけた「謀略的殺人」を「無政府的に行使」している事例が増加している] 。それは、I T の進展によって、真相が速やかに知られるようになった事から事例の増大が認識されており、その反射として謀略の事例となる状態に対する抑止力が生じる一方で従来の報道機関や公的機関が権力構造に取り込まれて、情報を公開するべき仕事をしないために見えなくしている状態と見られる。それらの全てを顕現させた「85・8・12日航機123便事件」が発生したのである。従って、[この事件の真実を誰にでもわかるものに明らかにして、その犯罪責任を当時の総理大臣中曽根康弘らに取らせ、処罰することこそが「民間防衛」の実現とその証明である]事を認識させられたからである。
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真相解明の手法
 出来るだけシンプルにする事であり、争点を絞り込む事だと考える。したがって、「安定飛行機能を喪失させた事件」が第一の「序の事件の問題」である。その「原因を明らかにせず、ねつ造した事件」が第二の「破の事件の問題」である。そして「真実を隠蔽するために工作した口封じ事件」が、第三の「急の事件の問題」である。
 この三つの事件が重層的にあり、上記の三つの問題に対応する三つの「真実の流れと虚構の流れの分かれ目となる分水嶺」があると考えた。
 通常の「事件」は「一定の狭い場所」に限られた狭い範囲での「隠蔽」「ねつ造」が行われるが、「航空機事件」の犯行現場が「多国籍が混在する」事にともなう広域な権力構造が支配する、重層的な「隠蔽」「ねつ造」が行われるためにそれに対応する多様重層的な事件が発生している。他方、国際権力(ロスチャイルドイルミナティ)が強引に介入して起きている事件であるのに自虐的に国内問題として処理するために訳の分からない問題となっているのである。
 1997年5月に発生した「A 少年事件」では、5月24日昼食直後に事件が発生しているのに、5月27日に校門門柱上に少年の切断された首が発見された事によって、あたかもそこから事件が発生したかのような「酒鬼薔薇錯覚」をさせることによって「冤罪」へ誘導していった手法と一緒なのである。何故かというと「謀略機関の作為」事件だからである。「謀略機関の作為」に二通りが考えられる。「序」について、最初から作為がある場合(本事件)、と、偶然に起きた事件を利用する場合(A少年事件)のそれである。
 そこで「序」の原因を訳の分からないものに破壊する「破」を持ってきて、後は「急」いで、さらさらと逃げようとしているので、それに対峙して「真相事実を整理」して、この事件の本質を明らかにするつもりである。
 真相解明は既にほとんど I T 上に詳しく研究されていると判断している。したがって、さらに屋上おくを重ねる情報を収集する時代は過ぎたのだと思う。これからは、この事件の本質を多くの人に知らせ、認識を深める時であると考えている。
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告発・・・・・・・・

・・・日航機123便事件 3
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 本質を見極めるために、序・破・急 という「謀略のシナリオ」に沿って「事件のシナリオ」を大別して「序の事件」「破の事件」「急の事件」に分けた。この三つの事件それぞれの虚構と真実の分水嶺を発見する事にした。何故そうするかというと、せっかく真実に近づきながら最後の詰めを間違えて無駄にしないためである。「分水嶺」は、今迄の経験則で云えば「時間の分水嶺」と「場所の分水嶺」があると考えているのであるが、この事件は何か別の要素があるような気がするので、それにこだわらずに検討する事にしている。
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序の事件 1
この分水嶺は伊豆半島7200m上空・8月12日18時24分・機長発信の「スコーク7700」である。 
「序の事件」は、18時12分羽田を離陸した後、東京湾上空を南に上昇している時に離陸後5分とすれば高度3100メートル6分後だとすれば3600メートル付近、平面距離で67キロメートルで乗客の小川氏のカメラが飛行機に向かって飛んでくる飛行物体をとらえていたように、機長らもその兆候を認識していたようで、すぐさま右旋回しながら上昇速度を上げたのだろう。今迄ならそれで振り切れたものが、今回は7200メートル付近まで追尾してきて垂直尾翼に命中して5分の三を奪ったのである。その時機長は、「何か爆発したぜ」と行っている。それが18時24分39秒。そこで、3秒後の18時24分42秒に機長は「スコーク77」を発信したのである。
 つぎに、「スコーク7700」という機長の声に示されている意味合いを考える。(以下引用)
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 ●スコーク77と自衛隊機のスクランブル(EJ第1059号)
 「スコーク77」は、単なるエマージェンシー・コールとは異なるようです。これに関する限りあまりにも情報がないので、ある程度推測するしかないのですが、とくに、「スコーク77」を発信すると、なぜ自衛隊の軍用機がスクランブルをかけてくるのかということがいまひとつ理解しにくいと思うので、池田氏の本をベースにして説明します。 昨日ご紹介したICAO(国際民間航空機関)条約「付属文書2」というのは、日本が支配する空域において、民間機が何かに要撃された場合の自衛隊機の対処法が決められているのです。というよりも、日本の空域において民間機が何かに要撃されることは想定しにくいので、日本の領空を侵犯してきた航空機に対する自衛隊機の対応を民間機要撃のケースにそのまま適用しているというべきです。 日本は、米国と日米安全保障条約を締結しており、当然のことながら、これは米軍と無関係ではありません。歴史を遡ると、領空侵犯機に対する対応は、1959年9月2日に、当時の米軍第5空軍司令官ロバート・バーンズ中将と日本の航空自衛隊総司令官松前未曾雄空将との間で締結された「松前・バーンズ協定」にたどりつくのです。これによると、日本の航空自衛隊は、米国第5空軍の「交戦準則」をもとに規定を作っているのです。何もかも米国任せのこの国の姿勢を示していると思います。 それにしても、日本の領空で民間機が何かに要撃されたとき、その民間機を領空侵犯機と一緒に扱うというのはどうかと思いますが、一応そういう規則になっているのです。 「スコーク77」は、民間機が何かに要撃の対象とされたということですから、自衛隊機としてはスクランブル発進をかけて被要撃機を誘導し保護する必要がある――。一応そういう理屈になっているのです。 そのとき、被要撃機は、自衛隊機の指示・誘導に従うよう定められています。スクランブルをかけた自衛隊機が使用する言葉は次の4つです。                               --------------------------------      1.当方に従え。 2.着陸のため降下せよ。 3.この飛行場に着陸せよ。      4.そのまま飛行してよい。                      -------------------------ーーーーーーー      これに対して、要撃された民間機が使用できる言葉は、次の6つです。      --------------------------------      1.了解、指示に従う。2.指示に従うことはできない。 3.指示を繰り返してください。 4.自機の現在位置がわからない。 ← リクエストポジション。   5.◯◯に着陸したい。 6.降下したい。                  --------------------------------      18時54分20秒に機長がいった「リクエストポジション」はこの中にあります。実は、31分21秒の時点で、尋常ならざる事態と判断した東京管制部は、JAL123便に対して「日本語で交信してください」と指示しており、それ以降管制とはすべて日本語で交信しているのです。 無線交信は、万国共通、英語で行われているのですが、非常のさいには、パイロットの負担を軽くし、かつ意思疎通の妨げにならないように日本語での交信を指示したのです。 しかし、なぜか、54分20秒のときだけは、「リクエストポジション」と英語で聞いており、これは自衛隊機との交信と考えられるのです。限られた言葉の中で機長としては、それを英語で「リクエストポジション」と発信することによって、JAL123便の前後に自衛隊機がいることを管制に知らせたかったのではないかと考えられるのです。 もうひとつボイスレコーダの分析でわかったことがあります。18時33分38秒~34分52秒にかけて、日本航空の社内無線は、JAL123便を次のように呼び出しているのです。   -------------------------------       JAPAN AIR 123 JAPAN AIR TOKYO  How do you read ?           「JAL123便、聞こえますか」                      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー       そのあと日本航空の社内無線は、36分00秒に「羽田に戻ってこれますか」と聞いています。機長自身は東京管制部には「羽田に戻りたい」と伝えているのですから、社内無線に対しても「羽田に戻ります」と伝えるのが自然ですが、機長は社内無線に対しては、次のようにいっているのです。                  ---------------------------------     ふたたびコンタクトしますので、このままモニターしておいてください。      ---------------ーーーーーーーーー機長-------     これはどういう意味でしょうか。池田氏は、自衛隊機とのやりとりを社内無線に傍受させる意図でそうしたのではないかといっているのです。 18時46分の時点でJAL123便は、明らかに横田基地に着陸体制にあったといえます。JAL123便の動きを外部から見た場合、今まで北北東に向かっていた飛行機がぐるりと真東に機体を向けて高度を下げつつあったのですから、パイロットは機体をコントロールできると考えても不思議はないのです。 しかし、どうしても横田基地に降りられては困る事情が政府筋にあったのではないかという疑いがあるのです。したがって、JAL123便は墜落必至と見て、横田基地周辺の市街地に墜落させるわけにはいかないという大義名分のもと、自衛隊機が御巣鷹山に強引に誘導したのではないかと考えられるのです。--[御巣鷹山事故の謎/09](引用終わり)          ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー      真実のながれを見抜くと
「スコーク77」には、日米間の法律問題や自衛隊だけでなく民間航空機を操縦する機長やパイロットに対する服務規程が存在する事を知らなければ理解できない事が分かってきた。そこで、もう一度もちろん何度でも分かる迄は最初に戻るのですが、「序」は、「安定飛行を失わせる原因が何かという事を明確にする」のである。この状況証拠だけで「飛行物体」による「垂直尾翼の破壊」を間接的に証明するのである。ところが、直接証拠としての物証がその状況証拠を裏付けるはずなのであるが、それが「事故調査委員会」には届いていない。だれかが「証拠隠滅」を計ったのである。  それは、羽田を離陸して以降 この「スコーク77」を発信した迄の機長の声が残されていないのは何故かという疑問が噴出するのに何故その答えが出ていないのかという事に端を発して「ボイスレコーダー」から削除されている事が明らかであるので「ボイスレコーダー」の採取から運搬処理にいたる過程をチェックしなければならない。つまり、「序」における分水嶺の発見によって、「虚構の作為」「虚構の工作」が浮かび上がっているわけである。つまり「証拠隠滅とねつ造」がはじまっている 虚構のながれが見える。
 
 



by kanakin_kimi | 2014-05-26 22:51 | 告発・日航機123便事件 | Comments(0)

