ウイグル人弾圧をゆるすな


日本政府は、中国へのいかなる支援もしてはならない!!

周辺国への支援体制を強化しろ!!


【ニュース】中国のウイグル人弾圧について及川幸久氏が国連でスピーチ【ザ・ファクト2018 08 24】

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ウイグル人の悲痛な叫び!中国政府の大弾圧の実態に迫る【ザ・ファクト×The Liberty】

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# by kanakin_kimi | 2018-08-31 16:07 | アプト式戦争終焉のマニュアル | Comments(0)

日本の歴史は世界を救う役割を求められる歴史である 4

33年目の夏・激しいせみ時雨 4

JAL123便墜落事件は、撃墜事件であった。
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機体E部位の2人とD部位のすべての乗員・乗客がその部分の機体や座席含めて扇状に破砕・吹き飛ばされた。(つぎにつづく)

これらの推測は、調査報告書の添付書類「付図 3 墜落現場の状況」http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/de/9f661cf40905ef0cab1d05a5eb7943f0.jpg
「付図 14 残骸分布図ー墜落地点」http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/5e/65b84cd160b45fe2558bf04483dfe25f.jpg 
及び「座席別遺体の散乱状況図」http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/21/f874c72c86c83636ad65c01ff1c8114e.jpg
を「A3用紙」「A2用紙」にまで拡大コピーして使用している。
できればもっと大きくして使いたいのである。例えば、「座席別遺体の散乱状況図」の遺体をあらわす丸じるしの〇の直径が7ミリメートルほどに拡大できればいいのだが、私の持っている原本は「墜落遺体」の本からのコピーであるので薄くなってしまうのである。でこれが限界。
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D部位を破砕された残りの機体は高浜機長の執念が乗り移っているかのように、予定のコースをたどっていった。
 

# by kanakin_kimi | 2018-08-15 15:34 | 告発・日航機123便事件 | Comments(0)

日本の歴史は世界を救う役割を求められる歴史である 3

33年目の夏・激しいせみ時雨 3

JAL123便墜落事件は、撃墜事件であった。

押し隠してきた人々は、目を覚まし、謝罪すべき人は謝罪し、公開し、自白することだ。

その最も責任を問うべき日本人は、当時の総理大臣中曽根康弘氏である。その罪は重い。

故意に標的機を追尾型にし、それに向けてミサイルを打ち、JAL123便の尾翼を破壊し、航行を困難にした。

次に、羽田飛行場と横田基地に着陸許可を求め、尾翼のない状態で困難な飛行を行いながら何度も着陸の許可を求めたが、当時の両飛行場はそれをはぐらかして、『飛行不能の言質をとることだけが目的』である対応をしている。

高浜機長は、それらのJAL123便に対するすべての対応から「これはだめかもしれんね」という言葉にすべてを言い含めて、最後の手段である「敵地への不時着」を敵の目をかすめて『敢行するタイミングを見定めていた』

そして、「2950メートルから急遽下降し1800メートル近辺で急上昇する態勢でソフトランディングしたのである。ソフトランディングは成功した。

ミサイル狙撃がなければ大多数の人が助かっていたであろう。

誘導に自衛隊機が二機あったという情報があるが、いつから・どこから現れたのか「F117というホバリング機能を持つステルス機が3~4機」いたのを高浜機長はしったのであろう。

ソフトランディング中の今まさに接地まぎはの右主翼NO2エンジンを一機目のF117にミサイルで狙撃された。

右主翼をもぎ取られながらも、ソフトランディングを継続いている。もぎ取られた右主翼は二つに折れて、NO1とNO2のエンジンは破壊力を受けた力学と物理法則にしたがい落下している。

左主翼だけになった機体は、左主翼を立てぎみの形になり、機体E部位を樹木に滑らせている。ソフトランディングによる不時着は、そこから左に向かって舵を切り110~150メートルほどの間隔の北西斜面の峰を滑らせる予定だったのだろう。

慌てた、二機目のF117は回り込んでいた。機体後部のE部位があの位置にとどまる力学と物理法則に従う条件づけが行われる機体D部位へのミサイル狙撃がされた。機体E部位の2人とD部位のすべての乗員・乗客がその部分の機体や座席含めて扇状に破砕・吹き飛ばされた。(つぎにつづく)
これらの推測は、調査報告書の添付書類「付図 3 墜落現場の状況」「付図 14 残骸分布図ー墜落地点」及び「座席別遺体の散乱状況図」を「A3用紙」「A2用紙」にまで拡大コピーして使用している。





# by kanakin_kimi | 2018-08-14 22:38 | Comments(0)

日本の歴史は世界を救う役割を求められる歴史である 3

33年目の夏・激しいせみ時雨 2

『付図 3 墜落現場の状況』

 『付図14 残骸分布図』

  からの『証明』の経緯

 

 1985年8月12日18時12分に羽田飛行場を離陸した「日航123便(ボーイング式747SR-100JA8119)」が群馬県多野郡上野村山中に墜落するまでの経緯・経過・推移などからこの飛行機が単なる事故などではない事を見抜いた人々によって、様々な角度から『事故』ではなく、『事件』としての『性格』『因果関係』『犯罪性と犯人の特定推理』などが語られ、ネット上に記録されている。また、関係者からの出版による記録も積み重ねられている。

 2014年3月からわたしも「真相解明に参加」し、離陸から墜落までの経緯を秒刻みで点検する気持ちでチェックしていき、飛行距離と高度変化・航跡・それらと時間の関係をチェックし、これに対する羽田飛行場と横田基地の対応をチェックしたのである。そうすると次のような点が問題として浮かび上がってきた。

1)、18時12分に離陸後12分間のヴォイスレコーダー音が抹殺されている事。この12分間の音声に標的機の飛んでくる状況に関する会話が録音されていなければおかしいと思われる。そして、事実抹殺されるほどの音声がそこに録音されていたのであろう。

2)、標的機を振り切ろうとして急上昇している事実及び、通常の方向よりも北寄りに位置していると思われる。そもそも、民間旅客機を敵機と見なしての訓練こそ不届きな事である。

 従来の自衛隊・米軍共同訓練では標的機が飛ばされていたようであるが、自動追尾装置を装着したミサイルが使用された事はなかったので十分振り切ってこられたのである。

 ところが、1985812日の今回はじめて自動追尾装置を装着した標的ミサイルが使用されたようである。そのために従来の標的機が使用されていた高度3000メートルから7000メートルに上昇しているというのに、執拗に追尾して垂直尾翼五分の三以上をもぎ取り、相模湾に落下している。

 

3)、垂直尾翼を相模湾から引き上げた記録写真のすべてを公開すべきであるのに未だに公開しない。しかも、これにはこの写真の一部について公開しようとした自衛隊員が殺害され、自殺という処理をしている事がI T情報として浮上している。

4)、垂直尾翼を失った事による「不安定飛行」の原因を『自動追尾ミサイル』の標的機として明確にシンプルに証明できればよいのである。その証明できるものをことごとく隠滅し、抹殺してきているその事実である。状況証拠でもいいと思う。

5)、次に、1)〜4)の傍証となる事実である。それは、4)、に関わらず、520人の命を助ける事ができる状態であるにもかかわらずその『機会』を何回も・何回も、機長やクルーの努力を裏切りもぎ取っているという事実である。これは、『ホロコーストの犯行意思』を徹決(えぐり出し表白)する重要な証拠である。

 そしてそれは、18時24分から18時46分までのほぼ22分間は、横田基地と羽田飛行場への着陸許可を求めていた時間とその飛行距離の航跡を表し、18時46分から18時55分のほぼ9分間は横田基地と羽田飛行場への着陸許可を得られなかったために、山中に不時着する上での適地探索または、誘導機による誘導の時間とその飛行距離の航跡であったのであろう。

6)、さて、18時55分から18時56分28秒のヴォイスレコーダーの音が消えるまでのほぼ1分間を私は『最後の一分間』といっている。この『最後の一分間』の『ヴォイスレコーダーの声と対になった飛行距離の航跡資料』はない。しかし、これにつながる資料は現場検証した検証資料に残されているはずである。それが『昭和62年6月19日付運輸省航空事故調査委員会』作成の『航空事故調査報告書・日本航空株式会社所属・ボーイング式747SR-100JA8119群馬県多野郡上野村山中・昭和60年8月12日』添付の『付図』および元群馬県警本部長/元日航機事故対策本部長河村一男著作の『123便、捜索の真相・日航機墜落』などに添付された『座席別遺体散乱状況図』など、によって代替補強され得るものと考えている。

 ところで、『最後の一分間』で機長が『フラップアップ』を連呼しているところについて、インターネット上で見ると次のような質問とそれに対するベストアンサーが見られました。ここにメモして、参考にしたいと思う。ただ、アンサーは、『ミサイルを撃ち込もうとしている戦闘機がいるという予測は全くしないでいる事、またそういう事態の予測もしない状態での事故とした判断である事』をあらかじめ申し添えておきます。

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[インターネット上で見る次の質問]


頭を上げるときは、フラップダウンでいいでしょうか?

なぜか、日航墜落では...

rennai5さん(プロフィール rennai5さんとは 参加日 2012/08/25 公開するID  rennai5

名前  年齢  非公開  性別  職業  自己紹介  サイト : ブログ

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2012/12/19/13:19:48

頭を上げるときは、フラップダウンでいいでしょうか?

なぜか、日航墜落では、頭上げろ!!!

