アインシュタインシンドローム 27

ー 石橋鎮魂 ー 富山鎮魂 ーー ⑶

電報ゲームというのは、一定の文章を何人かで伝えていくうちにはじめの文章とは全く違った文章に大きく変わってしまうという、その面白さをゲームに取り入れたものだ。
石橋さんの状況を妻から最初に誰が聞いたのか。富山さんが電話で聞いた女性Aという人がそれなのか。それとも、その女性Aの前に誰かがいたのか。このことは、「ハコヤ」という言葉が「分水嶺」となったことに伴う「場所の分水嶺」となる。つまり、石橋さんが語った言葉①から、富山さんが電話で聞いた言葉n①に至る分水嶺なのである。
つぎに、石橋さんの言葉を妻が聞いた時刻②は何時だったのか。そして、富山さんが電話で聞いた時刻n②は何時だったのか。これも、「ハコヤ」が分水嶺となったことに伴う「時間の分水嶺」なのである。
さて、真相解明のマニュアルの第一は、真実と虚偽の分岐点となる要素をまず見いだすことである。具体的な物証が提出されている場合は、その物証間におのずから矛盾が露呈されるのである。
この事件では物証は皆無であり、状況証拠を積み重ねて人がする判断を混乱させることに努力が払われ
ており、真実を明らかにしようとはしていない。そして、結局有力な証拠として寄りかかっているのが
「妻が石橋から聞いたとする言葉ハコヤ」であったのである。
つい先ほどまでの信頼関係のある石橋と富山から、突如として「富山に薬をもられた」という言葉は、流石に出ていない。富山に誘導する言葉「ハコヤ」がその役割をもたせられた。どうやら、そこに「ハコヤ・・」と「薬を盛られた」という言葉をつなげたものが分水嶺の中にいるのである。
石橋が云った言葉は、夏の夜の夢のザクロのシロップのような色合いの飲み物を連想され、妻に最後の
愛の言葉をこめて「ハコヤノヤマ」のフレーズが出たのであろう。
しかし、妻には「ハコヤノヤマ」がなんのことなのかわからなかったのであろう。
by kanakin_kimi | 2011-02-13 23:06 | 波崎事件 | Comments(0)


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