告発・日航機123便事件 2

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事

 「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」
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告発 ・・・・・・・
日航機123便事件 2
 1985年8月12日に発生した日本航空123便乗員乗客あわせて524+1人(母胎児)に対する「墜落事故」と見せかけた「殺人及び殺人未遂事件」とこの事件に対する人命救助活動をしていた自衛隊員2人を殺した事件、その事実の証拠を保管した自衛官を真実を隠蔽するために「自殺」に見せかけた「殺人事件」などを I T 世界に設置されるであろう「世界市民裁判所」に告発する事にした。
 それは、近年[公的機関や政府などが民間人の無防備につけ込んで「事故」や「自殺」と見せかけた「謀略的殺人」を「無政府的に行使」している事例が増加している] 。それは、I T の進展によって、真相が速やかに知られるようになった事から事例の増大が認識されており、その反射として事例となる状態への抑止力が生じるとともに従来の報道機関や公的機関が権力構造に取り込まれて顕在化を見えなくしている状態と見られる。その一つに、「85・8・12日航機123便事件」があり、[この事件の真実を誰にでもわかるものに明らかにして、その犯罪責任を当時の総理大臣中曽根康弘らに取らせ、処罰する具体化こそが「民間防衛」の証明である]事を認識させられたからである。
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真相解明の手法
 出来るだけシンプルにする事であり、争点を絞り込む事だと考える。したがって、「飛行機能を喪失させた事件」がその第一の問題であり、その「原因を明らかにせず、ねつ造した事件」が第二の問題である。そして、「真実を隠蔽するために成した口封じ事件」が、第三の問題である。
 この事件には大別して三つの事件が重層的にあり、上記の三つの問題に対応する三つの分水嶺があると考えた。
 通常の「事件」は、一定の場所に限られた範囲で「隠蔽」「ねつ造」が行われるが、「航空機事件」の犯行現場が「広域」である事にともなう広域な「隠蔽」「ねつ造」であり、重層的な「隠蔽」「ねつ造」が行われるためにそれに対応する多様重層的な事件が発生している。1997年5月に発生した「A 少年事件」では、5月24日昼食直後に事件が発生しているのに、5月27日に校門門柱上に少年の切断された首が発見された事によって、あたかもそこから事件が発生したかのような「酒鬼薔薇錯覚」をさせることによって「冤罪」へ誘導していった手法と一緒なのである。何故かというと「謀略機関の作為」事件だからである。「謀略機関の作為」に二通りが考えられる。「序」について最初から作為がある場合(本事件)、と、偶然に起きた事件を利用する場合(A少年事件)のそれである。そこで「序」の原因を訳の分からないものに破壊する「破」を持ってきて、後は「急」いで、さらさらと逃げようとしているので、それに対応して「真相事実を整理」して、この事件の本質を明らかにするつもりである。
 真相解明は既にほとんど I T 上に詳しく研究されていると判断している。したがって、さらに屋上おくを重ねる情報を収集する時代は過ぎたのだと思う。これからは、この事件の本質を多くの人に知らせ、認識を深める時であると考えている。
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・序「飛行機能を喪失させた事件」

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8月12日
18時12分 JL(日航) 123便羽田離陸、
  17〜18 窓から飛行物体写真確認されている。機長認識あり、 
18時24分 高度7200メートル    
18時24分 「ドーン」又は「バーン」というような音
    
18時24分 123便 スコーク7700(EMG=緊急遭難信号)発信・これが認識の証拠
    
18時25分 空自峯岡山基地(千葉・丸山町)代四四警戒群123便をレーダーで確認
    
18時30分 米空軍C130H輸送機123便のEMG捕捉
    
18時31分 日航オペレーションセンターに緊急連絡
    
18時35分 「R5ドアブロークンいまディセント(降下)しております」

18時47分 東京青梅西南上空高度3000メートル。
18時48分 青梅西上空高度2040メートル。
18時  分 山梨・東京県境上空 がんばれがんばれ
18時53分 埼玉・山梨県境上空 高度4100メートル。
18時54分 熊谷から25マイル西だそうです。三国山上空 高度3400メートル。    
18時56分 123便 御巣鷹の尾根(に激突?)上空

18時57分 123便 御巣鷹山上空機影消失点高度2950メートル。
      峯岡山基地の吉田勝一尉伝達(北緯36度02分・東経138度41分123便消滅)(中部航空方面      隊司令部防衛部長大中康生一佐経由松永貞昭司令官着)
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日航機:実際の墜落位置
北緯35度59分54秒、東経138度41分49秒-事故調資料より
御巣鷹山の<南南東>(真北から158.98度、直線距離1.788km)
大蛇倉尾根の南向こうに、県境尾根から流れる支尾根上

墜落推定位置と実際の墜落位置の距離、すなわち測定誤差は、4.162kmである。ただし、方位にはほとんど狂いがなく、偶然にも御巣鷹山は両者を結ぶほぼ直線上にある。
墜落推定位置というのは、厳密には機影が山陰に消えた地点
ここで、墜落推定位置というのは、厳密には機影が山陰に消えた地点のことである。その地点は、フライトレコーダーの解析によれば、御巣鷹山のわずかに北西側あるいは南東側と推定される。したがって、測定誤差は御巣鷹山付近からの距離分しかなく、非常に正確な計測値が得られていたといえる。

ところが、この緯度経度に”御座山<北>斜面説”がセットになって流布された。国土地理院地形図(二万五千分1あるいは五万分1)を用意すれば、作為的に誤った地名情報を流していることはすぐに分かることである。しかしながら、マスコミ等でその事を指摘した者は誰一人いない。

なお、日航機は御巣鷹山付近上空から、高度を下げながらも東側にほぼ一周旋回した後、御巣鷹山の<南南東>約1.8kmの地点で、無名尾根に墜落した。

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・破「原因を明らかにせず、ねつ造した事件」

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・急「真実を隠蔽するために成した口封じ事件」
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告発・日航機123便事件 

 今年8月12日で、29年目を迎える。口惜しい想いで「御巣鷹山」を目指す人々の熱い想いは当時の政府首脳中曽根康弘らの懺悔し、真実を明らかにする事を求めている。
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 もはや客観的事実は明らかになっている。123便の垂直尾翼の5分の三を吹き飛ばしたものは、「無人高速標的機=ファイヤー・ビー」である事。安定飛行のコントロール機能を破壊し、困難にしたけれどもそこから羽田に着陸させておれば十分帰る事が出来た。それを羽田に着陸させなかったのは誰の指示か。これも明らかだ。
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 さらに、垂直尾翼を5分の三取られるまで羽田からの平面距離で147キロメートルを飛んでいた。被弾して、二機の戦闘機が誘導する中、平面距離で372キロメートルをなんとか維持して力つきた感じで御巣鷹上空で機の正面からの一発と高度2950メートルからひらひら真下に落ちている間にも新兵器のテストが行われた。この間に死体が激しく損壊される事態が生じている。そして、電磁的誘導によって落下したごとくである。
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 そして、墜落後の救助体制の不可思議な動きである。
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 これらを既に実証している人々の論証がある。これらを総合して「J A L123 便は自衛隊が撃墜した」と断じている。池田昌昭氏の「御巣鷹山ファイル2」及び「完全犯罪・JAL123便撃墜事件」など一連の著作である。
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 覚悟をして述べる論証には、何度も何度も自分の検証を加えている。真実を貫く事の大切さを嫌という程自分に言い聞かせてきたものの仕事だと思っている。これは、ある意味で「行動証拠」である。それと同じ意味で逆説ではあるが、国民の命を代表する524人の乗った飛行機に対する中曽根康弘らの取った行動の国賊的意味である。あれが、本当に自衛隊のやった事だとすれば「自衛隊とは何か」という事を自衛隊自らが示すものになるのである。そして、状況証拠は、自衛隊が黙している限り真っ黒の汚名をかぶる事になるのである。
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 わたしは、そうではないだろうと考えている
 それは、わたし自身が自衛隊員であるとして考えてみたのである。総理大臣からの指示があったとしても、自分なら民間航空機を撃墜するか、そんな自尊心のない自衛隊であるわけがないではないか。ヘリコプターでいち早く現場に行って生き残りをアーミーナイフでとどめを刺して回るか。人の命を無視して、いやそれ以上に何かを拾い集めて袋につめていたのは人体の一部を切り取って、ヘリコプターに集約しているのが自衛隊か。
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 そうではないだろう。
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マレーシア航空機がどこへ行方不明になっているのかを考えた時に、あれはマレーシアや中国がやれる仕事ではない事が明白であるのと同じだ。オーストラリアにあるエリア52つまりパインギャップがつかわれている事はもはや明らかだ。
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 高度な技術力と権力とそして想いもつかない目的を持っているものの仕業なのである。
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 しかも、自衛隊と思わせる事が出来る軍事的部隊をあやつっているのである。C130 の輸送機に韓国軍特殊部隊を輸送していたのではないか。横田基地はどれほど把握できていたのか。ステルス機のテスト段階は終わっていた。中性子爆弾や小型水爆もテストしたかったであろう。アーミーナイフを持ち拾い集めていたのはおそらくそれらの兵器を使用した後のデータのサンプルだったのではないのか。人体の一部であろう。機長の頭部が無く歯だけが残っていたという異常さはそれを示しており、顔面はあっても頭部自体はないという状況ではなかったのではないだろうか。つまり、脳細胞への影響を確認するサンプル採集をやらせていたのだ。
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そう考えると整合性が見つかる。

by kanakin_kimi | 2014-05-24 17:24 | 告発・日航機123便事件 | Comments(0)

告発・日航機123便事件 1

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事

 「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」
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告発・・・・・・・・・・日航機123便事件
 1985年8月12日に発生した日本航空123便乗員乗客あわせて524+1人+自衛隊員3+αに対する「墜落事故」と見せかけた「殺人及び殺人未遂事件」とこの事件の真実を隠蔽するために「自殺」に見せかけた「殺人事件」をI T 世界に新設した「世界市民裁判所」に告発する事にした。
 それは、近年[公的機関や政府などが民間人の無防備につけ込んで「事故」や「自殺」と見せかけた「謀略的殺人」を「無政府的に行使」している事例が増加している]。それは、I T の進展によって、真相が速やかに知られるようになった事から事例の増大が認識されており、その反射として事例となる状態への抑止力が生じるとともに従来の報道機関や公的機関が権力構造に取り込まれて顕在化を見えなくしている状態と見られる。その一つに、「85・8・12日航機123便事件」があり、[この事件の真実を誰にでもわかるものに明らかにして、その犯罪責任を当時の総理大臣中曽根康弘らに取らせ、処罰する具体化こそが「民間防衛」の証明である]事を認識させられたからである。
 