フラップアップ!!! と言っています。

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【ベストアンサーに選ばれた回答】


yngcs208さん(プロフィール:yngcs208さんとは 参加日 2009/02/14 

公開するID yngcs208 名前  年齢  非公開 性別  職業  自己紹介

サイト   ブログ

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2012/12/2012:22:32

123便事故で墜落直前の急降下の時ですね。


急降下直前にフラップを下げた際、フラップが左右同時に出ずにバラバラに出てしまったのです。

左側のフラップが先に展開してしまい、結果左翼側だけが急上昇する形で機体は右に大きく傾き、揚力を失って急降下したわけです。

もちろん、パイロット達は理由はともかく「フラップを下げた」事がこの「急降下」に繋がった事だけは理解したのでしょう。

もとの安定した飛行に戻すために、フラップを上げる必要があると判断し、「フラップアップ」と言ったのだと考えられています。

結果、フラップはなんとか上げましたが、機首を上げて高度を上げることはできませんでした。

なんとか姿勢を取り戻し急降下は止まりましたが、既に高度が落ちすぎたことと右への傾きが修正出来なかったこともあって、そのまま機体は墜落することになるのです


ヴォイスレコーダーの

「 最後の一分間 」の音声

18:54:55

55 (F/E)はい了解、 (F/E)はい了解 (F/E)はい了解  はい了解 

56 熊谷から25マイル 熊谷から25 (?) (コンタクト 129.4 129.4 横田アプローチ) 熊谷から25

57 ウエストだそうです。 マイルウエスト ※APCか?

マイルウエスト

58 だそうです だそうです

59 (YOKOTA)123便、123便、Guard Frequencyで呼び出ています。聞こえましたらスコーク5423を出し、横田に129.4でコンタクトして下さい)ラップオールね?

18:55:01

1 (CAP)フラップおりるね? フラップ・・・・・・ 音声> 

2

3

 (COP)はいフラップ  はいフラップ

4 (COP)はい、フラップ10  10  10

5 (APC)ジャパンエア123日本語で申し上げます。

6 こちらのほうは、あーアプローチいつでも

7 レディになっております。なお横田と調整して

8 横田ランディングもアベイラブルになっております。

9 

10(東京APC)JAL123、日本語で申し上げます。こちらの

 方はアプローチについても準備できています、

11 (ACC)TDA207便、シーパーチまで進んでください。以降のルート変更はありません

12 なお横田と調整して横田ランディングも可能になっております。よろしければ意図をきかせて下さい。オーバー。

 

13

14

       

15 (CAP)頭上げろ。 (CAP)頭上げろ 頭上げろ

16 (COP)はい、了解しました。(F/E)はい、了解しました (F/E)はい、了解しました はい、了解しました

17 (CAP)頭上げろ。(CAP)頭上げろ (APC)インテンション頭上げろ

18 聞かせて下さい、どおぞー

 

19 (CAP)頭上げろ。(CAP)頭上げろー 頭上げろー

20 (ACC)TDA207便、応答して下さい。

21 シーパーチまで進んで下さい。

22 以降のルート変更はありません)

23

24

25 (CAP)頭上げろ、ずっと前から

26

27 (CAP)頭上げろ 頭上げろ

28 (YOKOTA)123便、123便、Guard Freaquency

29 呼び出しています。聞こえましたら

30 (TDA207) … 

31

32

33

34(COP)ずっと前からささえてます (ACC)TDA207、それから周波数を ずっと前からささえてます

35 134.0に切り替えてください)

36

37

38 (TDA207) 130.4?

39

40

41 (ACC)134.0

42 (CAP)フラップ止めな、止めな (COP)パワー

パワー

43 (CAP)フラップ止めな (APC)JAPAN AIR 123

フラップ止めな

44 JAPAN AIR 123.

45 ()あーっ If reading, あーっ

46 your radar position

47 (CAP)パワー、フラップ

50 パワー、フラップ

48 (CAP)ああ フラップそんなに下げたらだめだ。

   みんなでくっついちゃだめだ miles,

  みんなでくっついちゃだめだ<音声>

49 フラップアップ、フラップアップ、フラップアップ。

 (COP)フラップアップ、フラップアップ correction

  フラップアップ、フラップアップ

50 (東京APC)JAL123、位置は50マイル訂正する。

  フラップアップ、フラップアップ 60 miles

  フラップアップ、フラップアップ

51 (?)フラップアップ (CAP)フラップアップ

    northwest フラップアップ (?)はい。

  (COP)はい of the HANEDA. はい

  (東京APC)60マイル羽田の北西。 Northwest

52 ah- 5 mile

53 50

54 nautical mile

55 (CAP)パワー northwest

56 パワー (CAP)パワー of HANEDA. パワー

57 フラップ パワー

  (123便、貴機の位置は、羽田から50マイル、

パワー

58 (COP)上げてます。 フラップ

  いや訂正します、60マイル北西

  フラップ

59 (F/E)あげてます (MAC60201)(管制東京、こちら   MAC60201あげてます

18:56:00  41000で飛行中。着陸許可を

1 要求します) ※18:55:46

2 (TDA207)(管制東京、MAC6020140100で飛行しています) <音声>

3  (※18:55:54)

 

4 (CAP)頭上げろ (ACC)207了解) (※18:55:58)

  頭上げろ

5 (ACC)ANA36便、管制東京に119.1

 

6 (CAP)頭上げろ、コンタクトせよ (※18:56:02)

 

7 (CAP)頭上げろ(ANA36)36了解。119.1ね) (※18:56:06) 頭上げろ

8 頭上げろ、

9 

10 (CAP)パワー (CAP)パワー パワー

11 パワー。

12 <火災警報>

13

14 [GPWS警報発動] <地上接近警報>

[シンクレイト]<シンクレイト> 降下率注意の人工合成音

15 [プルアップ]ひびく

16 <ウーウー>

17 <プルアップ> 引き起こし注意の人工合成音

18 <ウーウー>

19 <プルアップ> (MAC60201)(管制東京、こちら MAC60201

20 <ウーウー>41000で飛行中。着陸許可を要求します)

21 <プルアップ> もーだめだー<音声

22 <ウーウー>

23 [接触音][プルアップ]続く<プルアップ>(衝撃音)

24 <ウーウー>

25 <プルアップ>

26 [衝突音](衝撃音)(ACC)MAC60201便、こちら管制東京、了解。

27 (衝撃音) 25000まで降下して下さい)

28 [録音機能停止] 録音終了

29 

30 

31 

32 (MAC60201)MAC201です。41000から25000まで

33 降下します)

34 

35 

36 (ACC)ANA592便、スペンサーを通り、

37 16000まで降下して下さい)

38 

39 

40 

41 

42 (APC)JAL123…

43 (ANA592)(了解。16000まで降下し、16000

44 スペンサーを通過します)

45 

46 

47 

48 

49 

50 

51 (AF273)(エールフランス273便です。今晩は。

52 25000で飛行中)

53 (YOKOTA)123便、123便)

54 (ACC)AF273便、管制東京です。了解)

55 (YOKOTA)123便、123便、Guard Frequency

56 呼び出しています。貴機は現在、横田の

57 北西4…35マイルの地点にあります。

58 貴機は横田基地に最優先で着陸できます。

59 貴機は横田基地に最優先で着陸できます)

 18:57:00

1 

2 

3 

4 

5 

6 

7 

8 

9 

10 (ACC)JAL123JAL123、東京コントロール。

11 えー、もしできましたら、横田アプローチ

12 129.4129.4にコンタクトして下さい。

13

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【シンプルな証明

      へのアプローチ



 このヴォイスレコーダーの音声の拾い方には『作為と悪意を感じる』。すくなくとも、真実を見極めようと言う姿勢は私には受けとれない。しかし、一応当時の政府と同調する側の行動様式を前提としたものとして受け取ることができる。

 これらから、過去のこの事件に対する認識を払拭させる必要があるということだ。従って、911事件の『ビルの崩壊が自由落下であった事実』のような、『シンプルなファクター』がないかどうかを点検したい。

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 『序・破・急』の三段階の内『証拠づけられる事実・事象』は、やはり『最後の一分間』にあり、『検証資料』『付図』と『座席別遺体散乱状況図』や『残骸散乱状況図』にある事までは絞り込めた。

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 しかし、もっとシンプルなファクターに絞り込めないものであろうかと考えていた。しばらくは別の問題に集中していた。そうすると、二か月経って、これに集中し始めたときはたと気がついた。

———アキレスの詭弁に気づけ———

通り過ぎていたのだ。それが、【 NO2エンジン部品散乱』場所と『NO2エンジン』落下場所が示す『落下方向←』と『NO3エンジン部品散乱』場所と『NO3エンジン』落下場所が示す『落下方向→』が『真逆である』という点である。

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 以前考えたときには、ごく普通に事実の推移を見ていたから【ソフトランディングしている機体が後部胴体(E)を降ろして左へ旋回する瞬間に(D)を破砕され、広範囲に座席と遺体が分散された。その後150メートル離れたところへソフトランディングを継続していく、という状況描写の中で[証拠となるものを特定せずに通過]し、『見過ごし』していたのだ。】

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 『エンジン部品散乱』と記されている事が示している事実は、『エンジンに何らかの破壊力が働いて、エンジン部品をエンジン本体からもぎ取った』事実を示しているという事なのである。

 そして、『エンジン本体が重くそれにかかる破壊力』の方が大きいからエンジン本体は遠くへ落下し、もぎ取られた軽い『エンジン部品』は『破壊力を受けた』地点の近くへ先に落下分散するのである。

