33年目の夏・激しいせみ時雨 4
JAL123便墜落事件は、撃墜事件であった。
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機体E部位の2人とD部位のすべての乗員・乗客がその部分の機体や座席含めて扇状に破砕・吹き飛ばされた。(つぎにつづく)
これらの推測は、調査報告書の添付書類「付図 3 墜落現場の状況」http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/de/9f661cf40905ef0cab1d05a5eb7943f0.jpg
「付図 14 残骸分布図ー墜落地点」http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/76/5e/65b84cd160b45fe2558bf04483dfe25f.jpg
及び「座席別遺体の散乱状況図」http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/21/f874c72c86c83636ad65c01ff1c8114e.jpg
を「A3用紙」「A2用紙」にまで拡大コピーして使用している。
できればもっと大きくして使いたいのである。例えば、「座席別遺体の散乱状況図」の遺体をあらわす丸じるしの〇の直径が7ミリメートルほどに拡大できればいいのだが、私の持っている原本は「墜落遺体」の本からのコピーであるので薄くなってしまうのである。でこれが限界。
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D部位を破砕された残りの機体は高浜機長の執念が乗り移っているかのように、予定のコースをたどっていった。