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真相解明の手法
 出来るだけシンプルにする事であり、争点を絞り込む事だと考える。したがって、「飛行機能を喪失させた事件」がその第一の問題であり、その原因を明らかにせず、ねつ造した事実が第二の問題である。そして、真実を隠蔽するために成した口封じ事件の事実が、第三の問題である。
 この事件には、上記の三つの問題に対応する三つの分水嶺があると考えた。通常の「事件」は、一定の場所に限られた範囲で「隠蔽」「ねつ造」が行われるが、「航空機事件」の犯行現場が「広域」である事にともなう広域な「隠蔽」「ねつ造」であり、重層的な「隠蔽」「ねつ造」が行われるためにそれに対応する多様重層的な事件が発生している。1997年5月に発生した「A 少年事件」では、5月24日昼食直後に事件が発生しているのに、5月27日に校門門柱上に少年の切断された首が発見された事によって、あたかもそこから事件が発生したかのような「酒鬼薔薇錯覚」をさせることによって「冤罪」へ誘導していった手法と一緒なのである。何故かというと「謀略機関の作為」事件だからである。「謀略機関の作為」に二通りが考えられる。「序」について最初から作為がある場合、偶然に起きた事件を利用する場合のそれである。そこで「序」の原因を破壊する「破」を持ってきて、後は「急」いで逃げるのである。とってつけたような話ではあるが当たっている。詳しく情報を収集する時代は過ぎたのだと思う。この事件の本質を多くの人に知らせ、認識を深める時である。
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序・破・急
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  [じょ‐は‐きゅう 〔‐キフ〕 【序破急】]ーーー        デジタル大辞泉の解説より

1 雅楽で、楽曲を構成する三つの楽章。初部の「序」は緩徐で拍子に合わず、中間部の「破」は緩徐で拍子に合い、終部の「急」は急速で拍子に合う。
2 芸能における速度の3区分。「序」はゆっくり、「破」は中間、「急」は速く。講談などの話のテンポ、邦楽などの演奏のテンポなどにいう。
3 芸能における演出上の3区分。「序」は事なくすらすらと、「破」は変化に富ませ、「急」は短く軽快に演ずる。能・舞踊などでいう。
4 能や浄瑠璃などで、脚本構成上の3区分。「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部。
5 能などで、番組編成上の3区分。五番立ての番組で、脇能を「序」、二番・三番・四番目を「破」、五番目を「急」とする。
6 連歌・俳諧で、一巻(ひとまき)の運びを規制した形式・原理。「序」は無事に静かに、「破」は曲折に富んでおもしろく、「急」はさらさらと軽くつけ終わるべしとするもの。
7 すべての物事の、始め・中(なか)・終わり。物事の展開してゆく流れ。「話に―の変化をつける」

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 ここでは、ネットで公開されている情報の中から選び出したものをシンプルに利用させていただく。選び出した責任は私にある。
「飛行機能を喪失させた事件」
 2008年の現在はどうか分からないが、この事故が起きた当時は日本の民間航空機を敵機と見なし、米軍の軍事演習が頻繁に行われていた。
亜米利加空軍戦闘機は、羽田や成田、伊丹から発着する旅客機をロックオン、演習用の模擬ミサイル弾を発射しまくっていた。(通常は被弾直前で逸れる)
 123便が「何か変な音がしたぞ」と最初の異変に気付き、折れた垂直尾翼が落ちていた海洋近辺で、その当時空軍戦闘機は演習を行っていた。
 自衛隊の無線技師だった知人の祖父は、事故当時、北海道は根室にて亜米利加空軍の軍事演習のやり取りを処理しており、こんな無線を受けた。
「…あ、当たっちゃった」
いやいやビンゴ、狙い通りでしょ?

真偽は不明であるが、回収された123便の垂直尾翼に付着していた塗料は模擬ミサイル弾のそれと一致する…らしい。

 ところで、JAL123便が、伊豆大島の北を、下田市方面を目指して上昇中、これから水平飛行に移ろうとした途端、相模湾上で、突如、「トラブル」が発生―。その時刻は、18時24分35秒。
それは、離陸後、12分ほどの出来事だった。離陸以後尾根激突迄のタイムテーブルを見ると次の通り。
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8月12日18時12分 JL(日航) 123便羽田離陸
    18時24分 「ドーン」又は「バーン」というような音
    18時24分 123便 スコーク7700(EMG=緊急遭難信号)発信
    18時25分 空自峯岡山基地(千葉・丸山町)代四四警戒群123便をレーダーで確認
    18時30分 米空軍C130H輸送機123便のEMG捕捉
    18時31分 日航オペレーションセンターに緊急連絡
    18時35分 「R5ドアブロークンいまディセント(降下)しております」
    18時56分 123便 御巣鷹の尾根に激突
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では、この突然の「トラブル」とは、一体何か?
 事故調査委員会(略称「事故調」)は、圧力隔壁の破壊によって垂直尾翼が破損した、と発表―。つまり、彼らは、1978(昭和53)年(*同事件の7年前)6月2日の同機の「尻もち事故」直後、ボーイング社による修理ミスによって、亀裂(=金属疲労)が進行した、と主張した。
 そして、それが、今回の「トラブル」につながり、結果、垂直尾翼を破壊したと“推定される”、と報告した。つまり、日本政府は、「急減圧原因説」と採る。
 しかし、日航関係者や同事件の真相究明者からすれば、この説は、甚だ矛盾に満ちている。
圧力隔壁の破壊は、事件の大惨事による結果のひとつであって、決して”原因”ではない。
 この時、高濱機長が「何か爆発したぞ!」と。叫んだ。そして、ーーーーーーーーーー
 この時、垂直尾翼が、大きく破損し、ほぼ5分の3以上を失った。ーーーーーーーーーこれを評した著名な航空評論家の関川栄一郎氏が、「無人標的機が、ぶつかったのではないか」とテレビで述べた。
 関川氏は、当時、たいへん信頼され、かつ非常に定評のある航空評論家だった。だが、彼のこの言葉は、その後、公には報じられなくなった。大惨事の初期報道にこそ、「真実」が潜んでいる。
 同事件の真相究明者の中には、この「無人標的機」を、ファイアービーとする他に、(国産巡航ミサイルSSM-1の爆薬を搭載していない)演習用ミサイルが、日航機の垂直尾翼を破壊したと主張する人もいる。そのどちらにしても、軍事兵器が、垂直尾翼を直撃して、大部分を破損させたことは間違いない。18時18分時点(かなりの低空状態)で、或る飛行物体が同機を目がけて直進してくるのを、乗客の一人、小川哲氏は、自らのカメラに撮影していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 高濱機長や佐々木副操縦士は、衝突が起こる6~7分前には、この飛行物体を、じゅうぶん認識していたことを示している。同機は、まるで何かから逃げるかのように、猛烈な急上昇をしていたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 この飛行物体(=ミサイル兵器)を発射させたのは誰か? 
 在日米軍による極秘軍事演習中の出来事なのか? 
 それとも、日本の海上 自衛隊に配属されたばかりの護衛艦「まつゆき」から発射(つまり、誤射)されたものなのか? あるいは、その誤射さえ、事前に、アメリカ軍によって仕組ま れていたものなのか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 JAL123便が、日米両国による準軍事行動の犠牲になった。 実は、私には、かつて日航でパイロットをしていた知人がいる。彼の言によれば、日航などの民間航空機が米軍や自衛隊によって、 航行中、仮想の「敵機」と目され、度々、軍事訓練の“目標”にされることがあったという。
 同事件のあった相模湾上は、まさに様々な航空機が飛び交う、航空路の“銀座”とでも呼ぶべき密集地域だ。そんな空域での軍事演習など、まさに人命軽視の蛮行である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その原因を明らかにせず、ねつ造した事実
 実際、この”重大事件”を隠蔽しようと画策し、123便の横田基地への着陸を拒否し、2機の自衛隊機を発進させ、遠く御巣鷹(=地元)の尾根まで同機を誘導させた、その命令権者としての中曽根元総理は、当日、一体、何を考え、何を命令したのか?
 2機の自衛隊機が、ミサイルで123便を撃墜したという説(池田昌昭氏)もある。また、二つの原爆の様な「きのこ雲」が湧き立つのを見たという、多くの目撃証言もある。
 さらには、墜落した123便の機体後部(尾翼付近)に、ミサイルAIM4(オレンジ色の機体)http://ja.wikipedia.org/wiki/AIM-4_(%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)が突き刺さっていたという証言(佐宗邦皇氏の言)さえもある。
 実際、ご遺体の識別や鑑識に関わった医師や歯科医師が、「単なる墜落事故の遺体とは思えない」と語っているのを、われわれは、すでに聞いている。

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真実を隠蔽するために成した口封じ事件の事実

 中曽根元総理、あなたは、あの日、防衛庁、とりわけ航空自衛隊に対して、一体、如何なる命令を下されたのか?!
 何故、あなたは、墜落後の乗客の早期救出を命じられなかったのか? 事実、墜落直後、数十名の生存者がいたというではないか。
 そればかりか、早期救出に向かおうとした数名の自衛隊員が、待機命令違反というだけで、なぜ、射殺されなければなかったのか?!
 加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、当日、あなたは、当時の中曽根総理から、一体、如何なる命令を受けられたのか?!
 第一、あなたは、事故当夜、現場の上空まで行っていたというではないか! 一体、何をしに行ったのか? 遭難者を救助する前に、自衛隊が、「大事件」の証拠物件を搬出するのを見届けに行ったとでも言うのか?!
 当時の極秘情報を深く知悉していた後藤田正晴氏や藤波孝生氏が亡き今日、あなた方ご両者には、あの大事件の真実を、われわれ日本国民に語る義務があるのではないか
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by kanakin_kimi | 2014-05-15 22:17 | 告発・日航機123便事件 | Comments(0)

ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ W

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事

 「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」

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300年の歴史を見直す時がきたーーーーーーーヲシテ知るべし
 生活に追われていると、「目の前の問題」しか見えない。いや、忙しく追い立てられるものだから、見る事が出来ない、そしてそれが日常になるから、見ようとしなくなる。
 そんな自分が、28年前に起きた事件を忘れていた。8月12日が来ると「29年前」になる。そのころは、「袴田事件」の救援運動に参加して5年目であった。
「烙印~元プロボクサーの再審請求(テレビ静岡 1985年1月26日放送)」が放映された半年後の事であった。朝日新聞静岡支局の西村記者があのスクープをものにした。彼と話をした記憶はないが、同僚の記者角南さんには袴田事件取材旅行のようなものにご一緒させていただいた上、ご自宅にも泊めていただき、高杉晋吾さん宅にもご一緒に泊めていただいた事を思い出した。
 あれは何だったのか自分でもよくわからない。その時の「何かの意図」の後からついていっただけのような、自分の意思というものがどこか宙ぶらりんになっていて記憶に霞がかかっている、1985年8月12日の後のそれほど離れていない時のことである。
 1985年8月13日朝刊に載せた「日航機123便墜落現場からの報道記事」は、朝日新聞だけであった。今日、2014年5月13日に我に返ったような感覚であの西村記者の大スクープ記事であった事を知ったのである。当時、西村記者は、大スクープ記事を連発していたそうである。当時の私は「袴田事件」以外は目に入らなかったのであろう。おそらく、それで命拾いをしてしまったのだろう。
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日航機墜落の真相再録
(和順庭の阿波だより)より転載
山全体からの水蒸気は何を意味するのか?2010/12/01(水) 10:25:02
日航機の救助にあたった第一空挺団は、墜落場所が特定されず、かなり時間が経過してから救助にあたったが、この時、山全体から水蒸気が上り続け、地面が熱せられて歩いていても足の裏が熱くなっていたと証言している。
遭難場所がわかっていながら誤報を流し続けたり、米兵が救助寸前で命令により引き返したり、待機命令が出され救助隊がすぐに救助にあたれなかったりということから、放射性物質による汚染などということも取りざたされているが、水蒸気と歩くのも熱いほどの地面から、中性子爆弾とか水爆とかといった説もでてくるのであろう。真偽のほどはわからない。にわかに中性子爆弾とか水爆とかといった説を認められるほどの確証もない。しかし、このことが何を意味するのだろうかという疑問は残る。
 墜落の速報と同時に、NHKニュースで「待機命令に違反した自衛隊員を射殺!」という字幕が流れたのも、ひっかかる。なぜ、待機命令なのか?このことが日航機が放射性物質を積んでいたとか、撃墜するのにこの種の爆弾がつかわれたというような説につながるのだろう。
また、御巣鷹の「神流川地下発電所」は、地下500m(標高1380mの山なので実質的に880m程度のところ)につくってあり、 御巣鷹発電所の地下空洞を拡張すると、高レベル放射性廃棄物の投棄場になるということもわかっている。
今わかっているのはこれだけで、これ以上は推測の域を出ない。しかし、これらのこともやがてわかってくるのかもしれない。
日航ジャンボ123便 第一空挺団「足の裏があつくなる」(山体全体から立ち登り続けていた水蒸気と密接な関連か?)
 浜岡原発パンフによれば、高レベル放射性廃棄物地層処分は地下500mと書いてあります。  御巣鷹の発電所は地下500mです。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/868.html
以前、なんだかどうしても浜岡原発にいかなければならないような気がしまして、掛川の友人の案内で浜岡原発を見学しました。
 その頃は気がつかなかったのですが、2010年11月10日の日航ジャンボ123便静岡県内航路めぐり取材で見た浜岡原発PRパンフの『F原子燃料サイクル』のところに「高レベル放射性廃棄物 地下500m」と書いてあります。
 そういえば、御巣鷹の「神流川地下発電所」は、地下500m(標高1380mの山なので実質的に880m程度のところ)につくってあります。http://www.exblog.jp/myblog/entry/edit/?eid=e0011938&srl=21988510#
御巣鷹発電所の地下空洞を拡張すると、高レベル放射性廃棄物の投棄場になるということです。
分水嶺地帯の水源地に高レベル放射性廃棄物処分場が建設されれば、東京、埼玉、千葉、茨城、長野、新潟、の各県の飲料水は軒並みダメージを受け、日本人弱体化に拍車がかかりかねません。
 日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(2)日航ジャンボ123便 生存者4名に貢献「長野県警レスキュー隊」と事故機残骸は調布宇宙関連施設へ2010/11/19(金) 20:11:29
 「阿修羅」に、中曽根全員死亡命令で動けなかった群馬県警に対して、他県への越境救助を無理やり敢行して、生存者4人を救助したのは長野県レスキュー隊だったという事実が出ていた。
また、「未納入自衛艦「まつゆき」は、JAL123便の破片を拾っている。そして、この破片をマスコミの目の行き届かない館山港に陸揚げした。見つかっていないと思われていた尾翼の部分は実は陸揚げされ、その引き上げられたばかりの尾翼の写真(週刊文春の元ネタ写真参考)を自殺した自衛官は友達に託していた。」という情報があるがhttp://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-887.html、事故機の残骸の多くは、調布の宇宙関連施設へ運ばれたということで、運輸省航空事故調査委員会123便報告書のJA8119号機報告書205ページ残骸写真57に 「調布行き」のマジックの文字が見られることが、下記の「阿修羅」の引用写真からも明らかである。Watch The Climbers High 2008 part 1 in ã��ã�©ã�� | View More Free Videos Online at Veoh.com 
14 日航機墜落の真相は? * 日航機墜落はミサイル攻撃によるもの 
目撃自衛官は殺されることを恐れて証拠写真を残していた2010/08/10(火) 23:52:43
 また、あの日航機墜落の夏がやってくる。最近、日航機墜落の真実を追及するブログにより、新たな情報が書かれるようになった。 その中でも、「日航機墜落の真実を求めて」のブログが、「自衛隊員の自殺率の嘘」と題して書かれたブログを挙げ、
 事故が起きた1985年の翌年1986年7月頃から日航機の真相を仲間や身内にばらした自衛官らは殺されているようで、自分も殺されると察したある自衛官は友達に2枚の自殺した同僚の航空自衛官(1986年7月)の現場写真と決定的な証拠写真を託して、その自衛官自身も2ヵ月後の9月12日に自殺させられたようだというのです。
 その写真は、自殺させられたと思われる写真と、倉庫にあった落ちた尾翼部分(資料②③)で、明らかにオレンジ色の物体とその塗料がくっついたままの状態の写真です。これは明らかにミサイルもしくはその標的機がぶつかったことを示す決定的な証拠です。
 これらの出典となった「週刊文春」の記事を探しているところです。とりあえず、それを引用したブログを挙げてみました。
 これから推測すると、ミサイル攻撃を受けて垂直尾翼をなくした日航機は墜落。それを隠蔽するために目撃・処理した自衛官だけでなく、乗客などの命も奪われた可能性もあります。
 つまり、ミサイルが日航機に衝突して墜落しただけでなく、ミサイルが追突したとなれば、自衛隊の存在もアメリカとの関係にも支障をきたすという何らかの理由で、この事故を隔壁の亀裂による修理ミスとして処理するために、ま生きていた乗客も放置され、現場処理にあたった自衛隊員も自殺させられたというショッキングな出来事となります。
 真実を明らかにすることが、亡くなられた方々の霊に報いることになるのだと思います。
日航機墜落の真実を求めて  http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/
「自衛隊員の自殺率の嘘」
http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802250000/「みつからなかった70% 」
http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802260000/
下記の写真a,bなどは「週刊文春」の記事から (実際は事故が起きた1985年の翌年1986年7月頃から日航機の真相を仲間や身内にばらした自衛官らは殺されているようで、それをあたかも1981年から自殺率の調査をしたかのように1986年に急に「自殺する自衛官が年々、増加」と防衛庁は発表:防衛庁、自身が自衛官を自殺にみせかけて殺しておいて?)
 この事故(事件?)の1年後から何人もの航空自衛官が自殺に見せかけられて殺されているようです。
自分も殺されると察したある自衛官は友達に2枚の自殺した同僚の航空自衛官(1986年7月)の現場写真と決定的な証拠写真を託して、 その自衛官自身も2ヵ月後の9月12日に自殺させられたようです。
殺された(?)自衛官はこの現場写真や証拠写真などから何を訴えたかったのか?
みつからなかった70%からもわかることは 、
1枚目の二人ならんだ首吊り自殺の現場写真aでは足場の土台もなく、自殺の状況でないことを示し、
2枚目のbの写真(右側では資料①)は倉庫にあった落ちた尾翼部分(資料②③)で、明らかにオレンジ色の物体とその塗料がくっついたままの状態の写真です。これは明らかにミサイルもしくはその標的機がぶつかったことを示す決定的な証拠です。