 しかも、その形状が示すものには『因果関係』の意味がきざみこまれるのである。

 この事がしっかり認識されれば、『NO2エンジン』と『NO3エンジン』の『落下方向は真逆』である事が認識されるであろうし、その事実が示すものは「ソフトランディングしている123便に破壊力を加えてエンジンを狙撃しているという『事実』そのものの『再発見』である。

 これがシンプルな証明の第一の起点である。

 つまり、調査報告の事実認定はもとより災害本部の主張する落下の仕方の認定は、明らかに間違っているという真実の発見になる。そして、これがその証明である。

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(1)、エンジン部品散乱場所とエンジン本体落

下場所が示す、ソフトランディングと狙撃の事実


 エンジンは、右主翼下にNO1NO2のエンジンがあり、左首翼下にNO3NO4の合計四つのエンジンがある。調査報告書が手に入らない段階で、『座席別遺体散乱状況図』だけで考えたときの

飛行機の落下状況・破壊状況についての推測を書いてきたが、調査報告書がやっと手に入るようになって、それを集中的に点検してみると添付されているいくつかの付図がきれいにこれを裏づけている事に気がついた。

 つまり、こういうことである。『機長たちクルーは、より多くの乗客の生命を助けるために、最後の方法として取ったのは「ソフトランディング」であった。約3000メートルの高度から一挙に1600メートルの山の峰に機体をそっとおろすために「急降下して寸前で頭を上げて、機体後部を降ろし、左へ切りながら約150メートル離れた峰へ全体を滑らせ緩やかに着地させていく」という事だったのであろう。』

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(1)、 ところが『高度1800メートルほどのところで急降下寸前頭を上げてソフトランディングの体勢にある123便の右主翼NO2エンジンをF117とおぼしき飛行体がミサイルで狙撃したのである。』     

 右主翼は、車輪(G3)右ウィング・ランディングギアの位置までを機体に残し、それ以外をもぎ取られる形で機体後部とともに「ダックスフンドの鼻先」から樹木を倒しながら滑っていき、「ダックスフンドの胴体部を形成」している。NO2エンジンをもぎ取られた「右主翼半分」は「耳の部分」を形成滑っていった。もう一方の右主翼の半分は二つに分かれてNO1エンジンと「ダックスフンドの胴体部を形成」したその胴体部を滑って尻部付近へ落ちた。「前足」を形成落下した「NO2エンジン」は前足の肘を形成した後1490メートルからバウンドして1440メートルの「ダックスフンドの後ろ足下」に落下した。

(2)、 その少し前、『胴体部 (D) が狙撃された』 。「座席別遺体散乱状況図」は、この事を『遺体の散乱状況』によって証明した。また「残骸の散乱状況図」にはこの「狙撃」によって『胴体部(D)』が破砕された残骸が記載されている。

(3)、そして、『胴体部(C)』『胴体部(B )』『胴体部( A)機首』が150メートル離れた峰をすべり点在している。『毛なし鶏』の脚部を形成していったのであるが、胴体部(C)を分断するのと同時頃垂直に立ち上がっている左主翼のNO3エンジンが狙撃された。

 その事を示しているのが『付図3』である。長さ55メートルの『NO3エンジン部品散乱』を示し、そのすぐ後右へ10メートルに『 NO 3 エンジン』が落下している。『NO2 エンジン』の場合との違いは、高度と角度であろう。

(4)、ここで、触れておかなければならない問題がある。『NO3エンジン部品散乱』の地域の左端に、それと70度の角度で示している『別のエンジンの部品散乱』地域が交差していることである。これがそれとの明示はないけれども私は、『NO4エンジン部品散乱』地域であろうと考えている。従って、そこからその延長線上にそれほど離れていない地域に『NO4エンジン』が落下しているはずであると考えている。部品散乱地域の長さが短い事から考えても10メートルも離れていないと考えられる。このことは、『一本から松から U 字溝にいたるきわめて広域の航空機残骸落下地域』が『123便とは別の航空機の残骸』である事が証明され、『墜落現場を改ざんするために必要な時間が、自衛隊や警察の救助活動をさせない時間帯』として浮上してしまうのである。

 しかも、その責任を『自衛隊』や『群馬県警』に押し付けたまま闇に葬ろうとしてきたのである。

 『付図 3 墜落現場の状況』http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/de/9f661cf40905ef0cab1d05a5eb7943f0.jpg

『付図-14-残骸分布図-墜落地点』から見た『証明』

(2)、ギヤ(車輪)の落下位置が示すもの

 『付図 – 14 – 残骸分布図 墜落地点』というものを見ていくと、ギヤがほぼ直線に落下している状況が示されているのが印象的である。

 『付図−3−墜落現場の状況』も同じであるが、この図面の地域の広さはおよそ9万平方メートルである。そしてこの地域に落下した飛行機の機体が山肌に形成した傷跡を『地肌露出区域』『樹木切損、倒壊区域』『焼損区域』『樹木の倒壊方向→』などで表示されている。

 『地肌露出区域』は大きく二つに分けられている。一つは図の上面に標高1450メートルから1550メートルの高さにかけて190メートルの長さになるちょうど『走行中のダックスフンド犬をひっくり返したような形状の地肌露出区域(以後ダックスフンドと云う)』がある。もう一つは、この「ダックスフンド」の鼻先20メートルほどのところから左下方に標高1550メートルから1600メートルの高さにかけて190メートルのながさになる見た目に『鶏の毛をむしったような形状の地肌露出区域(以後毛なし鶏という)』がある。

 この『毛なし鶏』の尾部に『機首下部』とともに『ノーズ・ランディングギア(G1)』が落下しており、そこから上方へ28メートルおいて『左ボディ・ランディングギア(G2)』10メートルおいて『右ウィング・ランディングギア(G3)』10メートルおいて『左ウィング・ランディングギア(G4)』があり、ここを起点に『左主翼ほぼ全体の40メートル』が直線状

に落下しており。その中程23メートルのいちに『右ボディ・ランディングギア(G5)』が『毛なし鶏』の背中上部にかけて落下している。

 問題は、このような状況ができるメカニズムがどのようなものなのかという事である。左主翼全体が落下しているその根元に『左ウィング・ランディングギア(G4)』がともに落下しているのは容易にその可能性を理解できるが、(G4)の23メートルほど上方に『右ボディ・ランディングギア(G5)』が落下しているというのはどのような事態があったのか理解に苦しむ(問題1)、また(G4)の10メートル下方に『右ウィング・ランディングギア(G3) が落ちているというのも理解し難い(問題2)、さらに(G3)から10メートル下方に『左ボディ・ランディングギア(G2)』が落ちているという事も理解できない(問題3)、またその下方28メートルのところ『毛なし鶏の尾部』に『機首下部とともにノーズ・ランディングギア(G1)』があるわけで(問題4)、この『わけのわからない落下状況』 これが第二の『シンプルな証拠の起点』である。

 (問題 左主翼全体が落下しているその根元に『左ウィング・ランディングギア(G4)』がともに落下しているのは容易にその可能性を理解できるが、(G4)の23メートルほど上方に『右ボディ・ランディングギア(G5)』が落下しているというのはどのような事態があったのか理解に苦しむ.

 少なくとも、群馬県警や対策本部・調査委員会は『毛なし鶏の頭部に墜落して、その足下までと「ダックスフンド」の後ろ足下までの扇形に広がり、機体客室A,B,C,D,Eの五つに分解分散したという考え方』である。

だから、このギア(車輪)の(G5)(G4)(G3)(G2)(G1)分解分散状況とは矛盾が甚だしいのである。

 右主翼のほとんどが「ダックスフンド」の地域に落下しているのに、何故(G5)が「毛なし鶏」の首背に落下している左主翼の裏側に回り込むのか、群馬県警や対策本部・調査委員会の云う落下の仕方ではあり得ない事である。

 調査報告書が示している真実、『調査報告書にあわせたために』公開されているのは少しだけれども対策本部の検証が記し残してくれた検証資料の真実を拾い上げる事だと考えている。そこで、『付図-14- の「毛なし鶏」の首背に次のような順位で『直列に並ぶ五つの車輪の「落下のメカニズム」』を明らかにしたい。

直列に並ぶ五つの車輪

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位置| 落 下 部 位 |

(G5) 右ボディ・ランディングギア   

(G4) 左ウィング・ランディングギア   

(G3) 右ウィング・ランディングギア

(G2) 左ボディ・ランディングギア

(G1) ノーズ・ランディングギア

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そのまま落下した場合に想定されるのは次のような配置である。

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             (G3) 右ウィング・ランディングギア

             (G5) 右ボディ・ランディングギア

(G1) ノーズ・ランディングギア

(G2) 左ボディ・ランディングギア

(G4) 左ウィング・ランディングギア

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 以上から見えてくる問題は、

(G5)右ボディ・ランディングギアと(G2)左ボディ・ランディングギアの間を切り裂く力が働いた結果である事が明らかである。そして、なぜ(G1) ノーズ・ランディングギアが「毛なし鶏」の尾部に落下しているのかという事である。

