アインシュタインシンドローム 32

なんで、こうなるの・ーーー というフレーズがある。
あちらを立てればこちらがたたず、こちらを立てればあちらが立たずというような局面がある。複雑に絡み合って本当の原因にたどり着けないという事態が頻出し、あちこちで立ち往生している。現在進行しているいろいろな現象に対して、多くの人びとがいだいている問題である。
そういう場合は、ちょっと距離をとって全体が俯瞰出来るところに視点をおいて見るのです。
そうすると、真実と虚偽の分岐する分水嶺が見えて来ます。
それを浮き彫りにしてくれる問題があります。
「犯罪」を「災害」に置き換えるということで浮かび上がるのです。
「冤罪事件」が発生するのは、警察の取り調べに問題があるという切り口もあります。しかし、警察官の立場からすれば、予算の限界があるからいつまでも真実を追っている余裕がないという切り口もあります。また、それを報道するメディアの調査報道をしないでスクープ合戦に走るという問題。さらに、その報道をうけとる視聴者の批判精神の欠如がもたらす刷り込まれ問題。自立のないよらば大樹で弱いものいじめに走る、支配とタカリの構造などがいろいろ見えて来ますが、大体はこの「予算がない」という事からくるそれぞれのセクションの壁を理由に「真相解明」が横に置かれた結果生じている。
「災害被害者」の問題はもっと広く大きな問題をもって複雑に絡みあった結果である事が見えて来た。
それが、「犯罪」と「災害」を置きかえるという発想の転換をする事を求められています。いつだったか、田島女氏の同主旨の発言に、知りもしないくせに偉そうに頭ごなしに批判めいた言辞を飛ばしてい
る愚か者が「タケシの番組」でやっていたのを思い出した。田島さんあんな連中と同席しなさんな。
愚か者も反省したら、反省した事を公開して明らかにしないといつまでも言われるぞ。
それは、「秋葉原事件」が話しの取っ掛かりだったようだ。
経済の延長に政治や戦争があると云われるが、それは、支配の論理による経済の延長である。
みんなが賢くなり、直接民主主義が成立している国の経済には戦争は起こりにくい。また、世界が全て直接民主主義になれば、戦争は起こらない。一方的な侵略に対して防衛することを否定する世論は成立
しないし、直接民主主義の国が一方的侵略をすることはないからである。
さて、犯罪という概念は「罪を犯すこと」「犯した罪」と広辞苑には出ている。また、「犯罪学」「犯
罪社会学」にそれぞれ書かれている。この間に分水嶺をおくことが出来るのではないかと思うのである。この分水嶺は必ずしも「真実と虚偽の分岐点」を意味するものではない。
従来の犯罪の考え方は犯罪学となり、犯罪社会学は犯罪を個人が犯している罪とだけいうのでなく社会
的所産であり、社会的災害という認識をもっているように思う。
わたしは、もっと明確に「犯罪は個人的所産はありえない」と考えています。従って、「犯罪は社会災害」と認識している。
現行法規にひきづられてする判断は誤判となるでしょう。誤判にならない場合は、現行法規にひきづられていないからである。
by kanakin_kimi | 2011-02-24 17:47 | シンドローム | Comments(0)


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