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真犯人には、反省するということがないのか。では、これでやるしかない。

――――― 苦しいよおかあちゃん !? ――――――――――――――――――――――

   僕はなにがなんだかわからず暴れてしまった。僕の首に細いひもが捲かれた。

   僕は、もがき・暴れる。僕の首にそれは食い込み、肉をきりこんでいった。 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私がこの事件を調べてきて、到達した結論は「01911」事件と同じようにシンプルな因果関係を示していた。その結論が描き出した情景を写し取ったものが上に見るようなものであった。

01911」事件と同じようにシンプルな因果関係を示していたというのは、どういうことかというと、「ツインタワーの崩落時間が自由落下であるということ」が「ち密な計算による爆破工作で、要所要所に頑強な鉄骨を切断する仕掛けが施され、コンクリートが砂に爆破粉砕される仕掛けが施されていて、それらが同時にタイミングを合わせられることによって成し遂げられている」という事実の証明となっている「証拠」そのものである。

97524」事件の場合は、「死亡時刻は、昼食後510分後である」という鑑定結果が示している。昼食を1230分に終わったとすれば、死亡したのは1240分になる。つまり、家庭内で起きた事件である。

それを、当時の警察は「淳は1330分に家を出た」という「家族の証言」を採用して、「死亡時刻は、1340分」としたのである。

誰でも冷静に判断すれば「同じ結論になる」はずであった。

それを変更させる仕掛けがあった。

「フラッシュ効果」つまり「目くらまし」である。サーチライトを二か所以上の場所からある一点に照射すると、その一点にあるはずのものが見えなくなるのである。

それと同じ効果をつくったのである。

01911」事件では、「事前に創作していたCG映像を全世界に同時放送する」こと、ツインタワーが十数秒で崩落するというセンセーショナルな報道の出来事を目前にした時の心理的影響の効果を「イラク侵略戦争」に利用していることである。

97524」事件では、「524当日の大捜索開始までの間」 

524大捜索から527校門門柱上に頭部発見までの間」

527胴体部発見までの間」

527の頭部発見以降、報道合戦が繰り広げられ、日本中にセンセーションが展開していった。とりわけ、「頭部の口を切り裂けて挑戦状をクワエさせている」異様さが、挑戦状に書かれている内容に報道を誘導させ、「死亡日時を真っ白にフラシュさせ」見えなくしたのである。

こういうことを効果的に行えるというのは、素人にはできないし、個人ではできない。しかも、社会的・政治的背景なしには行ないえない。


by kanakin_kimi | 2018-05-24 16:42 | A少年事件 | Comments(0)

苦しいよ・おかあちゃん

土師淳くんの「苦しいようお母さん」

のうたが聞こえる   1


 1995年1月17日「阪神淡路大震災」が発生した。Wikipediaからひろうと「1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒(日本時間=UTC+9)、淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、Mj7.3[注釈 1]の兵庫県南部地震が発生した。

近畿圏の広域(兵庫県を中心に、大阪府、京都府も)が大きな被害を受けた。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区・灘区・中央区(三宮・元町・ポートアイランドなど)・兵庫区・長田区・須磨区)の被害は甚大で、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。戦後に発生した地震災害としては東日本大震災に次ぐ規模である。

1995年1月25日の政令により、激甚災害法(激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律)に基づく激甚災害に指定。」

 この大地震が「引き金のようにして」、2011年3月11日に「東日本大震災」が発生した、「2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒(日本時間)、宮城県牡鹿半島の東南東130km、仙台市の東方70キロ(英語版の記述に基づく)の太平洋の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、日本周辺における観測史上最大の地震である。震源は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmのおよそ10万平方キロメートルという広範囲すべてが震源域とされる[1][2][3]。最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・栃木・福島・茨城の4県36市町村と仙台市内の1区で震度6強を観測した。」