 しかも、ノーズ・ランディングギア(G1)は「機首の底部」と共存しており、その「機首底部」の一部は25メートル上方(北東)にあり、(G2)の10メートル左にある。そして、その「機首底部」の上にあるべき「操縦室の前面計器盤の計器が散乱している場所(I1)」が左下17メートルの位置である。機首の右側は副操縦士席で、その後ろにある航空機関士計器盤の「計器散乱場所(I2)」が(I1)から30メートルはなれた上方の「毛なし鶏」の腹部にある。つまり、コックピットを真二つに切り裂く破壊力が入り込み、機首底部を切り裂き、 (G5)(G2)の右と左のボディ・ランディングギアをはね飛ばし(G4)(G3)の左と右のウィング・ランディングギアの後ろに回り込む形で二分した結果だと考えられるのである。

 しかし、これでもまだ、もう「いくつかの層の動き」がなければ説明がつかない。

どういうことかというと、(G5) (G4) (G3) (G2) (G1) という直列の並び方がどのようなメカニズムと力関係で生じているのか『シミュレーション』してみる必要があるということである。

 胴体 C 部位の『(F4)胴体部(L3ドア周辺及び上部)』を「毛なし鶏」足下に落とし、それから60メートル東の膝の位置に胴体 B 部位の『(F3)胴体(L2ドア周辺)』を落とした後の『機体の状態』を推測すると、次のようなものである。

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コックピット狙撃前の機体の状況

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『胴体 A 部位の機首・胴体 B 部位の若干と(F4)(F3)の胴体底部・左主翼全体と車輪全部』を保持した状態で、『左主翼を上に向けて、胴体は半捻り右側面を下にしている状態で「(I1)(I2)を結ぶ直線の中点を左へ(Xメートル)、上へ(Yメートル)の位置にある。

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その状態の、『コックピットに向かって狙撃』した。と考えてみた。そうすると、『付図  14 』の示す状態を形成したのではないかと思うのである。

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少なくとも、「この狙撃」の前に『NO3 エンジン』『NO4 エンジン』を狙撃している。

NO3 エンジン』は、『胴体部 D 』狙撃後150メートル向かいの峰に回り込んだ瞬間に狙撃、『NO4 エンジン』はコックピット狙撃の前という事だと考えている。

 

狙撃を可能にする技術とは

 さて、このような瞬間の狙撃を可能にするものとは何だろうか。

F117 という飛行体は『ステルス機』と云われているが、飛行原理は全く秘密にされてきた。

1947年にロズウェルで『デルタUFO』が米軍とりわけ『エリア51』で乗員と機体について研究されてきた。アメリカという国をひとくくりに『アメリカ国』という事はできないという認識になったのは私にとってほんのつい最近の事である。建国当初はいざ知らず、『リンカーンが暗殺された』時からどうやら『アメリカ国』は『ロスチャイルド・イルミナティ』の支配下に入ったのだと思われる。従って、その後常に『国家』と思わせる『組織』と『ロスチャイルド・イルミナティ』の支配組織とが『二重組織として機能させる仕組み』になっている。そして、それが世界に展開しているから『日本の組織も二重組織』になっているのだ。それを『アメリカ派』などと表現している人がいたが、そうではなくて『ロスチャイルド・イルミナティ』の支配組織だと考えるべきだ。例えば『中曽根康弘』がその一人だ。だから、日本が独自外交をしようとするとその人物を暗殺したり、自殺に見せかけて殺したり、一服盛って病気にさせるし、技術者を暗殺してシステムを独占するので123便事件が起きているのである。今では、『デルタUFO』は『ロスチャイルド・イルミナティ』の支配下にある基地(エリア51とか、エリア52)に何千機もの『デルタUFO』を地下基地に収納していると思われる。

 1985年の当時既に F117 は実践配備されていた模様であり、飛行原理は離陸はジェットエンジンを使って上空にいくと UFO 原理で航行するという代物だったのであろう。ロシアの隕石落下に際して UFO が隕石を追尾一瞬前方に回り込み破壊している映像が、正に一瞬の出来事として見られた事はつい先頃の事である。F117 をそれと匹敵する飛行技術をパイロットが持っていたかという事にはあまり自信はないが、可能性はあると思っている。

付図 14 残骸分布図 墜落地点

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/5e/65b84cd160b45fe2558bf04483dfe25f.jpg

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この事実が本当であるならば

    どういう事態が考えられるか

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 この状況は、重層的な要因があるという事である。つまり一回こっきりで通り過ぎて形成されたのではなく何回かの違った方向からの破壊力に動かされた事によって形成されている部分がある事である。

 この重層の『層』一枚一枚をはぎ取っていって、ひとつひとつその要因・因果関係を追究していくのである。付図に記された【印】は、多くの省略されたものの代表である事を思えば、一つたりともおろそかにはできない。

 とりわけ、現場で捜査指揮を行っていた責任者が「墜落遺体」という本を出して72ページに添付されている『座席別遺体の散乱状況図』がある。これは、提出されているはずであるのに、「調査報告書」には添付されていなかったものである。この『座席別遺体の散乱状況図』が示している『遺体の印』の位置が形態が様々な真実を語りかけてくるはずで、見れば見るほど乗員・乗客の声が聞こえてくる凄まじい図面である。

 『座席別遺体の散乱状況図』

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/21/f874c72c86c83636ad65c01ff1c8114e.jpg


# by kanakin_kimi | 2018-08-12 16:47 | 告発・日航機123便事件 | Comments(0)

日本の歴史は世界を救う役割を求められる歴史である 2

33年目の夏・激しいせみ時雨
D191 と J123 はなぜ墜落させられたのか。
その共通項を調べてみた。私の頭にヒットしたのは、パーソナルコンピューターへの最初のOSである「DOS」が生まれるせとぎわであった。金の亡者ではない技術者は、自然の成り行きで情報交換が行われている。その技術を自分たちだけのものにする独占意識は金の亡者とは違うのである。それが、この事件を作った要因のようである。ビル・ゲイツがなぜこれほどの大金持ちになり、平気で世界の人口の95パーセントを殺すという考えになるのかを併せ考えれば歴然とすることである。

# by kanakin_kimi | 2018-08-11 22:39 | 告発・日航機123便事件 | Comments(0)

日本の歴史は世界を救う役割を求められる歴史である

日本の歴史は世界を救う役割を求められる歴史である

日本の歴史を考える時に留意しておかなければならない事がある。

それは、『焚書』の歴史がなぜか四回以上あるという事である。(焚書(ふんしょ、: book burning)は、書物を焼却する行為。通常は、支配者や政府などによる組織的で大規模なものを指す。言論統制検閲禁書などの一種でもあり、特定の思想学問宗教等を排斥する場合、逆に特定の思想等以外を全て排斥する場合がある。現代では書物の他、レコード写真磁気テープディスクメディアなどの情報格納メディアも対象に含まれる場合がある。

有名な例には焚書坑儒ナチス・ドイツの焚書などがある。)

四回目以降は、GHQ撤退後日本の政府官僚に影響をもたらす秘密組織CIAなどを使って、ロスチャイルドイルミナティが監視・操作して、発行禁止処分の圧力をかけていた事である。

三回目は、アメリカのGHQという進駐軍による焚書である。

二回目は、白村江の変後における唐の進駐軍による焚書である。

そして、一回目は、漢の武王による帝位纂奪の為に歴史をねつ造させる史記をつくらせるときの『出雲である斎の関係書籍』を略奪した事である。

おそらく、その際に焚書しているのであろう。(秦の焚書と言われているものは、司馬遷にやらせた武王の歴史ねつ造だと考えている)

そのような事件がもたらす不条理に対して、必ず憤怒するものが現れる事、そしてその思いが古史・古伝に書き残されているものである。

高橋良典氏が云う「山海経」「淮南子」「契丹古伝」と日本列島全体に散在する古史古伝・神話・伝説・説話がある。代表的なものでは、上記・竹内文書・東日流外三郡史がある。

これらの年代と縄文土器の年代との間に空白が見られる。

また、縄文土器に示された造形上の違和感、例えば遮光器土偶の眼鏡と細い目が暗示するものは何か。着ている衣服が宇宙服のように見られるものは何かということである。

これは、次に示す地中生活環境システムと地表生活環境システムの相違を認識する事が求められているメッセイジだとおもうのである。東日流外三郡史の古代編にはアラハバキ神を表現している絵がある。このアラハバキ神の姿を「遮光器土偶」で表しているのである。地中から地表に出るときに強い光線から目を守るためにゴーグルが必要であり、強い紫外線や温度から身を守るための衣服が必要だったのではないだろうか。

『月は誰が創ったか』が決めた私の『宇宙観』

WHO BUILT THE MOON』月は誰が創ったか・という本はクリスファー・ナイト氏とアラン・バトラー氏の共著である。邦訳は南山宏氏である。2005年の英語版2007年の日本語版である。私にとってこの本は、未来を読み解くバイブルとなった。

そして、それは従来抱いていた宇宙観が全く新しいものとなった。

それは、月が人工の宇宙船であり、月が創られたとき奇跡の地球が始まったという驚くべき事実を知ることになった。

2016年12月になってやっと次の歩を踏む頭の整理ができた。

それで、月が宇宙船であること、地球もまた奇跡の宇宙船であることを感じることになった。

自走機能を持っているかどうかはまだわからない。自走する必要が出てきたとき「地表生活環境システム」が終焉して「地中生活環境システム」に戻ったときである。

この奇跡の「地表生活環境システム」の地球を維持するためにどのようなコントロールが行われているかをこれから見つけていくことになる。

ひらめいたー宇宙観

先達・先人たちが、幾百億年かけて作ってくれた『奇跡の地球システム』の形成の歴史を『古史・古伝・聖書・粘土板・神話・宗教説話・など様々な伝承』に残し、語り部が如是我聞とツタ経てくれたのである。