a 自殺した(?)2人の航空自衛官の現場の写真(足元に何もない不自然な自殺)
b ぶつかったと見られるミサイル(標的機)の一部が付着したままの尾翼部(資料③の赤部分)
ぶつかったと見られるミサイル(標的機)の一部が付着したままの尾翼部(資料③の赤部分)
なお映画「クライマーズ・ハイ」は、謙虚に、静かに、本質を隠しつつ、日航ジャンボ機・JAL123便の墜落原因を訴えていました。 Watch The Climbers High 2008 part 1 in ã��ã�©ã�� | View More Free Videos Online at Veoh.com
http://nikkeiheikinsakimono.cocolog-nifty.com/nikkoujmbonosinnjitu/2009/01/post-5bb1.html
なお10分以上見る場合は1度だけ、WebPlayerをインストールする必要があります。
★★墜落日航機遺体は「二度焼き」されていたかのようだった (『週刊現代』8月14日号JAL機墜落25年後の真実) http://www.koubunken.co.jp/mizusima/main.html
 著者がこだわったのは、「123便はなぜ墜落したのか」である。 著者は、驚くほど丁寧に、粘り強く調べた当時の新聞や、関係者への取材などをもとに、このテーマを執拗に追っている。客室乗務員としての青山さんの体験や亡くなった先輩・同僚についての叙述があまりにインパクトが強いため、「なぜ」の方が見えにくくなってしまう面があることは否定できないものの、「なぜ」にこだわる著者の執念と意志は十分に伝わってくる。ここでは、本書の問題提起のなかから、5つの「なぜ」について触れておこう。
 第1の「なぜ」は、墜落の原因とされた「後部圧力隔壁損壊」説をめぐってである。私自身が見聞きした範囲でも、「123便」墜落をめぐって、本当に多くの人がこの説に疑問を表明している。運輸省事故調査委員会報告書は、「後部圧力隔壁が損壊し、引き続いて尾部胴体・垂直尾翼・操縦系統の損壊が生じ、飛行性の低下と主操縦機能の喪失をきたしたために生じたものと推定される」という結論だったが、これは説得力がまったくなく、私が地方講演で出会った方によれば、航空整備関係では、「後部圧力隔壁損壊」説をまともに信じる人はいないという。
 加えて、1986年10月26日のタイ航空機事故が、「なぜ」の一つの側面を明確にしている。タイ航空機は高知上空で機体後部の圧力隔壁が損壊し、大阪空港に緊急着陸した。その時、機内で何が起きたか。ドーンという爆発音とともに、機内与圧が急激に低下。白い水蒸気のような気体が充満し、乗員、乗客が一瞬で航空性中耳炎になった。だが、123便の場合は急減圧が起きず、白い水蒸気のような気体が生ずることもなかった。つまり、事故調査委員会の「後部圧力隔壁損壊」説は、タイ航空機事故により事実上破綻したと言えるだろう。詳しくは本書を参照されたい。
 第2に、「墜落現場の特定がなぜ遅れたか」である。本書によれば、墜落の20分後には、現場は特定されていたことになる。なのに、NHKニュースは墜落現場について二転三転する報道を行った。埼玉県三国山、長野県御座山、群馬県上野村小倉山、同ぶどう峠。これらは御巣鷹山から8~10キロの円のなかに入る。当時の上野村村長、黒沢丈夫氏(元海軍少佐、零戦パイロット)は、青山さんの取材に対して、墜落地点の計測ミスに怒りを隠さなかった。零戦時代の知識でも特定可能なのに、現在の技術で墜落地点が特定できないはずはない、と。なぜ墜落現場の特定が遅れたのか。それは「遅らされていた」のではないか。救助隊を分散させ、数時間にわたって、御巣鷹山に誰も近づけないようにする何らかの「作為」が働いたのではないか。本書によれば、黒沢元村長をはじめ、救援にあたった地元の方々のなかには、この点についていまも疑問を抱いている人がいる。
 第3の「なぜ」は、上記と関連するが、救助の遅れである。自衛隊が到着するのは12時間後である。これについて本書は、『星条旗新聞』1985年8月27日付に注目する。米空軍第345戦術空輸団所属の中尉が、C130輸送機で横田基地に向かう途中、123便の緊急無線を傍受。御巣鷹の尾根に煙があがるのを目撃している。すぐに米軍の救難チームのヘリが厚木基地から現場に向かい、午後9時5分に現場に到着。隊員が現場に降りようとしたのだが、在日米軍司令部から「日本側が現在現場に向かっているので帰還せよ」という命令を受け、救助活動を中止して帰還する。生存者の落合由美さんは、「救助ヘリコプターが上空で回っているのがわかった。手を振ったが気付いてくれなかった。自分の周りでは数人の子どもたちの声が聞こえたがそのうち聞こえなくなった」と述べている。なぜ、救難ヘリに帰投が命じられたのか。自衛隊は本当に夜間に到着していなかったのか。最も早く現場に到着したはずの地元消防団員たちは、彼らが朝9時頃現場に到着したところ、「自衛隊員がすでに山の上から降りてきた」という。彼らは一体、いつ現場に到着したのか。
 第4に、なぜ遺体は黒こげだったのか、である。ジェット燃料はJET-A/40という灯油の部類でケロシンというが、マイナス50度の上空でも凍結しないように、灯油よりも純度が高く、水分が少ない。燃料は主翼内の区切られたタンクに入っているが、大気中に出たケロシンはガス化しやすく、煤(すす)も出にくい。にもかかわらず、主翼の燃料タンクから遠いところに投げ出された遺体が炭化している。遺体が集まっていた所で黒こげ状態が激しかったという。
 当時、遺体の歯形で本人確認を行った大國勉氏(歯科医師、群馬県警察医会副会長)に、青山さんは何度もインタビューを試みている。「私は群馬県警察医として千体ほど焼死体を見てきたが、それでも歯は『すす』で黒くても、裏側や一部は白いままだし、骨もそこまで燃えていない。なのに、あの事故の時は骨の奥まで炭化するほど燃えていた。…二度焼きしたような状況だ」。周囲の木々が幹の中までは燃えていないのに、遺体だけが骨の芯まで焼かれているのはなぜか。群馬県の検視報告書において担当医が「二度焼き」という言葉を使ったことは、ただごとではない。詳細は本書に譲るが、遺体の惨状はジェット燃料の火力のせいだと思い込んでいた私は、この箇所を読んだとき鳥肌がたった。
 第5に、123便墜落の決定的な「なぜ」である。『週刊現代』8月14日号は、この点に関する本書の問題提起を4頁にわたって大きく取り上げている。タイトルは「JAL機墜落25年後の真実」。本書のグラビアにも掲載されている写真で、父母と妹の3人を失ったA氏から提供されたものである。そこに「何か」が写りこんでいる。これはA氏の父親がR5(右側最後部)ドア近くの窓の外を連続撮影したうちの1枚である。最初の方は、窓の外の普通の風景で、これを撮影したのはA氏の妹で、旅の思い出として撮ったものとされる。だが、その次(10枚のうちの5枚目)から不思議な写真が続く。窓の外に異変を感じ取り、それを確かめるように何度もシャッターを押しているようにも見える(『週刊現代』の著者インタビューより)。
 青山さんはパソコン上でこの写真を拡大していったところ、オレンジ色に変色していったという。画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼したところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右斜めから見たようなイメージで、この物体はオレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に向かっているように見えます」という。ネガを直接鑑定すれば、この「オレンジ」の正体も分かるだろう。
123便は「横」からのG(圧力)によって機体が揺れている。「後部圧力隔壁損壊」では横揺れは起きないという。この「オレンジ」が右方向から123便に接近しているとすれば、この「オレンジ」と123便墜落との間に重要な関連があるとは言えまいか。 これらが解明されるまでは、25年たってもなお、日航123便の520人に対して、「安らかに眠ってください」とは到底言えないのではないか。
123便の右側から接近する「オレンジ」の正体をはじめ、いくつもの「なぜ」に対してきちんとした解明が求められている。メディアの真摯で本格的な取材が求められる所以である。
15 日航機墜落の真相は? * 日航機墜落事故の悲劇を繰り返さぬためには(今までのまとめ)
2010/08/13(金) 08:04:23
  下田沖に落ちたとみられる垂直尾翼(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-555.html )を探して倉庫に保管したのは(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-887.html)、オレンジ色の物体とその塗料がくっついていて、それはミサイル攻撃によることの証拠となるためで、それらの事実を目撃した自衛隊員は、守秘義務違反という名のもとに、自殺させられたりしたということが、今までの推測をまとめてみるといえる。 乗客の救助を優先しようとしたり、隠蔽工作から真実を知らせようとした者が、殺されていった可能性もある。
 真実を知らせようとする自衛官・警察官・日航職員が、隠蔽工作による守秘命令に縛られているとしたら、政権交代によりこれから解放することが、何よりも真実を究明することにつながるだろう。
 墜落時、まだ多くの乗客が生存していた(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-537.html)ことは墜落直後、現場を通りかかった民間人の証言からも明らかである。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-540.html  )この吉野さんという民間人については、http://planz.blog62.fc2.com/blog-category-12.htmlに書かれており、貴重な目撃証言となっている。 多くの生存者の呻き声と指一本なくしただけで命に別状もなさそうな男の人。落合さんも墜落当時男の子の声が聞こえたと言っている。この男性や少年をはじめとして生存者はどうなったのだろうか?
この目撃証言が事実だとすると、特殊部隊(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-536.html)が救助を遅らせ、隠蔽工作するために、証拠となる機体の回収をし、焼き払ったということがわかる。あの呻き声が、朝の5時にはピタリとやんだという。声がやんでから発見したと速報が流れ、自衛隊が救助に向かったということになる。早くから墜落現場は特定されていたのに。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-533.html)
 つまり、乗客はダッチロールの恐怖と、墜落による死傷と、さらに生存者は生きながらえながらも放置されて息絶えるまで見殺しにされたり、さらには事実を知っていると思われる者は何らかの理由で葬られた可能性すら考えられるのである。 生存していた女性4人、スチューワーデスの落合由美さん(http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ochiai.htm)・ 川上慶子さん(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-537.html)・吉崎博子、美紀子さん親子は、いずれも後部座席に座っていて沢に投げ出されあまり気づかれない場所で気を失っていて助かり、最前部にあった機長室は激しく焼かれ(通常の火災ではこのようにならない)、特に高浜機長に至っては、歯しか残っていなかったという。 墜落現場が特定されていながら救助に向かわせずに混乱させるような情報が流され(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-533.html)、救助しようとして命令により引き返したことは米軍機アントヌッチの証言(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-541.html)からもわかります。 また、日航機墜落の当日の目撃者の証言(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-546.html)からも、これがミサイルによるものではないかと考えられていたが、現地で採取された破片の結果からも(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-545.html)そのように判定できる。
 当時の政府首脳の対応についても疑問はかなりあります。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-547.html)
 
by kanakin_kimi | 2014-05-13 11:41 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(3)

ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ V

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戦争終焉のマニュアル
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「戦争の終焉」を実現する力は、第一に「世界市民の情報の共有」であり、第二に「共有を実現する力は、世界市民みんなが賢くなるようにする世界観の理念とシステム作り」である。
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高天原に飛んだ 2

 520人の犠牲の蔭で、「何が生き延び得たのか」「何を守ろうとして、闇に葬ろうとしたのか」、日本がその実力をつけ、それにともなう影響力を持つ必然が生まれるとき、その芽を摘み取ろうとする者がいる。それが「ロスチャイルド・イルミナティ」である。
 そして、その手下達「正力松太郎・中曽根康弘とその仲間」たちが「それのお手伝いをしてきた」のである。これらの日本人イルミナティは、日本のためになると思ってやったのだろうか。だとすれば、それは何か、520人の生命を犠牲にしてまで何を守ろうとして、闇に葬ろうとした価値とは何なのか。
 「この300年の間に起きたさまざまの戦争の真実を読み直そうと考えている。」それが全てロスチャイルド・イルミナティの仕業だ」と云うのではない。「民族と民族」の間の憎しみ・怨みが「戦争」を生み出していたり、「国と国」の間の憎しみ・怨みが「戦争」を生み出していると考えられてきた。
 しかし、「経済の延長に政治があり、政治の延長に戦争がある」という「戦争論」の経済原理を見いだした者達が、それを積極的に逆利用し始めた。つまり、経済の状況をコントロールする事により戦争へ誘導していく手法を使っていったのである。それだけではない、「憎しみ」や「怨み」など「戦争に繋がる全ての要因を把握」していて、それらをも戦争へ誘導していく手法として使っていた。
 
by kanakin_kimi | 2014-05-11 16:33 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)

ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ U

戦争終焉のマニュアル
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戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事

 「戦争の終焉」とは、戦争を作り出そうとする者の行動やその情報を素早く見抜き、それを把握して世界市民に公開する事によって「戦争を工作する意図をくじき、事後に戦争責任を裁判で問うため、損害賠償を負担させる事が出来る状態にする事である。そして、何よりも人身災害にいたる戦争を起こさせない、戦争を作り出すメカニズムを事前に崩壊させる事である。」

そのための確実な方法はみんなが賢くなる事

いま、「戦争を作り出そうとしているものは、人を支配したがっているものであり、人口を減らしたがっているものであり、武器を作り、売りたがっているものである。」そして、「その企業を経営し支配している者である。」
 それを見抜き、それを把握する力をもち、それを多くの人に伝える能力を持つ事である。それに必要な事を知る事・学ぶ事である。その基本となる事を知る事・学ぶ事である。そして、社会的にみんなが賢くなる事を支援するシステムを作る事である。


そのために心得るべきは「日常避難思想である」

いつも災害にあったときを、日常と思う事である。そうすれば、災害に勝てる。そうすれば、日常に災害時の助け合いをしているから、改めて何かを作る事をしなくてすむのである。いつも災害にあった時の住処にしておれば、改めて避難場所を作らなくてすむ。日常の住処を、避難場所としての機能を持たせ、効果を持つものにしておけば、被害を出さずにすみ、損害はなくなるのである。それが、「究極の環境都市」であり「究極のコミニティ住宅」である。

「究極のコミニティ住宅」は、「P 100 システム」

 災害は、雨・風・雪・地震などが量的に拡大した時に生じる。また、災害に弱い地盤に居住しているところが被害に遭っている。これらを地政学的にとらえ、土地を有効に活用する方法を個人でなく社会的に考える事である。個人の所有資産を前提に災害対策を作る事は既に破綻しているのである。個人の所有資産で災害対策をいくら構築しても被害の発生は止められず、損害ばかりが無駄に繰り返されるのである。50所帯から100所帯ぐらいで「1コミニティ」「1環境都市」と考えた、巨大集合住宅とすればよいのではないだろうか。そして、日常にサバイバル、日常にライフラインを自家生産・自家消費を基本にしたコミニティシステムにするのである。社会の基本システムを全て自給するシステムとするのである。その一つの「案」が、「 P 100 システム」である。一辺が100メートルの三角形の4面で囲まれたピラミッドの形状が外観のイメージである。高さは約70メートル程で、1階の高さを5メートルとすれば、14階になり、最上階は「太陽光の取り入れシステムのサンルーム」と最下階を結ぶ乗降システム(階段とエレベーター)である。1・2・3階くらいは、食料生産の菜園・養鶏・養魚・養豚などと、ライフラインメンテナンスシステムを配置する。13階は、浄水タンクで、発電は当面壁面での太陽光発電と風力発電を使用するが、緊急用としてジーゼル発電を数機設置する。将来的にはフリーエネルギー活用システムを目指す。したがって、4階から12階までを生活居住空間とする。

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 マレーシア航空機問題は、日航機123墜落事件と同じ「ロスチャイルド・イルミナティ」の仕業である
 今年の8月12日で29年目を迎える。当時の責任者である「中曽根元首相」は真実を述べる最後の機会であろう。片方は、特許権独占のために技術者をエリア52で働かせるつもりのようで、他方は「世界のOSをウィンドウズで独占するために技術者を殺した」のである。
「 マレーシア航空機(370便)が消息を絶ったお蔭で、億万長者のジェイコブ・ロスチャイルドは重要な半導体の特許権を独占することができました。これは単なる偶然ではないようです。
イルミナティのロスチャイルドはマレーシア航空機に手を出して、重要なKL03マイクロチップの特許権を独占しました。アメリカ、テキサス州オースチンにある米半導体会社(フリースケール・セミコンダクターズ社 Freescale Semiconductor)はロスチャイルドと特許権を共有していますが、飛行機が消息を絶つ前日に、軍のレーダーシステムに使う新型の電子戦用装置を開発した20人の社員(フリースケール社)がこの飛行機に乗っていました。
フリースケール社はマイクロプロセッサー、センサー、独立型半導体などの装置を開発している会社です。
ではなぜ、この会社の社員20人が共にこの飛行機に乗っていたのでしょうか。
この飛行機の乗客239人のうちの殆どが中国やマレーシアの半導体工場で製造されるチップを開発していた人たちです。
彼らはこの分野に関して経験豊かで専門的知識が豊富なエンジニアです。彼らを失うということは会社にとって大きな損失となります。
フリースケール社のウェブサイトでは、会社が創設されたのは1972年であり、8ヘクタールの広さのある工場でマイクロプロセッサー、デジタルシグナルプロセッサー、統合RF回路などを検査、製造していると説明しています。さらに、航空宇宙と防衛関連のFR装置(戦場コミュニケーション、航空電子装置、HFレーダー、L&Sバンド、ミサイル誘導制御装置、電子専用装置、IFF)を独自に開発していると記されています。ーーーーーまで引用

 飛行機乗っ取りにみせたハイテク企業乗っ取り劇であったというわけです。それも英王室のロスチャイルド家のジェーコブ・ロスチャイルドが仕組んだようである。」
 小保方問題を考えても、どうも理研に圧力がかかって、ips 細胞を日本にとられて、これもとられたらという危機意識は、ひょっとしたらロスチャイルド・イルミナティの連中が非情に強いのではないか。ハイテク企業乗っ取り劇で、飛行機丸ごと入れられるところと云えば、オーストラリアのエリア52でしょうし、彼らの考えている事は「神戸の坂本広志」さんが云っていた「細胞再生装置」を出来るだけ早く作りたいのだろうよ。みんな年取っているから、himikoさんが3500歳と聞けばそれを早く作りたいのだろう。万能細胞技術は3Dプリンター技術と連携して「細胞再生装置」が出来るのだろうから、それらが連動しているのだろう。次に引用するのは、「エリア52」といわれる、パインギャップの調査報告です。

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こんにちは、みなさん   デェイビッド・アイク
ロンドンの地下鉄のプラットフォームは、電車と離れて隙間があるために、「足元に注意してください」というフレーズが、乗客に注意をうながすために、ゆっくり大声で叫ばれている。
しかし、今週、私は違った意味の不気味なギャップ(隙間)の近くにいた。私たちは、このギャップに注意が必要だ。
 オーストラリアに来てから3週間、大陸西側のパースと東側のゴールドコーストの素晴らしい講演旅行のあとは、クリスマスまで休暇が全くない私は、唯一残されている時間を、この一週間をとって、以前からずっと行ってみたいと思っていたウルル、またの名をマイヤーロックと植民地時代に呼ばれていた所へ、行ってきた。

 北領域にあるアリス・スプリングからバスで3日、そこから車で少し行くと、パイン・ギャップに到着する。ここは、地球上で最も重要な地下施設があることで知られ、オーストラリア大陸の中心から約12マイル(1マイルは1.6km)離れていて、1966年に活動を開始している。

私は、このパイン・ギャップに来て、一体どういう感じであるのか、この目で見たいと思ったのだ。実際、入口が見えるところで、引き返えさなければならない。我々は、メインゲートの侵入禁止サインのあるところまで行けたが、そこは施設からかなり離れていた。施設と言っても、地上にあまり建物は見当たらないのだ。
アリス・スプリングに戻る飛行機の中から見る限りでは、一連のドームの様な、まるでアンテナを守るラドームの如く、建造物を思わせた。あちこちに建物が見えるが、全ては地下で巨大な施設になっているのだろう。調べによると、12階の地下施設は、トンネルが四方八方に延びていて、行き先は誰も想像できない。そして、さらに進行中のようだ。というのは、周辺の住民が、大量のコンクリートが届けられたばかりであると、私に教えてくれた。

車に乗っていた我々皆が、入口が見える所まで行くと、何か急にエネルギーが抜け、頭痛がするようになった。

多分何か、電磁波に狙い撃ちされたか、基地周辺の地下から漏れる電磁界のようなものに触れたのだと思った。

皆同じような、感じを受けたので、間違いなく事実なのだ。

行き止まり、「連盟防衛施設パイン・ギャップ立ち入り禁止区域、」折り返し地点
 このサインには、オーストラリアの連盟軍施設とあるが、実は米国(及び超エリート)が、オーストラリア圏内で運営しているという意味で、連盟とは名ばかりであり、米軍が全て操作している。オーストラリア人は建設にも参加できなかった。オーストラリア政府と当局の内閣や軍首脳部は、その機密施設の内部に入ることは禁止されている。内閣が入れ替わると、許可される?そんなことはありえない。
オーストラリア政府の行政がどんなに変わろうとも、パイン・ギャップが調査されたり、管理されたりすることは、絶対にないのだ。

アメリカとオーストラリアの取り決めで、アメリカがパイン・ギャップで行なっていること全てを明らかにする必要がなく、その施設での進んだ開発技術、発明、発見なども明らかにされない。ただ、オーストラリア側には、気象台とか宇宙研究センターと報告された。しかし、1975年、ゴフ・ホィットラム(Gough Whitlam)首相はパイン・ギャップの管理はCIAであると明らかにした。

ホイットラム氏は、以前にオーストラリア駐在のCIAエージェントの全員を明らかにして欲しいと表明したが、陰の政府から断られたそうだ。

Gough Whitlam.(ゴフ・ホイットラム)
 ホイットラム氏は、1975年にオーストラリアにいる、エリザベス女王(2世)の代表者で、非常に攻撃的な男である、ジョン・カー(John Kerr)領事によって解任された。カー氏は、エリザベス女王(2世)によって派遣された、オーストラリア領事で、CIAの意向に従って操作された『憲法上の危機』によるという理由から、そのようになった。
 パイン・ギャップの主要な部署は、何百人ものアメリカ人によって占められていると、連邦警察関係及び、オーストラリア人のスタッフらは、そのような印象を持っている。彼らは、アメリカの軍隊と共にセキュリティ完備のフェンスをパトロールしている。
 英国の北ヨークシャーにあるメンウィズ・ヒル(Menwith Hill)の場合も然りで、そこは英国空軍の施設があるはずである。しかし、入口こそ、英国人が立っているが、その他の部署は全部アメリカ人で占められている。そこでは、アメリカ人以外の訪問者は誰でも、米国の法律の対象となる。
パイン・ギャップは、メンウィズ・ヒルと同じように、世界中で電話、電子メール、他の通信をモニターしている、エシュロン監視システムが作動している。
 世界各国の首脳の通信を始め、其々の国が運営しているはずであるが、実際はこうした監視システムを使用して、見張られ管理されているのだ。米軍関係者がパイン・ギャップで必要とするすべてのものは、アメリカ合衆国から週に何回か空輸される。

