「冤罪」が生まれる原因は、「法治主義」

全ての原因が法治主義

 「法治主義」というのは、「法治国家」という通称の中に閉じ込められている「謀略」だと私は思っている。
 それは、「間接民主主義」という「代議員制・議会民主主義」がじつは、「代議制支配」であり代議員による「間接支配」である事の裏返しであった事を知った。「法治国家」というものも「法支配国家」であり「法支配主義」である事の裏返しであった。
 したがって、そこにある「法の精神」とは「支配の論理」であった。この法律の原理に対する認識が、平和主義とは思いも及ばぬ「裏返しであった事」を知った。
 わたしが、「日本国憲法」を「平和憲法」と認識してきたことに、「大きな誤謬」がある事をしった。
 その原因は「自らが日本国憲法を原理的に追究する事」を怠ってきたという事につきることを知った。それは、「法律」というものを「専門」とする者の領域の問題と云う「認識の誤謬」にあった。
 さて、「法律で支配する国家」は、その「支配の論理」の「法の精神」とはどこにあるのかという事を簡単に知るには、「法治主義」つまり「法律支配主義」を「法律を守りさえすれば何をしてもいい」という事なのだと理解したのである。「戦争」であれば「人殺しが許される」というのもその一つだろう。
by kanakin_kimi | 2014-08-26 10:38 | 告発・袴田事件 | Comments(0)


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