一つ一つは、判じもんでなんだかわからないことでいっぱいだった。けれどもだんだんとつながりがわかってきた。殺しあったり、敵対したり、相手を認めなかったり、自分の中に閉じこもっていたりして分断されていたものがつながり始めた。

無知を利用してきたものは、無知を再生産するシステムを維持しようと懸命だ。

のような者には『支配の継続』しか頭にないのであろう。

このような考えで『地球システム』を維持していくことはできない。

太陽系システムが実現した時、まだ地球システムはできておらず、人類は「地生活環境システム」であった

大銀河系がいつできたのか、その端の位置に天の川銀河系システムがいつできたのかいずれ遠くない時期に明らかになるであろう。そしてその端の位置に太陽系システムができた。およそこんなものかという程度の判断である。

れは『月は誰が創ったか=WHO BUILT THE MOON』に触発されて、得た私の推測である。

13億4千万年前・『天の川銀河系システム』ができたと考え56億7千万年前・『太陽系システムができた』と考えてみた

月が偶然のものではないなら、およそ自然のものとは何なのかすべてを疑ってみる必要と価値が生まれた。『無限』の中での『300億年』など、まさに『一瞬間』のようなものである。

太陽系システムは、56億7千万年前に『火星システム』を形成した。太陽系システムをつくる時のコンセプトは地中システムから地表システムへと生活環境を転換する事であった。それを火星システムで実現しようとしたのである。

また、45億年前に『地球システム』が生まれ、その形成に月の形成が役割を果たしているが、そのノウハウを作ったのが火星システムである。このことは、太陽系システムのすべてにわたる『システム形成メカニズム』があったはずである。『土星システム』であり、『木星システム』であり、『水星システム』『金星システム』であり、『天王星』『冥王星』『海王星』『彗星システム』そして、『二ビル星システム』などであろうと思えるのである。

つまり、そこにはそれぞれのシステムが地球の「地表生活環境システム」を維持する役割を果たしているのだ。

そういうことが見えてくるのである。

たとえば、土星の輪はなぜできたのかということがボイジャーから送られてきた写真によってわかってきた。写真には、土星の環の中に地球の直径の数倍もの長さの葉巻型UFOが3機輪の管理をしている様子が見て取れる。これは、太陽系内の星屑がシステムを破壊しないように土星の輪という収納システムを形成していると考えられるのである。

これと同じように、奇跡の地球を保護するために、「地表生活環境システム」を維持する仕掛けがそれぞれの役割として働いていると考えられるのである。

したがって、火星システムの場合にも地球システムを作った月と同じような役割を果たしていたもの「火星の月」があったはずである。これらのシステムがなぜ必要になってきたかということも認識されていたからなのである。電磁波障害から身を守る方法は『防護壁で周りを固める』方法なのである。

気の遠くなるようなながい永い間、地底生活という時代であった。

そこから、地表に出たいと思う気持ちの自己実現に向かったのである。つまり、地底生活から地上生活へのシステムづくりである。

しかし、火星システムは30億年も保たなかった。火星自体が小さすぎたし、火星の月も小さすぎたのであろう。34億年前には大津波の形跡を残して水がなくなっていったようだ。

 その頃に地球システムに水が入り始めたのであろうか。

 今日のように、地表生活が当たり前の如くなっている現人類には、その先輩の苦労を知らず、無にするがごとき戦争や核兵器を平気で振り回している愚かな者たちであふれている。

輩人類たちが大変な思いをして作ってきた地表生活システムを破壊しているのである。その先を『エイリアン』と呼んで、あろうことか『地球を破壊する自分のやっている犯罪行為』を先輩人類になすり付けているのである。

 今もまだ、現人類を支配下におくために現人類を無知の状態を維持し恐怖を与え続ける事をしているのである。

これがロスチャイルドイルミナティのやってきた紛争・戦争を作り出し、ケムトレールを振りまき・人工地震を起こし・117』『911』『311』と同じことを世界中でやっていて、多くの人を殺し続け恐怖を与え・おどしつけて支配を続けているだ。

 国連を支配し続けているロスチャイルドイルミナティは、世界人口70億人をその95%を削減し、5億人以下にする計画を国連決議と称して、それを後ろ盾にして進めている。ジョージソロスやビルゲイツ等が喜々として、しかも誇らしく叫んでいる。この悪魔たちの姿をこのままにしていいのか。

彼らが、後ろ盾にしているニューワールドオーダー・NWO の執行機関らしい、『300人委員会』というのがある。

その名簿を自分の命をかけて公開してくれたひとがいる。

彼らロスチャイルドイルミナティは、さらに『アジェンダ21』の実行で殺し続け、いまは『アジェンダ2030』と言っている。

それが、世界人口70億人の95パーセント・65億人以上を削除するというのだ。

それは、国連の名で公然と宣言し、公然と行われている大量殺戮なのである。

これに、対抗する公然としたものがない。あるいは、あったけれどもすぐにつぶされてしまった。または、その闘争中である。

であるならば、もはや一人一人の意思でこれに対する対抗措置をするほかはない。いや、むしろそのほうが実効性があり、実現性が明確だ。

その最もシンプルで効果的な方法は、削除されようとしている65億人のひとり一人の意思で、300人委員会のメンバーを削除・抹殺する事である。(名簿はすでにブログ内でも公開済みだ)

2018年6月21日 日本人・金 澤 忻 二(75歳)


# by kanakin_kimi | 2018-06-25 10:16 | 世界革命 | Comments(0)

真犯人には、反省するということがないのか。では、これでやるしかない。

――――― 苦しいよおかあちゃん !? ――――――――――――――――――――――

   僕はなにがなんだかわからず暴れてしまった。僕の首に細いひもが捲かれた。

   僕は、もがき・暴れる。僕の首にそれは食い込み、肉をきりこんでいった。 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私がこの事件を調べてきて、到達した結論は「01911」事件と同じようにシンプルな因果関係を示していた。その結論が描き出した情景を写し取ったものが上に見るようなものであった。

01911」事件と同じようにシンプルな因果関係を示していたというのは、どういうことかというと、「ツインタワーの崩落時間が自由落下であるということ」が「ち密な計算による爆破工作で、要所要所に頑強な鉄骨を切断する仕掛けが施され、コンクリートが砂に爆破粉砕される仕掛けが施されていて、それらが同時にタイミングを合わせられることによって成し遂げられている」という事実の証明となっている「証拠」そのものである。

97524」事件の場合は、「死亡時刻は、昼食後510分後である」という鑑定結果が示している。昼食を1230分に終わったとすれば、死亡したのは1240分になる。つまり、家庭内で起きた事件である。

それを、当時の警察は「淳は1330分に家を出た」という「家族の証言」を採用して、「死亡時刻は、1340分」としたのである。

誰でも冷静に判断すれば「同じ結論になる」はずであった。

それを変更させる仕掛けがあった。

「フラッシュ効果」つまり「目くらまし」である。サーチライトを二か所以上の場所からある一点に照射すると、その一点にあるはずのものが見えなくなるのである。

それと同じ効果をつくったのである。

01911」事件では、「事前に創作していたCG映像を全世界に同時放送する」こと、ツインタワーが十数秒で崩落するというセンセーショナルな報道の出来事を目前にした時の心理的影響の効果を「イラク侵略戦争」に利用していることである。

97524」事件では、「524当日の大捜索開始までの間」 

524大捜索から527校門門柱上に頭部発見までの間」

527胴体部発見までの間」

527の頭部発見以降、報道合戦が繰り広げられ、日本中にセンセーションが展開していった。とりわけ、「頭部の口を切り裂けて挑戦状をクワエさせている」異様さが、挑戦状に書かれている内容に報道を誘導させ、「死亡日時を真っ白にフラシュさせ」見えなくしたのである。

こういうことを効果的に行えるというのは、素人にはできないし、個人ではできない。しかも、社会的・政治的背景なしには行ないえない。


# by kanakin_kimi | 2018-05-24 16:42 | A少年事件 | Comments(0)

苦しいよ・おかあちゃん

土師淳くんの「苦しいようお母さん」

のうたが聞こえる   1


 1995年1月17日「阪神淡路大震災」が発生した。Wikipediaからひろうと「1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒(日本時間=UTC+9)、淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、Mj7.3[注釈 1]の兵庫県南部地震が発生した。

近畿圏の広域(兵庫県を中心に、大阪府、京都府も)が大きな被害を受けた。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区・灘区・中央区(三宮・元町・ポートアイランドなど)・兵庫区・長田区・須磨区)の被害は甚大で、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。戦後に発生した地震災害としては東日本大震災に次ぐ規模である。

1995年1月25日の政令により、激甚災害法(激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律)に基づく激甚災害に指定。」

 この大地震が「引き金のようにして」、2011年3月11日に「東日本大震災」が発生した、「2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒(日本時間)、宮城県牡鹿半島の東南東130km、仙台市の東方70キロ(英語版の記述に基づく)の太平洋の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、日本周辺における観測史上最大の地震である。震源は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmのおよそ10万平方キロメートルという広範囲すべてが震源域とされる[1][2][3]。最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・栃木・福島・茨城の4県36市町村と仙台市内の1区で震度6強を観測した。」