 この未曾有の大災害を経験して、「117・911・311」が人工的に発生させられた「災害」である事に注目が集まった。


A少年「鎮魂」の歌が聞こえる 2
 1995年1月17日 阪神淡路大震災
 1995年 3月20日 地下鉄サリン事件(1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。警察庁による正式名称は地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件である。このような状況の延長線上に発生した、この事件は日本だけでなく世界にも大きな衝撃を与えた。)
 1997年 5月24日 〜27日 神戸市小学生惨殺遺棄事件数ヶ月にわたり、複数の小学生が殺傷された事件である。通り魔的犯行や遺体の損壊が伴なった点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、強い暴力性が伴なう特異な事件であった。また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。
兵庫県警察は聞き込み捜査の結果、少年が動物虐待行為をたびたびおこなっていたという情報や、被害者男児と顔見知りである点などから、比較的早期から彼に対する嫌疑を深めていたが、対象が中学生であるため、極めて慎重に捜査は進められた。
一方で、中学生には到底不可能な犯行とされること、警察が少年に虚偽の説明をして調書を作成したとされることなどで冤罪の可能性を指摘する者もある。 [誰?]が犯人が否定している。




 2001年 9月11日 世界貿易センタービル崩落事件

http://www.youtube.com/watch?v=_almqZvnJrc&feature=player_embedded

 2011年 3月11日 東日本大震災
1995年から2011年にわたる16年間にさまざまな事件が発生している。事件 鎮魂の歌が聞こえる





ロスチャイルド・イルミナティを洗い出せ


「鎮魂」のうたが聞こえる 3

『神戸市小学生惨殺遺棄事件』 発行責任者 金 澤 忻 二

事件構造と真相解明の順序

どのような事件であっても、それがたとえ謀略事件であったとしても、 その真相解明の作業は基本的には同じである。事件が発生するとき必ず  さまざまな要因が絡みあい、事件というものの姿も多様に形成されてい  く。大きく分けると、二つに分けられる。

一つは、発生した事件と同時又はそれ以前に形成した事件群があり、   二つは、発生した事件以降に捜査活動などとともに形生した事件群が   ある。

これらの事件群を、何を主にし、何を従にして見るかで変わってくる   のである。事件の態様をしっかり見据えておかないと、主要事件から   はなれて、枝葉の関連事件に振り回されることになる。

死亡事件の真相解明に当たって留意しなければならないことは、発生   した事件群は多くの事件が縦横に重なりあっているので、これを『死   亡時刻以前の事件群』と『死亡時刻以後の事件群』に整理しなければ   『死亡事件の真相』にたどり着けないということである。

ここで、正確な死亡時刻を求めなければならないことは当然のことで、  常により正確な時刻へと修正していくことである。それに伴って様相   はがらりと変わっていくことになる。                 したがって、死亡時刻のより正確な情報をとろうとしない捜査当局が   どのような姿勢であるかは自明である。

それにもかかわらず、大の大人達がよってたかって14歳の少年を犯人   に仕立てていく手練手管が繰り返され、狂想曲が吹き荒れていたので   ある。                     心理学者を自称する人たちや物書きの人々が参加して、繰り広げてい   た論点はほとんが『死亡時刻以後の事件群』に対する論評であり、死   亡事件の真相からますます離れていくのである。これに逆らおうとす   れば、袋叩きになるありさまである。

   死体解剖の鑑定によって『死亡時刻』は胃の内容物が昼食に食べた   カレーを示し、昼食後5~10分と特定しているのである。       土師家の休日の日常における昼食は12時少し前から行われていた。   したがって、遅くとも12時30分には食べ終わっていたはずである。   だから、12時40分が死亡時刻となっていたといえるのである。

  5月24日10時間20分+25日の24時間+26日の24時間+27日の    5時間30分 =通算で 63時間50分の間隔(その間土師家周辺地域    くまなく大捜索が行われている)を置いて頭部やその後胴体部が発    見されているのである。


  タイムテーブルで見る

   1997年5月24日(土)学校は休みで、土師家の二人の兄弟は家     にいる。通常12時には昼食をしていた。               鑑定の食後5〜10分に死亡という事は、淳君は自宅にいる事になる。

  13時40分以前に発端となる事件が発生 .13時40分以降第一ラウン    ドがはじまる. 20時50分警察に捜索願を出す 。 

  5月25日 (日) 終日大捜索 。 5月26日 (月)11時 より公開捜査。 5月27日 (火)  5時30分以前 頭部切断まで、           虚構形成の第一ラウンドが終了 。

