袴田巌さんを犯人とする証拠は全てねつ造だ!

「赤みそ一年物」は既に造っていなかった・・・「王こがね味噌」

袴田さんを犯人とした・・「証拠は全てねつ造」

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1966・--------------------------〜----------1967・・・・・・〜---------1968・--
--6・30----8・18--9・9----11・15--~---8・31----------9・12---~--- 9・11 ---
事件発生----逮捕----起訴---- 公判開始--~--五点の衣類出現--家宅捜査-~--結審判決
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---------赤みそ一年物の仕込み-----------------赤みそ一年もの搬出-----------------
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「赤みそ一年物」という前提だからこそ、「五点の衣類をねつ造」する「辻褄が合っていた」が、実際は「赤みそ一年物を作っていなかった」のだ。だから、NO1タンクには三ヶ月ものや半年ものの「樽買い」で浜名味噌などから購入した「色付けようの味噌」が何度も「搬入・搬出」して、それこそ「何度もタンクの底が見えていた」のである。その事を従業員が知らないはずはないのである。それを知らない振りをさせてきた事になるのである。それには、強烈な脅しが必要であった。「箝口令」(かんこうれい)を破ったものに対する強烈な脅し、それが望月倶輔さんの死と繋がっているのか。

ーーーーーー死の連鎖ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1966(S41)年 6月29日-----橋本扶示子(昌子)・橋本ちえ子・橋本雅一郎(藤雄)
-------------------30日-----橋本藤雄(自殺)
1966(S41)年 9月06日-----橋本藤作(こがねみそ無限責任社員、火災後の残金不審) 
1967(S42)年 8月08日-----水野豊司(こがねみそ代表取締役、会社の解散問題不審)
1980(S55)年01月13日----橋本さよ(藤作の妻・)
1981(S56)年12月29日----平垣安治(藤雄の友人66/6/29に3人で会合、藤雄の死に不審)
1984(S59)年04月16日----平垣圓一郎(平垣安治の弟、兄の死・資産略取に不審)
----------------------------望月倶輔(こがねみそ・技術課長、袴田冤罪・疑惑で不審)
1991(H03)年00月00日-----(72又は77才・・・ 不  名 )
2009(H21)年00月00日-----(62才男性・・・橋本昌子の夫雅信氏か)

2014(H26)年03月28日----橋本昌子(佳代子、警察に出頭して真実を話したい・服殺)  
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おなじねつ造でも・・・・従業員の発想ではない
 味噌の醸造の仕事に関わったものが「考えられない事を考えた者」の仕業である事は間違いない。味噌という食品を造っているものが「考えられない事を考えた者」の仕業である事は間違いない。
食品を造っている「味噌会社」をつぶす事を何とも思っていないものの仕業である事は間違いない。それは誰なのか。「死体を動かしたメンバー」であり、藤雄の最後を見ているものであり、藤雄のきていた着衣をわすれることができない者である事が分かるズボンとスポーツシャツの色合い、しかも、袴田さんがはいていたブリーフの色を知っている者であり、わざわざ古いのを探してきた王こがね味噌のサービスマッチ(海野さんが知っているか)・工場事務室の救急箱内のものと同類の絆創膏・味噌金山寺用の大豆や米麦を入れてきた麻袋などを使用している小細工が満載なのである。これはもう、捜査情報を十分に知っている者である事が分かる。その一番のポイントは「絆創膏」である。袴田さんが、火災の際の消火活動でトタンで指にけがをしている事、その時に絆創膏を使っている事を承知している者なのである。


「死の連鎖」を・・・・早く止めろ

もう終わりにしろ、元従業員全員が勇気を出して止めさせろ!
by kanakin_kimi | 2014-04-17 13:52 | 告発・袴田事件 | Comments(0)


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