彼らはベースをめったに離れないし、また、アリス・スプリングのわずかに関係のある地方住民も、彼らが見るもの、経験するものについてとやかく話すことはない。

 アリス・スプリング自体は、ベースから14マイル程離れたところにあり、非常に不思議な雰囲気をかもし出して、超現実的にさえ感じる。表現しにくい、エネルギー・フィールドの感じがあり、ひしひしと伝わってくる。それは、少しSFの世界のようだ。
 パイン・ギャッップ周辺は、確かに低周波動を発しているようで、周りの人々の心理、感情や脳の働きに影響を与えている。
 車に乗っている我々も、この影響を受けたようだが、周辺ばかりか非常に離れた場所にも、その影響を与えている。パイン・ギャップは、世界中に張り巡らさている、周波数領域で人間の認識を操作している壁(フェンス)を作っている、重要な施設の一部である。また、オーストラリアのアメリカ基地の他、世界に散らばっているのだ。
アラスカにあるHAARP施設は、その基礎をなすもので、各軍事基地と技術的に連帯し、周波数領域を全体でひとつのネットワークとして維持している。
 パイン・ギャップは、地球上の各基地と、衛星通信するための重要な地上ステーションなのだ。他にもアメリカ軍の戦略として、イラクやアフガニスタンのような、敵の指令中枢の通信を盗聴したり、地上基地としてサポートしたりすることができる。

もし仮に、オーストラリアがアメリカと敵対する軍事活動をすることになったとしても、(ほとんど有り得ない話であるが)米国軍の行動と多量殺戮の指令は、このオーストラリアの中央部の地下で働いている、アメリカ軍人によってサポートされる。
 私は、さらに付け加えるなら、本当の基地の目的は、アメリカ軍(陸、海、空)の調整及び、地球外生物とアメリカ国家安全保障局(NSA)との連帯にも関連しているのだ。
 世界各地下基地のネットワークにおいて、パイン・ギャップがなぜ重要かと言うと、古代からあるオーストラリア特有のエネルギー・フィールドに関係があるのだ。
ウルル(Uluru)は、エアーロックとも呼ばれ、飛行機で25分しか離れていないが、パイン・ギャップの一部になっていて、地球エネルギー・グリッド(格子)と直結している。

そのまま力が使われることが出来て、利用されることが出来るこの巨大な大陸-これはオーストラリアが世界の悪魔崇拝中心地の1つである理由である。
 説明できない、物体がパイン・ギャップの上に群をなしていて、アリス・スプリングの周辺では、他のUFOの報告も多い。

基地近くに行って、最強な望遠鏡で見た人の話では、基地から出る光ビームの不可思議な飛行物体が、行き交っているのを目撃したそうだ。
飛行機の乗客の話では、白い巨大な物体が基地を、信じられないスピードで飛び去ったとか、カモフラージュされた基地の格納庫の扉が開いたのを目撃したとか、チューブ状の飛行物体が、中に入っていたとか、多くの報告がある。
 一般的に知られているより、はるかに進化した、想像もできないような交流と協力が、世界政府エリートより上層部の者と、非人類であるレプテリアン、他の宇宙人、いわいる『グレイ』と呼ばれる者との間で、行われていると思われるのだ。

ここで強調したいのは、多くの宇宙人による飛行物体と呼ばれているものは、実は人間によって操作されていて、UFOの目撃事例の多くは、地球外から来ているものではないのである。

こうした秘密基地で、開発された最先端の科学的技術は、公の場所では見ることができない位、進歩している。
 パイン・ギャップの近くで、キャンプしたことのある政府地図作成者は、物体が1000フィート(1フィート=12インチ=30.479cm)程の上で空中停止しているのを見たと報告している。

多分、円形の物体は直径最高600フィート(約200m)ぐらいで、青い光線が地面から物体まで放射されていたと、彼は語った。その後、黄金色のビーム(光の筋)で繋がったそうだ。

この様子を40分間見ていた地図作成者が、アリス・スプリングの上司に話したところ、後に当局関係者から、もしそのことについて語るならば、深刻なトラブルになるだろうと、警告されたと言っていた。

ウェスタンオーストラリアで政府機関の従業員の率いる5人が、最強の望遠鏡でパイン・ギャップの活動を観察するために、夜間何日かキャンプしたと報告された。何かそこで『大きな事』が起こるのだろう。

彼らは最初の2,3日の夜は、特に何も見なかった、だが、動きが始まった。

オーバーオールを着た人々のグループと車両が、レードームの近くに集まっているのを、彼らは見たそうだ。それから、直径数メートル大の強力な黄金色のビーム(光線)が、レードーム地域から空に投光された。それは静止した雲を発生させるように見えた、そして、光線が中止されると、雲は徐々に移行した。

5人は、『星のような』ものが、基地上空の約500フィートに、葉巻き型の航空物体と共に現れたと述べた。青いビーム(光線)は、航空物体と地面の全ての間できらめき始めた。
オブザーバーは、航空物体がパイン・ギャップと連絡しているように見えたと述べた。

先進の航空機は、多くのよく知られている地下基地の周りで見られる。(最も有名であるが、さほど重要でないネバダのArea 51など)。
非人間(光のきらめきとして精力的な形で来て、彼らにとって好都合である技術的に発生する空気で地面の下で動く『物理的形状』と他のいくつか)と共にインターフェース(相互作用)として、これらの基地の多くは動いている。

そうした基地の多くは、目で見える3次元でとらえ得る生物を対象として、または、固体状でないエネルギー体でやってくる生物には、地下施設の人工的に設定された空間で、その生物にとって都合のよい環境が技術的に用意提供される交流場として働いている。
ニューメキシコ州のダルシー基地は、パイン・ギャップと似た地形と気候をもった場所で、エイリアンとの共同施設になっているとされ、そこで開発された技術は、地上エリートグループに提供されると言われている。
この基地での仕事は、部署ごとに分離統括されていて、部外者が互いに情報交換できないように厳重なセキュリティ・チェックが行われ、自分の仕事以外は何をやっているか分からないように管理されている(英語ではcompartmentalisedと言う)。
 多重構造になった、地下に入っていけば行くほど、セキュリティが厳しくなり、中に入ることが難しくなってくる。そこで働く関係者は出入りの際、出し入れの物がないか、体重を計りチェックされる。
レプティリアンとグレイは、地下深いセキュリティが厳重になっている層にいるようだ。そして、しばしば、その古代に造られたトンネルや、洞穴のシステムは、非人間生物によって使われ続けている。
これらの基地の多くは、パイン・ギャップ、ダルシー、エリア51とカルフォルニアのネバダ砂漠のチャイナ・レイク海空軍兵器ステーションのように、砂漠の区域にある。
レプテリアンの遺伝子操作と彼らのハイブリッド・プログラムはこれらの基地で多く行われている。そして、主流メディアによって無視される『内部告発者(whisteblowers)』によって、人間と他種生体の混血実験の見るに耐えない光景などが報告された。

 チャイナ・レイク施設の周辺を私は、何度も車で行ったり来たりしたことがあるが、地上に建物らしものは何も見当たらず、110万エーカー(1エーカー=1200坪)の広大な場所で、民間から4400人の軍属と1000人の軍人が働いているそうだ。
レプティリアンが、米軍と諜報部と共同謀議する、広大な地下基地とチャイナ・レイクのトンネル・システムのことを知っている人々に、何年にも渡って私はインタビユーしたことがある。

また、洗脳プログラムが働いていて、そこの人々に会ってみると、彼らが映画『ステップ・フォードの妻たち』に出てくる人々を思い浮かばせる。(訳者註:SF映画で、その町の女性が陰の組織によって、ロボット化されてしまっていると言う恐ろしい話)
 外からは全く知られていない、パイン・ギャップ基地の地下深い所で、遺伝子工学の研究が、人間とレプティリアンで共同研究がされていると、私は確信している。パイン・ギャップで行われているアメリカ(世界陰謀団)の軍事機密に対して、多くの抗議があった。抗議しても何も変わらないのだが、抗議する対象となっている場所は、少なくとも当たっている。

パイン・ギャップを裁判にかけろ!
 議会の外で、群衆の抗議や他の集会を見るに、対象とされる政治家連中は、今日当選しても明日にはいなくなる運命で、いったい誰がこの世界的なイベントを管理し、指令を出しているかについての仕組みは、全く分かっていない。
真実の権力のパワーはどこから来るのか、この地下基地を含め、目には見えてこない。

もしまだ、陰の権力が実際存在することに、疑問を感じる人がいたら、こう問いかけると良い。

アメリカ大統領と政治家は、世界各地とアメリカにある米軍の地下基地で、一体何が行われているのか、知ることは許されていない。
英国の首相と政治家は、英国の地下基地や、英国にある米軍地下基地のメンウィズ・ヒル(Menwith Hill)のような場所で、何が行われているか知ることは許されていない。

オーストラリアの首相と政治家は、オーストラリアにある地下基地や米軍地下基地であるパイン・ギャップで何が行われているか、知ることを許されていない。
いったい全体、国民により選ばれた政治家が誰であろうとも、こうした地下基地で行われている活動に対する、決定権を持つのは誰なのか?