  5月27日 (火) 頭部を校門に置く時刻以降第二ラウンドがはじま    る。-------------

   6月04日(水) 神戸新聞社へ犯行声明(第二挑戦状)。----------  6月28日(土) 18時50分 A少年自宅を家宅捜索開始。                19時05分 A少年を逮捕。                      21時35分 兵庫県警山下捜査一課長記者会見。            24時過ぎ A少年自宅の家宅捜索終了。

   7月06日 (日)13時50分ごろ向畑ノ池の捜索で供述の金のこ発見 。 7月09日 (水) 10時20分ごろ―同上―ハンマーとナイフ発見 。 7月19日 (土) 『犯行メモ』の全容報じられる 。---------------- 8月04日(月) 午後神戸家裁第一回審判A少年認否保留・審判終了 後精神鑑定決定。( 以後10月2日まで60日間A少年の精神鑑定。)--- 9月26日 (金)『懲役13年』の作文が捜査当局より公表 。--------

淳君が「13時30分に家を出た」という家族の証言の 証明は成立しているか ------------

死亡時刻から、死体が発見される時刻までの63時間50分はきわめて重要な意味を持 っている 。死体の発見を遅らせることによって何かをしようとしたのか、それとも、何 かをしようとして結果的に遅れてしまったのか。そのどちらをも想定することができ る。

それは死亡時刻を実際よりも遅らせるように偽装しようとした意図と、殺された場所を わからなくする意図が考えられる、しかし、冷凍処理をしたのは、死亡時刻とそれほど 時間をおくわけにはいかないということの意図があるようでもある。


胴体部が発見された場所が、殺された場所でもあったとすれば、血痕や首の切断面など の状況が

示している事実の科学的な情報は、それを否定して、殺された場所から発見された場所 へ死体を移動したという事を示しており、かえって犯行場所を隠蔽しようとしているこ との証明となる。

そして死亡時刻から頭部発見までの時間がかかり、その割には腐敗の進み方が極めて少 ないという事実と首の切断方法やその器具、使用場所、などの想定される事実、さらに 死体を移動するためには明らかに死体を冷凍しなければできないという連関が合理的に 合致することである。


行方不明の捜索という問題は、通常なら親が何度もなんども頼み込んでもその日のうち に30人の警察官を専従で動員するなどの捜索をしてくれることは極めてめづらしいこ とである。----------------------------------------------------------------

これは、あらかじめ事件の発生を確知している場合の状況判断を示しているようにみら れる。

このような、異常ともいえる早い取り組みと24日・25日の連日行方不明者の大捜索 を行い、26日11時からは公開捜査に踏み切るなど自治会にも働きかけた大々的な捜索 活動が続けられていたのである。そのような中を淳君の死体を何処かに隠しつづけてい たことになるのである。


しかも、何回も捜索され直前まで人の目が入っている現場で、死体を発見させるという 瞬間移動をやってのけているし、発見した警察官をどういうわけか表彰までしているの であるから、これはもう一般人のなせる業ではないことが常人の目にははっきりしてい るのである。-------------------------------

しかし、警察はこれを、14歳の少年に押し付けた。A君が逮捕され、両親から隔離さ れ、弁護人か

らも弁護されない絶望の淵に立たされた中で、筆跡鑑定の虚報で自白を強要して、その 自白のみで、犯人だとされた事件がある事。


淳君が家を出たとされる時刻13時30分以前にはなにもなかったのであろうか。---- 死亡時刻が13時40分だとされている。この10分という時間は何を意味しているの であろうか。--------------------------------------------------------------------- また、黒い自動車と不審人物や黒いポリ袋を持った男を目撃している情報が示している 事件がある事。------------------------------------------------------------------- C少年は本当は自分の趣味で書いていただけなのに、その作文を不当に利用された事件が あったこと。

C少年にたどり着いた捜査官と、C少年を捜査方針からはずそうとする捜査官との落差を 感じさせる。そこに何があったのか。--------------------------------