 この未曾有の大災害を経験して、「117・911・311」が人工的に発生させられた「災害」である事に注目が集まった。


A少年「鎮魂」の歌が聞こえる 2
 1995年1月17日 阪神淡路大震災
 1995年 3月20日 地下鉄サリン事件(1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。警察庁による正式名称は地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件である。このような状況の延長線上に発生した、この事件は日本だけでなく世界にも大きな衝撃を与えた。)
 1997年 5月24日 〜27日 神戸市小学生惨殺遺棄事件数ヶ月にわたり、複数の小学生が殺傷された事件である。通り魔的犯行や遺体の損壊が伴なった点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、強い暴力性が伴なう特異な事件であった。また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。
兵庫県警察は聞き込み捜査の結果、少年が動物虐待行為をたびたびおこなっていたという情報や、被害者男児と顔見知りである点などから、比較的早期から彼に対する嫌疑を深めていたが、対象が中学生であるため、極めて慎重に捜査は進められた。
一方で、中学生には到底不可能な犯行とされること、警察が少年に虚偽の説明をして調書を作成したとされることなどで冤罪の可能性を指摘する者もある。 [誰?]が犯人が否定している。




 2001年 9月11日 世界貿易センタービル崩落事件

http://www.youtube.com/watch?v=_almqZvnJrc&feature=player_embedded

 2011年 3月11日 東日本大震災
1995年から2011年にわたる16年間にさまざまな事件が発生している。事件 鎮魂の歌が聞こえる





ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ


「鎮魂」のうたが聞こえる 3

『神戸市小学生惨殺遺棄事件』 発行責任者 金 澤 忻 二

事件構造と真相解明の順序

どのような事件であっても、それがたとえ謀略事件であったとしても、 その真相解明の作業は基本的には同じである。事件が発生するとき必ず  さまざまな要因が絡みあい、事件というものの姿も多様に形成されてい  く。大きく分けると、二つに分けられる。

一つは、発生した事件と同時又はそれ以前に形成した事件群があり、   二つは、発生した事件以降に捜査活動などとともに形生した事件群が   ある。

これらの事件群を、何を主にし、何を従にして見るかで変わってくる   のである。事件の態様をしっかり見据えておかないと、主要事件から   はなれて、枝葉の関連事件に振り回されることになる。

死亡事件の真相解明に当たって留意しなければならないことは、発生   した事件群は多くの事件が縦横に重なりあっているので、これを『死   亡時刻以前の事件群』と『死亡時刻以後の事件群』に整理しなければ   『死亡事件の真相』にたどり着けないということである。

ここで、正確な死亡時刻を求めなければならないことは当然のことで、  常により正確な時刻へと修正していくことである。それに伴って様相   はがらりと変わっていくことになる。                 したがって、死亡時刻のより正確な情報をとろうとしない捜査当局が   どのような姿勢であるかは自明である。

それにもかかわらず、大の大人達がよってたかって14歳の少年を犯人   に仕立てていく手練手管が繰り返され、狂想曲が吹き荒れていたので   ある。                     心理学者を自称する人たちや物書きの人々が参加して、繰り広げてい   た論点はほとんが『死亡時刻以後の事件群』に対する論評であり、死   亡事件の真相からますます離れていくのである。これに逆らおうとす   れば、袋叩きになるありさまである。

   死体解剖の鑑定によって『死亡時刻』は胃の内容物が昼食に食べた   カレーを示し、昼食後5~10分と特定しているのである。       土師家の休日の日常における昼食は12時少し前から行われていた。   したがって、遅くとも12時30分には食べ終わっていたはずである。   だから、12時40分が死亡時刻となっていたといえるのである。

  5月24日10時間20分+25日の24時間+26日の24時間+27日の    5時間30分 =通算で 63時間50分の間隔(その間土師家周辺地域    くまなく大捜索が行われている)を置いて頭部やその後胴体部が発    見されているのである。


  タイムテーブルで見る

   1997年5月24日(土)学校は休みで、土師家の二人の兄弟は家     にいる。通常12時には昼食をしていた。               鑑定の食後5〜10分に死亡という事は、淳君は自宅にいる事になる。

  13時40分以前に発端となる事件が発生 .13時40分以降第一ラウン    ドがはじまる. 20時50分警察に捜索願を出す 。 

  5月25日 (日) 終日大捜索 。 5月26日 (月)11時 より公開捜査。 5月27日 (火)  5時30分以前 頭部切断まで、           虚構形成の第一ラウンドが終了 。

  5月27日 (火) 頭部を校門に置く時刻以降第二ラウンドがはじま    る。-------------

   6月04日(水) 神戸新聞社へ犯行声明(第二挑戦状)。----------  6月28日(土) 18時50分 A少年自宅を家宅捜索開始。                19時05分 A少年を逮捕。                      21時35分 兵庫県警山下捜査一課長記者会見。            24時過ぎ A少年自宅の家宅捜索終了。

   7月06日 (日)13時50分ごろ向畑ノ池の捜索で供述の金のこ発見 。 7月09日 (水) 10時20分ごろ―同上―ハンマーとナイフ発見 。 7月19日 (土) 『犯行メモ』の全容報じられる 。---------------- 8月04日(月) 午後神戸家裁第一回審判A少年認否保留・審判終了 後精神鑑定決定。( 以後10月2日まで60日間A少年の精神鑑定。)--- 9月26日 (金)『懲役13年』の作文が捜査当局より公表 。--------

淳君が「13時30分に家を出た」という家族の証言の 証明は成立しているか ------------

死亡時刻から、死体が発見される時刻までの63時間50分はきわめて重要な意味を持 っている 。死体の発見を遅らせることによって何かをしようとしたのか、それとも、何 かをしようとして結果的に遅れてしまったのか。そのどちらをも想定することができ る。

それは死亡時刻を実際よりも遅らせるように偽装しようとした意図と、殺された場所を わからなくする意図が考えられる、しかし、冷凍処理をしたのは、死亡時刻とそれほど 時間をおくわけにはいかないということの意図があるようでもある。


胴体部が発見された場所が、殺された場所でもあったとすれば、血痕や首の切断面など の状況が

示している事実の科学的な情報は、それを否定して、殺された場所から発見された場所 へ死体を移動したという事を示しており、かえって犯行場所を隠蔽しようとしているこ との証明となる。

そして死亡時刻から頭部発見までの時間がかかり、その割には腐敗の進み方が極めて少 ないという事実と首の切断方法やその器具、使用場所、などの想定される事実、さらに 死体を移動するためには明らかに死体を冷凍しなければできないという連関が合理的に 合致することである。


行方不明の捜索という問題は、通常なら親が何度もなんども頼み込んでもその日のうち に30人の警察官を専従で動員するなどの捜索をしてくれることは極めてめづらしいこ とである。----------------------------------------------------------------

これは、あらかじめ事件の発生を確知している場合の状況判断を示しているようにみら れる。

このような、異常ともいえる早い取り組みと24日・25日の連日行方不明者の大捜索 を行い、26日11時からは公開捜査に踏み切るなど自治会にも働きかけた大々的な捜索 活動が続けられていたのである。そのような中を淳君の死体を何処かに隠しつづけてい たことになるのである。


しかも、何回も捜索され直前まで人の目が入っている現場で、死体を発見させるという 瞬間移動をやってのけているし、発見した警察官をどういうわけか表彰までしているの であるから、これはもう一般人のなせる業ではないことが常人の目にははっきりしてい るのである。-------------------------------

しかし、警察はこれを、14歳の少年に押し付けた。A君が逮捕され、両親から隔離さ れ、弁護人か

らも弁護されない絶望の淵に立たされた中で、筆跡鑑定の虚報で自白を強要して、その 自白のみで、犯人だとされた事件がある事。


淳君が家を出たとされる時刻13時30分以前にはなにもなかったのであろうか。---- 死亡時刻が13時40分だとされている。この10分という時間は何を意味しているの であろうか。--------------------------------------------------------------------- また、黒い自動車と不審人物や黒いポリ袋を持った男を目撃している情報が示している 事件がある事。------------------------------------------------------------------- C少年は本当は自分の趣味で書いていただけなのに、その作文を不当に利用された事件が あったこと。

C少年にたどり着いた捜査官と、C少年を捜査方針からはずそうとする捜査官との落差を 感じさせる。そこに何があったのか。--------------------------------

真相を報道しようとした記者が、そしてまた、真相をつかんだ警察官が別のセクション へ左遷されまた右遷された事件がある事。------------------------------------------ A少年が犯人ではないことを示している捜査情報の記録を隠滅・削除された事件がある 事。ーーー

など等、さまざまな事件が縄のようにあざない織り成しているものと知るべきである。


したがって、このようにさまざまな事件の絡み合いは、乱暴な言い方をすれば、良識の 人と悪意の人との相克を表している。

また、言い方を変えれば『真相を解明しようとする人と、真相を隠滅しようとする人との相克が、す

べての組織やセクションで、展開している。』ということになる。

権力を持ち、真相を隠滅しようとする極少数の人たちが、多くの消極的な協力者や、いやいや協力

せざるを得ない人びとを、その足許につけこんで組織している。真相を解明しようとし、それを報道・

捜査しようとする人たちを排除することによってなしているということである。

もう一つの事件構造  ーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 事件の真相解明をするために、もうひとつの『事件構造』の見方を整理しておく必要がある。土師

淳君が行方不明になり頭部が切断された死体で発見された事件、これを(発端となる事件)=『

神戸市小学生惨殺遺棄事件』 というものと、A少年がその事件の犯人として逮捕された事件、これを(冤罪事件)=『神戸事件』 というこの二つ事件に大きく分けられることから、この”発端となる