もし、それに答えることが出来れば、あなたは世界の出来事を管理する本当の権力者の名前を、知ることが出来るだろう。【アイク翻訳委員会:オリオンの著作より】
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<ダルシー>
・フイル・シュナイダーは、新世界秩序のアジェンダのために131もの地下軍事基地が平均して地下1.5キロの所に建設されているのを知っていると言った。彼が関わった中に、ネバタ州のエリア51とニューメキシコ州のダルシーもある。

・ダルシーは、人口が約1000人の小さな町で、標高2100メートルあたりには、ヒカリヤ・アパッチ族の居留地がある。
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 以上の報告ににた映像を見つけたので添付します。





by kanakin_kimi | 2014-05-09 22:47 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)

ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ T

戦争の終焉
 「戦争の終焉」を実現する力は、第一に「世界市民の情報の共有」であり、第二に「共有を実現する力は、世界市民みんなが賢くなるようにする世界観の理念とシステム作り」である。
高天原(たかまがはら)に飛んだ
全てを知り尽くす・全てを認識し尽くす気概だけは持ち続けようと思う。
1985年8月12日、日本の国産「OS」「Bトロン」が「ウインドウズ」と激闘をしていたその最中にあったのである。「日航機123便墜落事故」とされてきた「事件」は、今年で29年目になる。被害者家族達の「真相追究の闘い」の本当の意味を私はついぞ知らなかった。なんと云う無知蒙昧であったことか。
 この300年間の戦争を煽り・造り・世界の数十億もの人々をいぶり・すりつぶし・焼き殺してきた事により結果として利益を上げてきたのが「ロスチャイルド・イルミナティ」である事が見える時代になった。いままでは、「国家と国家との間の戦争」という見方によって見えにくくしていたのである。国家という枠組みをこえて、いやむしろ国家という枠組みを利用して戦争を起こさせ、兵器を売り、ますます戦費を借金によって国家財政を増やして借金で首が回らないという状況を造る事によって、国家そのものを支配する権力を掌握して、それを世界的に展開するまでにいたったのである。それを感性的に見抜いていたのが「超国家主義」を唱えていた人々で、北一輝とか大川周明とか石原莞爾らであったのであろう。そのとき日本以外のアジア諸国はほぼ西欧諸国によって植民地化していた。1914年から1918年ににいたる第一次世界戦争から、その後の第二次世界戦争にいたる15年戦争は「封建支配体制の国家と国家、国家内部の支配階級と被支配階級の闘争が絡み合いながら進行していた」。そういう構図で見ていたのだが、事はそれほど単純ではなく、徳川時代260年を含む時代から既に周辺アジアはポルトガル・スペインにはじまりオランダ・イギリス・・フランス・ドイツ・ロシア・アメリカと西欧米諸国の原住民殺戮の嵐が吹き荒れていった。いままで、それらが見えていなかった。知らない事ばかりであった。知っているつもりのものががらがらと崩れ去っていった。悪い奴らだと思っていた人々がいい人々だったり、いい人々だと思っていた人々がそうでなかったり、自分の検証が出来ていなかった事がおびただしいのである。全ては、自分の責任であると思い、300年の歴史を洗い直す事にしたのである。全てを知る事は出来ないという事は、分かっているけれども、やはり全てを知り尽くす・全てを認識し尽くす気概だけは持ち続けようと思う。
by kanakin_kimi | 2014-05-08 21:15 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(0)

ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ S

戦争の終焉・ITCCS報告
(グーグル翻訳です。ご判読ください。)
ITCCS緊急アピール
イギリスの兵士は、エリザベス·ウィンザーに対してコモン·ロー上の逮捕状を議論するための制度化に迫害
掲示された 2014年5月7日
スタッフォード、イギリス、2014年5月7日、午後4時GMT

ビビアン·カニンガム、アルダーショット、ハンプシャー州にあるアイルランド近衛連隊サービング兵士は、上級役員に有罪判決を受けた重罪エリザベスウィンザー(通称「クイーンエリザベス」)に対して、コモン·ロー上の逮捕状を言及するために、拘束され制度化され、彼の意志に反して薬漬けされています。

ガードマンカニンガムは、現在スタッフォードセントジョージ病院のメンタルケアユニットで6ヶ月間彼の同意なしに拘禁されている(PH:44 01785 25788)。(:44 07909686198をPH)、医師カーンとセマ彼はキャプテン·マレルの命令の下、オランザピン、非定型抗精神病薬を注射されています。

最近では、ガードマンカニンガム大尉マレルにウィンザーに対する立っ逮捕状、および人道に対する罪のための彼女の合法的な信念が存在することを報告した。カニンガムによると、大尉マレルは言って答えた、「はい、私はあなたが私に示されている証拠を信じて、しかし、あなたはOKですか?を確認するために医学的評価に参加した場合、それはOKです」。カニンガムは、合意され、その後、「急性精神病エピソード」を被ったと診断されコミットされた。

明らかに、カニンガムは、イングランドでの意見を犯罪と悪名高い「執着脅威 "法律の下でコミット、および精神障害などの任意の政治家への批判を分類されています。

ITCCSエグゼクティブは、ガードマンビビアン·カニンガムは、彼は法の下でエリザベスウィンザーの有罪の証拠の循環のためにイギリスの王冠の標的とされたことを断固として述べている。カニンガムの迫害は、イギリスの王冠と子どもの人身売買や殺人のための「王家」のメンバーの現在の慣習法裁判所の調査に直接関係しています。

ITCCSエグゼクティブは、したがって、スタッフォードセントジョージ病院に抗議するため、グローバルな会社と英国のすべてのメンバーに呼びかけて、カニンガムの投獄の説明を要求し、施設や大尉マレルに電話。抗議や職業は、世界中の英国大使館や企業を開始する、とビビアンCunnigham無条件解放されるまで継続します。

ビビアン·カニンガムは、ここにITCCSによるイギリスの良心の囚人を宣言されています。

ITCCS中央が発行した
2014年5月7日
ブリュッセル

で掲示される イギリスの皇太子、エリザベス女王 | タグ イギリスの王冠、英国の王冠、エリザベスウィンザー、教会と国家の犯罪に国際裁判所、ITCCS、エリザベス女王、聖 ジョージの病院
ローマと英国国教会に対する取消注文の執行は7月に開始されます - コモン·ロー上の役員と保安官の訓練を5月19日開始します
掲示された 2014年5月1日
国際司法裁判所コモンロー裁判所の広報局(ICLCJ)によって発行された破壊公表

2014年5月1日には - 5 PM GMT

ローマと英国国教会に対する取消注文の執行は7月に開始されます - コモン·ロー上の役員と保安官の訓練を5月19日開始します

ブリュッセル:

ローマ教会とその企業の子会社の法律や権限を無効裁判所のイースターマーストリヒト宣言を積極的に7月、2014年の最初の週に開始正式に宣誓し、訓練された慣習法上の役員が適用されます。

地域社会の援助を受け、役員は事業によって少なくとも9カ国で、これらの法人の合法的な廃止を強制します。

1。彼らの共犯者や他の犯罪者と一緒にローマ教会のイングランドの有罪判決を受けた受託役員の逮捕と投獄。

2。地域社会にサービスを提供する公共空間としての発作と財産とこれらの教会の財産の公共収用し、その再確立し、

3。公共、コモン·ロー上の権限の下で完全に会衆、自治体としてこれらの元の教会の再奉献。

2014年5月19日(月曜日)から始まる、ICLCJとそのスポンサー裁判所は、これらの犯罪者、教会の機関に対して、この取り消しを強制するために代理としてされる専門的な平和の役員、保安官とマーシャルのための厳格な3週間のトレーニングプログラムを開始します。プログラムは、カナダ、米国、アイルランド、イギリス、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、イタリアの民間のセッションで開催されます。

コモン·ロー上の役員研修プログラムへの参加を申請するには、itccscentral@gmail.comに事務局にご連絡、および慣習法のトレーニングマニュアルを参照www.itccs.org。

ICLCJ広報機関が発行、ブリュッセル

2014年5月1日には- 5 PM GMT www.itccs.org / www.iclcj.com


で掲示される イギリスのChuch、ローマ教会、ローマ·カトリック教会、バチカン | タグ カトリック教会、英国国教 ​​会、ローマ教会、復活祭宣言、国際司法裁判所コモンロー裁判所、ITCCS、マーストリヒト宣言、ローマ·カトリック教会、バチカン
ITCCS委任と高官は、ローマ教会に対して、英国の取り消し順序を強制するためにローマとロンドンに牧師ケビンアネットのお供に
掲示された 2014年4月29日
牧師ケビンアネットとITCCS執行が共同で発行された公開コミュニケ

3 PM GMTで2014年4月29日(火曜日)

ローマと英国国教会に対する取消順序を強制するためにローマとロンドンに牧師ケビンアネットに同行するITCCS委任と高官 - 「ジュビリー·ウィーク」に設定されたイベント、2014年6月30日から7月7日まで - リアルと悲惨」によって促さ決定牧師アネットに危険」

ブリュッセル:

政治家、コモン·ロー裁判所の法学者や保安官、そしてドキュメンタリー映画チームがイースター廃止宣言を強制するために、2014年6月30日から7月6日までのアクションの「ジュビリー·ウィーク」のセットの間にバチカンに、ロンドンに牧師ケビンアネットに同行しますローマ教会に対して、英国の。

このアクションは、世界的な児童売買や殺人教皇フランシスなどに対するコモン·ロー上の試験の一部として発表された。

「我々は牧師アネットが原因バチカン子の犠牲の儀式の彼の露出の非常に現実的かつ悲惨な危険に直面していることを学びました。彼は我々の場合に極めて重要であると裁判所の仕事に「国際司法裁判所コモンロー裁判所の広報機関のためのジョージDufort(ICLCJ)が言ったので、ケビンは、あまりにも脆弱で、今、自分の上を走行するのに価値がある。

「ケビン自身の希望に反して、我々は彼がイングランドとローマに入った時に強力な代表団が同行と主張しており、この委任は彼がバチカンとイギリスの王冠の権限を無効にイースター宣言を強制助けること。つまり、裁判所の夏の休会中に、7月の最初の週に行われます。 "

教皇フランシスらに対する訴訟にケビンアネットから提出された最近の証拠は、第九サークルとして知られるイエズス会経営の児童の犠牲カルトの殺人行動を文書化します。(参照www.itccs.org、2014年4月10日)を。第九サークルのメンバーは明らかに排除するために牧師アネットを目標としています。

牧師アネットは、ヨーロッパでITCCS関係者と協議して、現在ある。その後の更新はすぐに掲載されます。

ITCCS中央、ブリュッセルから発行された

2014年4月29日

で掲示される カトリック教会、イングランドChuch、ローマ教会、イングランドの王冠、イエズス会、ホルヘBergoglio、ジョセフ·ラッツィンガー、ベネディクト、教皇フランシスまず、子供の儀式殺人、ローマ·カトリック教会、悪魔的儀式拷問、バチカン | タグ 英国を王冠、児童殺人、子供の犠牲の儀式、児童売買、英国国教 ​​会、ローマ教会、慣習法、英国の王冠、国際裁判所国教会の犯罪に、ITCCS、イエズス会、ホルヘBergoglio、ケビンアネット、第九サークル、教皇フランシス、牧師 ケビンアネット、子供の儀式Murdder、悪魔的儀式殺人、悪魔主義、バチカン
by kanakin_kimi | 2014-05-08 20:26 | 洗い出せ・そして公開せよ | Comments(1)