真相を報道しようとした記者が、そしてまた、真相をつかんだ警察官が別のセクション へ左遷されまた右遷された事件がある事。------------------------------------------ A少年が犯人ではないことを示している捜査情報の記録を隠滅・削除された事件がある 事。ーーー

など等、さまざまな事件が縄のようにあざない織り成しているものと知るべきである。


したがって、このようにさまざまな事件の絡み合いは、乱暴な言い方をすれば、良識の 人と悪意の人との相克を表している。

また、言い方を変えれば『真相を解明しようとする人と、真相を隠滅しようとする人との相克が、す

べての組織やセクションで、展開している。』ということになる。

権力を持ち、真相を隠滅しようとする極少数の人たちが、多くの消極的な協力者や、いやいや協力

せざるを得ない人びとを、その足許につけこんで組織している。真相を解明しようとし、それを報道・

捜査しようとする人たちを排除することによってなしているということである。

もう一つの事件構造  ーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 事件の真相解明をするために、もうひとつの『事件構造』の見方を整理しておく必要がある。土師

淳君が行方不明になり頭部が切断された死体で発見された事件、これを(発端となる事件)=『

神戸市小学生惨殺遺棄事件』 というものと、A少年がその事件の犯人として逮捕された事件、これを(冤罪事件)=『神戸事件』 というこの二つ事件に大きく分けられることから、この”発端となる

事件”と”冤罪事件”とを明確にわけて考えるということである。

そして、『発端となる事件』の真相を解明することを何よりも優先することである。--------------------------------------------------------------------- ここで再度確認をしておかなければならない。それは、淳君の死亡時刻を特定するためには死体が

発見され、解剖鑑定がされなければならなかった。------------------------

そして、県警は捜査本部を発足するとともに『神

戸市小学生惨殺遺棄事件』と命名した。即ち、県警はこの段階で『死亡時刻以前の事件群』と『死

亡時刻以後の事件群』を既にひとつの事件として取り扱おうとしていたのである。


鑑定結果では、死亡時刻を昼食後5〜10分とみていたにもかかわらずである。----------------------------------------土師守氏は淳君が家を出たのが13時30分

という供述をしていた。--------------------そこで、昼食後というのと家を出たというのが重ねられて、死亡時刻を13時

40分と考えたようである。-------------------------------------------------------------------------------昼食をとってから死亡するまでどれほどの時間が経過し、さらに冷凍処

理されるまでにどれほどの時間が経過したか解剖のデーターからわかるはずである。------------------ 冤罪事件の真相解明とは発端となる事件の真相解明をすれば、おのづからその真犯人が明確になり、同時に、冤罪事件の

真犯人も明らかになってくるのである。しかし、順序を間違えると真相解明はできない、あるいは遠

回りをすることになる。

ですから、あくまでも真相解明とは『発端となる事件の真相解明』でなければならない。---------- 再度言う、『発端となる事件』の真相が解明されたとき、その『真犯人』が明らかになる。そして、『

冤罪事件』の『真犯人』も明らかになる。----------------------------------- ところが、これによって直ちに冤罪被害者が無罪になるわけではない。とりわけ、裁判で確定してし

まっていると、現在の法律では再審請求審で裁判のやり直しの決定がされなければならない。

しかし、再審開始の要件は、新規にして明白な証拠を求められている。

たいていの冤罪事件は、捜査当局の誰かが証拠を捏造しており、検察当局が自分たちの都合の

いい証拠しか法廷に提出していないので、全証拠の全面的な開示をしない限り、真相解明を裏づ

ける証拠の発掘が困難である。

捜査活動の中で収集された証拠物の全面的な開示をしないということが、明白な証拠の隠滅であ

るという認識がない。このことが冤罪を発生させる構造的要因のひとつである。そして、時間が経

過していて、新規の証拠を掘り起こすこともできない仕組みになっている。------------- これらの本来、不当で理不尽な事が現在の法律体系ではまかり通っているということ。また、新聞・

