P 100 システムの原理

P 100 システムとは

 ピラミッドの不思議を追っていた。ハタと気づいたのが「避難装置のイメージ」だった。311・気象災害の大型化・ハリケーン・竜巻・大雪さまざまな災害の大型化がとどまるところを知らないような状況なのである。避難・避難・避難・ひなんの連続である。今に流浪の民になってしまうのではないのか。そんな状況を思わせるのである。それに対する対応ときたら、従来の「法規的対応」の範囲内でしか出来ていない、いや出来ないのだろう。このような懸念は、いい方にも悪い方にも転ぶ危険性をはらんで入る。それが、「超法規的対応」の必要が「必然性」を帯びてきたのである。個人では対応が出来ない、ただ避難する事だけであり、今まで積み上げてきた成果は一瞬にして失ってしまい取り戻す事は出来ない。日本のようにみんなが助けてくれるというシステムも限界が見えてきた。社会のシステムの根底から考え直さなければならない時にきたのだ。
 どのような気候にも、またその変動にも耐えられる都市構造を構築し、生活構造を構築していかなければ対応できないのだ。そして、それでも、それを凌駕する災害が発生した場合はその生活空間において避難できる装置を持っていてそれでそこに居住する全員を移動できるような生活構造・都市構造にしていく事だと考えている。そう考えて「P 100 システム」のイメージが生まれた。
 考えてみれば、1ドル紙幣のあれと同じになってしまった。あの目のついている小さなピラミッド部分が反重力機関で飛ぶ、UFOのシステムで移動するということになってしまったのだ。
 何故ピラミッドなのか、という事については「ハリケーン・台風・竜巻・大雪などに耐えられる強い建物」をかんがえたからである。
 何故、一辺が100メートルという巨大なものになったのかというと、津波から逃げたくても逃げられないものを一人たりとも無いようにする為である。
 そこでこれは、はじめから一定の助け合うシステムになっており、はじめから一定の救助システムがあり、はじめから一定の避難装置があり、はじめから一定の生産システムがあり、はじめから一定のライフラインがある。そのそれぞれが、すべて自給システムとなっている。
 災害は、元々「一人や家族」では対応しきれないのです。その事を承知しながら今日まで、「一人や家族」に責任を持たせてきました。「一人や家族」が自己責任の最小単位だったからでしょう。
 しかし、災害に対する認識の欠如から生じているのは、災害は超法規的であるのにそれに対して行う対策が法規的対策だということだろう。大型化すればするほどそれが顕著になるのだ。つまり、常に後手に回るということである。超法規的対策をするということは、自己責任の最小単位を50世帯から100世帯を自己責任単位にするということである。
そのグループを「コミューンとして生産消費の全てにわたる完結型のものにする」のである。したがって、電気やガス・上下水道そのメンテナンス・医療・ライフラインのすべてをその中でまかなえるようにしておくのである。しかも、災害となる全てに対する対処ができる建築構造の一体型にするというのがこの P100システムなのである。
 もちろん、何の問題も無いという事はあり得ない。問題があって当たり前だろう。これから発生するであろう巨大災害は、「自然災害」だけではない。「社会災害」もまた大型化し巨大化する。
 
by kanakin_kimi | 2013-10-23 15:40 | p100システム・地域の避難装置 | Comments(0)


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