事件”と”冤罪事件”とを明確にわけて考えるということである。

そして、『発端となる事件』の真相を解明することを何よりも優先することである。--------------------------------------------------------------------- ここで再度確認をしておかなければならない。それは、淳君の死亡時刻を特定するためには死体が

発見され、解剖鑑定がされなければならなかった。------------------------

そして、県警は捜査本部を発足するとともに『神

戸市小学生惨殺遺棄事件』と命名した。即ち、県警はこの段階で『死亡時刻以前の事件群』と『死

亡時刻以後の事件群』を既にひとつの事件として取り扱おうとしていたのである。


鑑定結果では、死亡時刻を昼食後5〜10分とみていたにもかかわらずである。----------------------------------------土師守氏は淳君が家を出たのが13時30分

という供述をしていた。--------------------そこで、昼食後というのと家を出たというのが重ねられて、死亡時刻を13時

40分と考えたようである。-------------------------------------------------------------------------------昼食をとってから死亡するまでどれほどの時間が経過し、さらに冷凍処

理されるまでにどれほどの時間が経過したか解剖のデーターからわかるはずである。------------------ 冤罪事件の真相解明とは発端となる事件の真相解明をすれば、おのづからその真犯人が明確になり、同時に、冤罪事件の

真犯人も明らかになってくるのである。しかし、順序を間違えると真相解明はできない、あるいは遠

回りをすることになる。

ですから、あくまでも真相解明とは『発端となる事件の真相解明』でなければならない。---------- 再度言う、『発端となる事件』の真相が解明されたとき、その『真犯人』が明らかになる。そして、『

冤罪事件』の『真犯人』も明らかになる。----------------------------------- ところが、これによって直ちに冤罪被害者が無罪になるわけではない。とりわけ、裁判で確定してし

まっていると、現在の法律では再審請求審で裁判のやり直しの決定がされなければならない。

しかし、再審開始の要件は、新規にして明白な証拠を求められている。

たいていの冤罪事件は、捜査当局の誰かが証拠を捏造しており、検察当局が自分たちの都合の

いい証拠しか法廷に提出していないので、全証拠の全面的な開示をしない限り、真相解明を裏づ

ける証拠の発掘が困難である。

捜査活動の中で収集された証拠物の全面的な開示をしないということが、明白な証拠の隠滅であ

るという認識がない。このことが冤罪を発生させる構造的要因のひとつである。そして、時間が経

過していて、新規の証拠を掘り起こすこともできない仕組みになっている。------------- これらの本来、不当で理不尽な事が現在の法律体系ではまかり通っているということ。また、新聞・

テレビ・ラジオなどがうその報道をして、一般視聴者への刷り込みを行っていること。無罪になって

も、うその報道の責任を取ったためしはない。------------ さらに、一般視聴者が批判的に物事を見る努力をせず、警察の言うことや、それを報道する新聞・テ

レビ・ラジオの言うことを鵜呑みにして、いわゆる追い込みという、被疑者を犯人と思わせる世論を

形成することに加担してしまい、-------------------------それを背景にして警察が被疑者を安易に逮捕しやすくしていること。-------------------- 警察・検察はそういう世論につけこんで、何でもありに拡大する。冤罪者を絶望させ、孤立させる。

そして、『自白』を誘導する。これが落とし込みである。---------- 裁判官は、真相解明の訴訟指揮をせず、手続きの体系を後生大事にして、そこから人間を排除して

、無実の人に、有罪の烙印を塗り込める。法込みである。---------------- どのようなところでも時間もかかるし、金もかかることは誰でもわかっていることである。予算がない

場合の問題はそれそのものの問題として社会的に明らかにすべき事である。それをせずに問題の

すり替えをしている。予算がないからといって冤罪者ををだしていいという理由にはならない。-------------------------------------------------------- 犯罪被害者とは、当事者だけでなくその家族や縁者にまでいたっている。この事実は明らかにされ

てきたが、冤罪被害者というのも当事者のみではなく、家族やその縁者にまで多大な被害をおよぼ

していることを明らかにしなければならない。------------- そのほか、多数の事件が縄のようにない混ぜながら発生しているところにも多くの被害者がいるこ

とを忘れてはなるまい。それらすべての被害者は泣き寝入りするのでなく、損害賠償の訴訟を、ま

づ、起こすべきで、その勇気をこそ広げなければならないのである。


これらの冤罪事件が発生することに関わる真相解明は、『発端となる事件の真相解明』の後行うと

いう自主規制のイメージを持ち続けながら解明することである。


そして、なによりも『冤罪事件の真相解明』の目的は、二度と冤罪事件を起こさせないことであり、

冤罪事件を起こさせない法的予防保全と事前の市民による批判能力再生産の態勢を作ることにあ

る。 ------------------------------------------------------------ 

鳥瞰して観る

昼食をとった後10分間の行動範囲は限られたものになる。家を出た後すぐに自動車に乗せられたのであれば、自動車の行動範囲に広げられ、自動車の 車内で首を絞められたのであれば、その行動範囲はさらに広がることになる。

 しかし、淳君が死ぬまでの殺害犯行時間は認定によれば、この10分間だ     けなので ある。A少年でなくても、大のおとなでもこれは無理であることが     歴然としている。

 そうであれば、その出発点である13時30分に家を出たというのは証明が    成立しているのかどうかがきわめて重要な問題なのである。この証明が成立し    ていなければ、土師淳君が家から出てはいないという問題になるのである。し    かし、それなのに今まで問題にされていない、ここが重大な盲点ではないだろ    うか。-------------------------------------------------------------------- 

5月24日(土) 13時30分は事件の真相と虚構を分ける時間の分水嶺 昼食の    カレーを何時ごろから食べ、何分に食べ終わったのか。昼食時刻は死亡時刻と    重なり、犯行時刻と重なるのである。つまり、12時30分に昼食を終わった    とすれば、死亡時刻は12時40分ごろになり、同時に犯行時間帯は 12時40分   よりも前になるわけである。

                           

 昼食が何時にとられたのかということは、この事件では決定的に重要なことである

事が認識されるであろう。それにもかかわらず、この問題に対する捜査が何故行わ

れなかったのか、1997年5月24日(土)は学校が休みであり、普通なら昼食は12時から取るであろう。カレーであるから、おそくても12時30分には食べ終わっている。こんなことは、基礎捜査でやらないはずはないから、その捜査情報を抹殺したのであろう。

おそらく、捜査内部での激論があり、結果として捜査情報の抹殺とともに捜査官も

排除されたのであろう。------------------------------------------------------------------------------------   

土師家の食堂が場所の分水嶺

土師守氏は、13時30分ごろに家に帰ってきたとつぎのように述ている。

「子供たちはすでに大好きなカレーライスで昼食を済ませていた。わたしは、妻と二人分の竹の子弁当を近所のお弁当屋さんで買って帰り,この時、食べ終わっていました。」「あの日、私は竹の子弁当を買ってきましたが、淳に、”食べるか?” と聞いたら ”うん、食べる”と言って、私の箸から直接、竹の子やおひたしをもらって食べたものでした。」

 この土師守氏の話にはなんとも不思議な感じを禁じえない。カレーは誰が作ったのか何故、「妻と二 人分の竹の子弁当を買ってきたのか」「妻はカレーが食べられないのか」『このぎりぎりの時間の接点は何なのか。』「何故、竹の子弁当を買ってきたのか」疑問が噴出してくるのである。


  

 淳君の胃の内容物の中に弁当のおしたしの菜の花は本当にあったのだとすれば、守氏が家に帰ってきた時刻が13時30分で、菜の 花の入った弁当を買ってきたのも間違いないとしたら、土師守氏が家に帰ってきた時刻は、本当は12時30分以前であったという可能性も考えられるからである。

『5月24日』を隠すためにとられた「挑戦状」


  

 タイムテーブルを整理していると、基本的で重要な事実がするりと抜け落ちている ことに気がつく。それは、5月24日の土師淳君の行動や、A少年の行動について 分刻みのタイムテーブルを作らなければならないところのものなのだが、それらは ほとんどかかれていないのである。「5月27日の異様な事態、異様な状況、異様な頭部、それぞれが”みんなの頭から”5月24日を真っ白にしてしまっているのだ。」   それらの異様さは、まさに”みんなの頭から5月24日を真っ白にする”効果を目

 的にしたものであったと思うのである。


  

 それにとらわれた捜査・報道そして、世論のみならず、救援活動すらも彼らの手に 踊らされたといっても過言ではない。それほど彼らはそれぞれのセクションに人材

 を配置していたのである。そう考えなければつじつまが合わない。


  

 通常、親たちが自然に子供の日常を語るものだが、土師淳君の「生存証明」が消

 されているということである。淳君が朝起きてから昼食までの間はどこで何をして

 いたのか、昼食は何時、どこで、どのようにしたのか、父・守氏はどこへいっていて 、どこから帰ってきたのか、母の声が聞こえてこないのはどうしてなのか、今も私

 には淳君の母親の声は聞こえてこない。これがわたしに土師家の異常さを感じさせたのである。

土師家で”事故”がおき、淳君はいえをでていなかった?