テレビ・ラジオなどがうその報道をして、一般視聴者への刷り込みを行っていること。無罪になって

も、うその報道の責任を取ったためしはない。------------ さらに、一般視聴者が批判的に物事を見る努力をせず、警察の言うことや、それを報道する新聞・テ

レビ・ラジオの言うことを鵜呑みにして、いわゆる追い込みという、被疑者を犯人と思わせる世論を

形成することに加担してしまい、-------------------------それを背景にして警察が被疑者を安易に逮捕しやすくしていること。-------------------- 警察・検察はそういう世論につけこんで、何でもありに拡大する。冤罪者を絶望させ、孤立させる。

そして、『自白』を誘導する。これが落とし込みである。---------- 裁判官は、真相解明の訴訟指揮をせず、手続きの体系を後生大事にして、そこから人間を排除して

、無実の人に、有罪の烙印を塗り込める。法込みである。---------------- どのようなところでも時間もかかるし、金もかかることは誰でもわかっていることである。予算がない

場合の問題はそれそのものの問題として社会的に明らかにすべき事である。それをせずに問題の

すり替えをしている。予算がないからといって冤罪者ををだしていいという理由にはならない。-------------------------------------------------------- 犯罪被害者とは、当事者だけでなくその家族や縁者にまでいたっている。この事実は明らかにされ

てきたが、冤罪被害者というのも当事者のみではなく、家族やその縁者にまで多大な被害をおよぼ

していることを明らかにしなければならない。------------- そのほか、多数の事件が縄のようにない混ぜながら発生しているところにも多くの被害者がいるこ

とを忘れてはなるまい。それらすべての被害者は泣き寝入りするのでなく、損害賠償の訴訟を、ま

づ、起こすべきで、その勇気をこそ広げなければならないのである。


これらの冤罪事件が発生することに関わる真相解明は、『発端となる事件の真相解明』の後行うと

いう自主規制のイメージを持ち続けながら解明することである。


そして、なによりも『冤罪事件の真相解明』の目的は、二度と冤罪事件を起こさせないことであり、

冤罪事件を起こさせない法的予防保全と事前の市民による批判能力再生産の態勢を作ることにあ

る。 ------------------------------------------------------------ 

鳥瞰して観る

昼食をとった後10分間の行動範囲は限られたものになる。家を出た後すぐに自動車に乗せられたのであれば、自動車の行動範囲に広げられ、自動車の 車内で首を絞められたのであれば、その行動範囲はさらに広がることになる。

 しかし、淳君が死ぬまでの殺害犯行時間は認定によれば、この10分間だ     けなので ある。A少年でなくても、大のおとなでもこれは無理であることが     歴然としている。

 そうであれば、その出発点である13時30分に家を出たというのは証明が    成立しているのかどうかがきわめて重要な問題なのである。この証明が成立し    ていなければ、土師淳君が家から出てはいないという問題になるのである。し    かし、それなのに今まで問題にされていない、ここが重大な盲点ではないだろ    うか。-------------------------------------------------------------------- 

5月24日(土) 13時30分は事件の真相と虚構を分ける時間の分水嶺 昼食の    カレーを何時ごろから食べ、何分に食べ終わったのか。昼食時刻は死亡時刻と    重なり、犯行時刻と重なるのである。つまり、12時30分に昼食を終わった    とすれば、死亡時刻は12時40分ごろになり、同時に犯行時間帯は 12時40分   よりも前になるわけである。

                           

 昼食が何時にとられたのかということは、この事件では決定的に重要なことである

事が認識されるであろう。それにもかかわらず、この問題に対する捜査が何故行わ

れなかったのか、1997年5月24日(土)は学校が休みであり、普通なら昼食は12時から取るであろう。カレーであるから、おそくても12時30分には食べ終わっている。こんなことは、基礎捜査でやらないはずはないから、その捜査情報を抹殺したのであろう。

おそらく、捜査内部での激論があり、結果として捜査情報の抹殺とともに捜査官も

排除されたのであろう。------------------------------------------------------------------------------------   