  

 5月24日昼食後、土師淳君が家を出ていなかったとすればどうなるのか。こうい うことが考えられない理由や根拠があるのか。


  

 家族が警察には出て行ったといい、行方不明になったと大々的な捜索活動をさせた のである。そしてそれ以降     の事件が発生したのである。


  

 こうかんがえると、見えてくるものがある。----------------------------------------------- 淳君の父土師     守氏は、1998年8月26日神戸地裁に事件の真相解明のために A少年の両親を相手に損害賠償の民事訴訟を起     こしている。しかしこれは、A少年の両親というより、弁護士から和解の申し入れをして、土師守氏側もすんなり受    け入れているのである。-------------------------------------------------------------------------------------

 土師守氏本人が「真相解明のために提起した民事訴訟」であったはずである。そして、A少年側にとっても「真相    解明の絶好の場」なのに、という思いがある。それなのに、公判第一回めから弁護士が出席していないというのはい    ったいどんな理由があるのであろうか。-----------------------------------------------------------------------    つまり、A少年側から和解の申し入れをさせることによって、一億四百万円は不問 にすると言うものである。誰が「    真相解明の絶好の場」を一億四百万円の損害賠償に応じてまで失う馬鹿がいるものか。絶望の淵に立たされているもの   に追い討ちする「損害賠償請求」なのである。-----------------------------------------  ようするに、「真相を究   明する会」などにA君の両親と一緒に民事訴訟でやられる 前に布石を打ったという見方をすればいいのではないだろう  か。

 土師守氏の友人に山下氏がいないか 、山下彩花ちゃんと山下征士氏が、どこかでつながる糸でもあるのか。

兵庫県警本部長と刑事部長との間で生じている捜査内部の真偽の相克

 公安出身の兵庫県警本部長が刑事部長に相談もなく公安を動かしたことで、対立が生じていたといわれている。     これも実はきわめて早い段階からであったのではないか と思われる。----------------------------------------      ------------------------------------密かに公安が動き出した (事件発生の想定)      『5月24日12時40分に土師家で事故が発生した。13時30分に自宅に帰った土師守氏が呆然としている     妻を慰めながら、考えた。そして、山下氏に相談した。

そこで、山下氏は上司の刑事部長ではなく県警本部長に相談した。

そこで、―――県警本部長は公安調査庁の発想でこれに対処することにし、少年法 改正にとりくむレヴェルでの     根回しをしながら、対処法をつくらせ、その部隊を動かした。 彼らの日常的な謀略策定計画の機は熟していたの     であろう。土師守氏に対しては山下氏のほうからすべてを私に任せろと因果を含めたのだろう。 相談が終わった     20時50分直ちに、警察への捜索願を出し、自治会など大々的な捜 索が始まった。

通常では、行方不明の捜索には重い腰の警察が、すぐに30名の警察官を動員する ほどの対応をみせた。戒厳令     下のような雰囲気の中で、密かに公安の部隊が動き始めた。「淳君の遺体を箱詰めして近くの大きな冷凍庫を持つ     会社または病院に持ち込まれ たか、または、冷凍車を横付けして車に運び込んだ。」』--------------このように     考えると私には極めてすっきりと、謎がなくなっていくようにおも われる。

「鎮魂」の歌が聞こえる 4

『神戸市小学生惨殺遺棄事件 発行責任者 金 澤 忻 二

神戸家庭裁判所で、この事件を担当した裁判官はある意味で狙われた。裁判所の改革を進めていた一人である。ま    た、マンガの「家裁の人」のモデルとなった判事である。

彼に有罪の心証があったとは思えないが、結果として「有罪」の判断を示したのについては、あの「喧噪」、あの    「何でもありの状況」は2001・9・11と同じで、管制物書きとマスコミの狂想曲で、冤罪を主張する側まで孤立さ    せられる勢いなのである。あの「立花隆」を筆頭に「事件の焦点をねじ曲げていく」輩達の狂想曲の中では「無実の    A少年」を守るのはきわめて難しかったに違いない。そこで、いかに少年をホローするかに意を注ぐ事を決意して結    審を早めたのだろう。

公安警察か公安調査庁か知らないけれど、いかに自分たちの職場を維持する為にとはいえ「子供の首を切断してまで    猟奇事件に仕立てなければならないとは、哀れである。」土師守氏も、「家族を守る気持ちが事故処理の委託をした    ものの、子供の首切りまでするとは思いもよらなかっただろう。」

真実を明らかにしない「つけ」が、必ず回ってくる

罪の無い人に、むりやり罪を押し付けておいてそのままですむわけが無い。「冷静に真相を明らかにさせる環境」を

破壊した者達も同じ責めを負わなければならない。私も、一傍観者として「その責めを負って、これを書く事にした」。

わたしは、「真相解明は学問だと思っている」。「どうしたらうまく人をだます事が出来るか」を考えたものと闘うつ   もりは無い。人がするごまかしは、たかが痴れていると思っている。人がするごまかしは、その当人に必ずかえってく   るからである。当人が知ろうが知るまいが、必ずかえってくるのだ。知らずにやっているものまで、かえってくるのだ   から。これは何だろう、輪廻転生のようにも思える。因果応報のようにも思える。私の罪は、この事件を知るのが遅く、  それに対する行動が遅く、今まで世間にこの事件の真相を訴える事をしてこなかった罪である。A少年に謝っても遅す   ぎるだろうが、ごめんなさい。



# by kanakin_kimi | 2018-05-18 22:05 | Comments(0)

地中と地表のシステム

「地中生活環境システム」と
「地表生活環境システム」
火星での地中から地表への大転換は、それ以前からの長い時間を経てたどり着いた一里塚であったのだろう。
こんな発想にたどり着いたのは、稀有なことなのであろうか。
「地表生活環境システム」を完成させた「地球システム」では、その「維持管理」のほとんどを「先輩・先達」である人類が行っている。我々後輩人類は、まだその事実を認識できていない。このギャップは何なのか。

地中生活から地表生活に環境が変化するとき、明るさの違いが問題になる。縄文土偶は、光をできるだけ抑えるための眼鏡をかけている者、紫外線から身を守るための衣服を着ている者が古代の記憶として土偶に残されている。

あの遮光器土偶には、そのようなシステムギャップシンドロームが隠されているのか。




# by kanakin_kimi | 2018-05-13 23:46 | ピラミッド | Comments(0)

地球システムを考える

地球システムを考える


[太陽系] 惑星の旅①

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地球ができる歴史というのは、太陽系システムができる歴史・その太陽系システムを内包する銀河系システムができる歴史というように連綿と続く大銀河系システムへと連続する歴史として認識される。


我々は、できるだけ早く「無限」を正しく認識されなければならない。これが全てのネックになっているように思われる。


無限が正しく認識できれば、「宇宙」の認識も、銀河生成の認識も変わるであろう。


それは、「生死の無限という連続」を認識できることになるからである。


「生死の連続」が認識されるようになると、生の寿命が長くなる。


「生の寿命」は、無限の認識獲得なくしては得られないという相関関係がある。


それは「DNA」が新しくなる機序であるのかも知れない。

現在の「DNA」のらせんの数は「2」であるが、おそらく「4」に変化するのではないかと思われる。


『地表生活環境システム』ではらせんの数は偶数なのではないだろうか。


ラセンの数が「4」に変化する転換点の年齢は何歳であろうか。


この転換点を規定するファクターは何であろうか。


認識成長のファクターとして「生の寿命」は、無限の認識獲得なくしては得られないという相関関係があるということを先に述べた。


つまり、「生の寿命」は、「無限の認識獲得の相関関係」にあることをうかがわせる。すなわち「認識年齢」との連動ということなのではなかろうか。


若くても高い認識を獲得している人がおり、年老いても認識の低い人がいるということは事実であるが、年老いても認識が高くなるということが「生の寿命」を規定していくことになるのではないのか。


「生の寿命」に「若さの連続」が加味されるのである。


さらに、思いを巡らせれば『地中生活環境システム』では、らせんの数は奇数なのだと思われる。

墜落UFOに乗っていた人類の遺体を解剖し、DNAを検査計測した結果「らせんが5」であったという情報を聞く。


これが事実であれば、明らかに『地中生活環境システム』に長期間居住していたことが影響していることを示しているのではないだろうか。『地中生活環境システム』でのはじめは、「ラセンは3」であったのではないか。


つまり、その「らせんが5」の人は年齢が高い人物であり、地球年齢が千歳以上で場合によっては万歳・億歳というほどのものではないだろうかと思うのである。

こう考えると最早生存年数が増加する加齢という事実と老化という事実は連動するとは限らないということを示しているのではないだろうか。


仮想真実と実態真実を峻別できず、仮想の事象を実態真実だと思い込む混乱状態にある人々がおり、それが「生の連続」を認識できないでいるのだと思われる。


その状態の人物を利用することによって学問世界に混乱を持ち込み、学会の構造を支配構造に取り込んでいるのである。


それが、「歴史学」というものにもっともよく表れている。もちろん、すべての学問にその構造がもちこまれているのである。 

その支配構造を維持しようと考えている者のDNAのラセンの数は奇数の3なのではないだろうか。

「地表生活環境システム」を大切にせず、自分たちだけ「地中生活環境システム」に戻ればいいと考えている輩なのである。

「地表生活環境システム」の大切さを認識しえていない者であり、「地中生活システム」の発想しかしえない事実はそれを物語るように「アジェンダ21」で「地球人口70億人の95パーセントを削減して5億人以下にすればいいと大量殺戮を実行している」のだと考えられる。


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# by kanakin_kimi | 2018-05-05 09:47 | 八百万の神々 | Comments(0)