土師家の食堂が場所の分水嶺

土師守氏は、13時30分ごろに家に帰ってきたとつぎのように述ている。

「子供たちはすでに大好きなカレーライスで昼食を済ませていた。わたしは、妻と二人分の竹の子弁当を近所のお弁当屋さんで買って帰り,この時、食べ終わっていました。」「あの日、私は竹の子弁当を買ってきましたが、淳に、”食べるか?” と聞いたら ”うん、食べる”と言って、私の箸から直接、竹の子やおひたしをもらって食べたものでした。」

 この土師守氏の話にはなんとも不思議な感じを禁じえない。カレーは誰が作ったのか何故、「妻と二 人分の竹の子弁当を買ってきたのか」「妻はカレーが食べられないのか」『このぎりぎりの時間の接点は何なのか。』「何故、竹の子弁当を買ってきたのか」疑問が噴出してくるのである。


  

 淳君の胃の内容物の中に弁当のおしたしの菜の花は本当にあったのだとすれば、守氏が家に帰ってきた時刻が13時30分で、菜の 花の入った弁当を買ってきたのも間違いないとしたら、土師守氏が家に帰ってきた時刻は、本当は12時30分以前であったという可能性も考えられるからである。

『5月24日』を隠すためにとられた「挑戦状」


  

 タイムテーブルを整理していると、基本的で重要な事実がするりと抜け落ちている ことに気がつく。それは、5月24日の土師淳君の行動や、A少年の行動について 分刻みのタイムテーブルを作らなければならないところのものなのだが、それらは ほとんどかかれていないのである。「5月27日の異様な事態、異様な状況、異様な頭部、それぞれが”みんなの頭から”5月24日を真っ白にしてしまっているのだ。」   それらの異様さは、まさに”みんなの頭から5月24日を真っ白にする”効果を目

 的にしたものであったと思うのである。


  

 それにとらわれた捜査・報道そして、世論のみならず、救援活動すらも彼らの手に 踊らされたといっても過言ではない。それほど彼らはそれぞれのセクションに人材

 を配置していたのである。そう考えなければつじつまが合わない。


  

 通常、親たちが自然に子供の日常を語るものだが、土師淳君の「生存証明」が消

 されているということである。淳君が朝起きてから昼食までの間はどこで何をして

 いたのか、昼食は何時、どこで、どのようにしたのか、父・守氏はどこへいっていて 、どこから帰ってきたのか、母の声が聞こえてこないのはどうしてなのか、今も私

 には淳君の母親の声は聞こえてこない。これがわたしに土師家の異常さを感じさせたのである。

土師家で”事故”がおき、淳君はいえをでていなかった?


  

 5月24日昼食後、土師淳君が家を出ていなかったとすればどうなるのか。こうい うことが考えられない理由や根拠があるのか。


  

 家族が警察には出て行ったといい、行方不明になったと大々的な捜索活動をさせた のである。そしてそれ以降     の事件が発生したのである。


  

 こうかんがえると、見えてくるものがある。----------------------------------------------- 淳君の父土師     守氏は、1998年8月26日神戸地裁に事件の真相解明のために A少年の両親を相手に損害賠償の民事訴訟を起     こしている。しかしこれは、A少年の両親というより、弁護士から和解の申し入れをして、土師守氏側もすんなり受    け入れているのである。-------------------------------------------------------------------------------------

 土師守氏本人が「真相解明のために提起した民事訴訟」であったはずである。そして、A少年側にとっても「真相    解明の絶好の場」なのに、という思いがある。それなのに、公判第一回めから弁護士が出席していないというのはい    ったいどんな理由があるのであろうか。-----------------------------------------------------------------------    つまり、A少年側から和解の申し入れをさせることによって、一億四百万円は不問 にすると言うものである。誰が「    真相解明の絶好の場」を一億四百万円の損害賠償に応じてまで失う馬鹿がいるものか。絶望の淵に立たされているもの   に追い討ちする「損害賠償請求」なのである。-----------------------------------------  ようするに、「真相を究   明する会」などにA君の両親と一緒に民事訴訟でやられる 前に布石を打ったという見方をすればいいのではないだろう  か。

 土師守氏の友人に山下氏がいないか 、山下彩花ちゃんと山下征士氏が、どこかでつながる糸でもあるのか。

兵庫県警本部長と刑事部長との間で生じている捜査内部の真偽の相克

 公安出身の兵庫県警本部長が刑事部長に相談もなく公安を動かしたことで、対立が生じていたといわれている。     これも実はきわめて早い段階からであったのではないか と思われる。----------------------------------------      ------------------------------------密かに公安が動き出した (事件発生の想定)      『5月24日12時40分に土師家で事故が発生した。13時30分に自宅に帰った土師守氏が呆然としている     妻を慰めながら、考えた。そして、山下氏に相談した。

そこで、山下氏は上司の刑事部長ではなく県警本部長に相談した。

そこで、―――県警本部長は公安調査庁の発想でこれに対処することにし、少年法 改正にとりくむレヴェルでの     根回しをしながら、対処法をつくらせ、その部隊を動かした。 彼らの日常的な謀略策定計画の機は熟していたの     であろう。土師守氏に対しては山下氏のほうからすべてを私に任せろと因果を含めたのだろう。 相談が終わった     20時50分直ちに、警察への捜索願を出し、自治会など大々的な捜 索が始まった。

通常では、行方不明の捜索には重い腰の警察が、すぐに30名の警察官を動員する ほどの対応をみせた。戒厳令     下のような雰囲気の中で、密かに公安の部隊が動き始めた。「淳君の遺体を箱詰めして近くの大きな冷凍庫を持つ     会社または病院に持ち込まれ たか、または、冷凍車を横付けして車に運び込んだ。」』--------------このように     考えると私には極めてすっきりと、謎がなくなっていくようにおも われる。

「鎮魂」の歌が聞こえる 4

『神戸市小学生惨殺遺棄事件 発行責任者 金 澤 忻 二

神戸家庭裁判所で、この事件を担当した裁判官はある意味で狙われた。裁判所の改革を進めていた一人である。ま    た、マンガの「家裁の人」のモデルとなった判事である。

彼に有罪の心証があったとは思えないが、結果として「有罪」の判断を示したのについては、あの「喧噪」、あの    「何でもありの状況」は2001・9・11と同じで、管制物書きとマスコミの狂想曲で、冤罪を主張する側まで孤立さ    せられる勢いなのである。あの「立花隆」を筆頭に「事件の焦点をねじ曲げていく」輩達の狂想曲の中では「無実の    A少年」を守るのはきわめて難しかったに違いない。そこで、いかに少年をホローするかに意を注ぐ事を決意して結    審を早めたのだろう。

公安警察か公安調査庁か知らないけれど、いかに自分たちの職場を維持する為にとはいえ「子供の首を切断してまで    猟奇事件に仕立てなければならないとは、哀れである。」土師守氏も、「家族を守る気持ちが事故処理の委託をした    ものの、子供の首切りまでするとは思いもよらなかっただろう。」

真実を明らかにしない「つけ」が、必ず回ってくる

罪の無い人に、むりやり罪を押し付けておいてそのままですむわけが無い。「冷静に真相を明らかにさせる環境」を

破壊した者達も同じ責めを負わなければならない。私も、一傍観者として「その責めを負って、これを書く事にした」。

わたしは、「真相解明は学問だと思っている」。「どうしたらうまく人をだます事が出来るか」を考えたものと闘うつ   もりは無い。人がするごまかしは、たかが痴れていると思っている。人がするごまかしは、その当人に必ずかえってく   るからである。当人が知ろうが知るまいが、必ずかえってくるのだ。知らずにやっているものまで、かえってくるのだ   から。これは何だろう、輪廻転生のようにも思える。因果応報のようにも思える。私の罪は、この事件を知るのが遅く、  それに対する行動が遅く、今まで世間にこの事件の真相を訴える事をしてこなかった罪である。A少年に謝っても遅す   ぎるだろうが、ごめんなさい。



by kanakin_kimi | 2018-05-18 22:05 | Comments(0)

地中と地表のシステム

「地中生活環境システム」と
「地表生活環境システム」
火星での地中から地表への大転換は、それ以前からの長い時間を経てたどり着いた一里塚であったのだろう。
こんな発想にたどり着いたのは、稀有なことなのであろうか。
「地表生活環境システム」を完成させた「地球システム」では、その「維持管理」のほとんどを「先輩・先達」である人類が行っている。我々後輩人類は、まだその事実を認識できていない。このギャップは何なのか。

地中生活から地表生活に環境が変化するとき、明るさの違いが問題になる。縄文土偶は、光をできるだけ抑えるための眼鏡をかけている者、紫外線から身を守るための衣服を着ている者が古代の記憶として土偶に残されている。

あの遮光器土偶には、そのようなシステムギャップシンドロームが隠されているのか。




by kanakin_kimi | 2018-05-13 23:46 | ピラミッド | Comments(0)

地球システムを考える

地球システムを考える


[太陽系] 惑星の旅①

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地球ができる歴史というのは、太陽系システムができる歴史・その太陽系システムを内包する銀河系システムができる歴史というように連綿と続く大銀河系システムへと連続する歴史として認識される。


我々は、できるだけ早く「無限」を正しく認識されなければならない。これが全てのネックになっているように思われる。


無限が正しく認識できれば、「宇宙」の認識も、銀河生成の認識も変わるであろう。


それは、「生死の無限という連続」を認識できることになるからである。


「生死の連続」が認識されるようになると、生の寿命が長くなる。


「生の寿命」は、無限の認識獲得なくしては得られないという相関関係がある。


それは「DNA」が新しくなる機序であるのかも知れない。

現在の「DNA」のらせんの数は「2」であるが、おそらく「4」に変化するのではないかと思われる。


『地表生活環境システム』ではらせんの数は偶数なのではないだろうか。


ラセンの数が「4」に変化する転換点の年齢は何歳であろうか。


この転換点を規定するファクターは何であろうか。


認識成長のファクターとして「生の寿命」は、無限の認識獲得なくしては得られないという相関関係があるということを先に述べた。


つまり、「生の寿命」は、「無限の認識獲得の相関関係」にあることをうかがわせる。すなわち「認識年齢」との連動ということなのではなかろうか。


若くても高い認識を獲得している人がおり、年老いても認識の低い人がいるということは事実であるが、年老いても認識が高くなるということが「生の寿命」を規定していくことになるのではないのか。


「生の寿命」に「若さの連続」が加味されるのである。


さらに、思いを巡らせれば『地中生活環境システム』では、らせんの数は奇数なのだと思われる。

墜落UFOに乗っていた人類の遺体を解剖し、DNAを検査計測した結果「らせんが5」であったという情報を聞く。


これが事実であれば、明らかに『地中生活環境システム』に長期間居住していたことが影響していることを示しているのではないだろうか。『地中生活環境システム』でのはじめは、「ラセンは3」であったのではないか。


つまり、その「らせんが5」の人は年齢が高い人物であり、地球年齢が千歳以上で場合によっては万歳・億歳というほどのものではないだろうかと思うのである。

こう考えると最早生存年数が増加する加齢という事実と老化という事実は連動するとは限らないということを示しているのではないだろうか。


仮想真実と実態真実を峻別できず、仮想の事象を実態真実だと思い込む混乱状態にある人々がおり、それが「生の連続」を認識できないでいるのだと思われる。


その状態の人物を利用することによって学問世界に混乱を持ち込み、学会の構造を支配構造に取り込んでいるのである。


それが、「歴史学」というものにもっともよく表れている。もちろん、すべての学問にその構造がもちこまれているのである。 

その支配構造を維持しようと考えている者のDNAのラセンの数は奇数の3なのではないだろうか。

「地表生活環境システム」を大切にせず、自分たちだけ「地中生活環境システム」に戻ればいいと考えている輩なのである。

「地表生活環境システム」の大切さを認識しえていない者であり、「地中生活システム」の発想しかしえない事実はそれを物語るように「アジェンダ21」で「地球人口70億人の95パーセントを削減して5億人以下にすればいいと大量殺戮を実行している」のだと考えられる。


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by kanakin_kimi | 2018-05-05 09:47 | 八百万の神々 | Comments(0)